第13話 言質を得たり
カーテンの隙間から、朝陽が差し込む。
旅の疲れが残った身体で大きく伸びをし、呼び鈴を鳴らすと、部屋の外で待機をしていた三人の侍女が姿を現した。
「侍女長のルルエラ、と申します。身の回りのお世話をさせていただくのは、モニカ、そしてこちらのシャロンです」
昨夜クラウスに付き従っていた者は、ルルエラというらしい。
侍女長のルルエラに紹介され、モニカと呼ばれた釣り目の少女と、少し大柄な癖毛のシャロンが頭を下げた。
「本日これより、準備が整い次第、登城するよう陛下より仰せつかっています」
「……は?」
昨夜はクラウスに
「陛下より、仰せつかっています」
大事な事なので二度言ったのだろうか、ルルエラが、有無を言わせぬ口調で強調する。
クラウスの気分次第で、ミランダだけでなく、彼女達の首も物理的に飛ぶことが分かっているため、ミランダはそれ以上の追及はせず、渋々と寝台から降りた。
「
チラリと寝台を見て、何もなかった事を確認しルルエラが問う。
「……結構よ」
「それでは、お召替えをさせていただきます」
ルルエラが頭を下げると、後ろにいたモニカとシャロンも一礼する。
「殿下、お召し物はいかがなさいますか?」
大公宮から持参した大量のドレスを前に、シャロンが声を掛けた。
右から二番目よ、と答えたミランダは、三者三様の態度に気付き、興味深く見守る。
鳴り物入りのミランダを、嫌悪する雰囲気もなく淡々と仕事をこなす侍女長のルルエラ。
侍女の仕事に不慣れなのか、戸惑いながらも一生懸命動くシャロンは、たまに好意的な視線をミランダへと向ける。
一方、モニカはお世辞にも一生懸命とは言い難く、必要最低限しか働かない。
大公宮で気心の知れた者達に囲まれていた頃と比べ、部屋付きの侍女達はどこか余所余所しく、広々とした部屋には
召し上げられ、豪奢な宮殿の主として侍女達に
仕方のないこととはいえ、ミランダはやはり心寂しく、嘆息を漏らした。
***
「半刻程、テラスで待っていろ」
登城するなり、クラウスの執務室に通され、昨夜の不遜な男が、山積み書類の隙間から指示を飛ばす。
執務室中央にある大理石のテーブルから、近衛騎士の一人がバスケットを持ち上げ、部屋続きのテラスへとミランダを案内した。
「??」
バスケットの中に入っていたのは、サンドイッチと水筒。
これを食べろということだろうか?
どうして呼ばれたのか訳が分からぬまま、ミランダはサンドイッチを口に運ぶ。
元々食の細いミランダが、大量のサンドイッチを食べきれる訳もなく、早々に食事を終え、テラスから一望できる美しい花々で目を楽しませていると、不意に後ろから手が伸び、バスケットのサンドイッチを掴んだ。
クラウスの昼食だったのだろうか。
近衛騎士が黙って見ているところを見ると、毒見は終わっているようだ。
行儀悪く、立ったままサンドイッチを頬張りながら、手に持っていた書類をポンとミランダの前に放り投げた。
「……これは?」
分厚い書類の束を手に取りミランダが問うと、いつ来たのか、クラウスの後ろにいたザハドが答える。
「午前中、謁見を申し出た者達のリストです。青い表紙がミランダ殿下の後見を希望する者達、赤い表紙が入宮を希望する者達です」
この機に乗じて娘を入宮させようとする者達が、朝早くから謁見を願い出たらしい。
ミランダは赤い表紙のリストをパラパラと
「なぜ、これを私に……?」
「よく見ておけ。これからお前の命を狙う者達の一覧だ」
クラウスの言葉に、ミランダは一瞬顔をしかめ、無言で読み進めていく。
「明日の軍事会議でジャゴニ首長国への処分が決定する。恐らくその後、お前の事も話に上るだろう」
各地から徴兵し、大量の兵士を集めているところを見ると、人質の偽装は単なる時間稼ぎだろうな、とクラウスは呟く。
総力戦になるため、短期で決着を付けねば、王国内の人的・物的資源が枯渇していく。長引くほどに、隣接する大国の脅威が増してしまうため、クラウス自ら先陣に立つつもりらしい。
クラウス不在の王宮で、ミランダの立場は弱く、守るものは誰もいない。
「情報は与えた。自分の身は自分で守れ」
ミランダの顎を掴み、上向かせると、クラウスは冷たく言い放つ。
「精々頑張ることだな。この程度で死ぬようであれば、どの道この先は生き残れまい」
その原因を作ったのは自分だというのに、まるで他人事のように宣う目の前の男を、ミランダは睨みつけた。
「まぁ陛下。自分の身くらい、自分で守れます。それに……身を守るのは剣のみに非ず。非力な者は、非力な者なりの戦い方があるのですよ」
「ほう……俺の居らぬ間に、よもや安全な祖国に逃げ帰るとでも言うつもりか?」
出来ればそれが一番ですが、でもお許しいただけないでしょう?
ミランダは顎を掴むクラウスの手にそっと触れ、困ったように微笑んだ。
「陛下がどれ程の間、国を離れるかは存じませんが、私も易々と死ぬ気はございません。……女の身でも、軍事会議に出席することは可能でしょうか?」
「……難しいだろうな」
案の定、渋い返事をされる。
「それでは、ジャゴニ首長国に係る軍事会議が終了し、主題が私の件に移ったタイミングであればいかがでしょう?」
「……反対する者もいるやもしれんが、まぁいいだろう」
当事者でもあるからな、とクラウスは呟く。
「お許しいただき、ありがとうございます。なお、水晶宮に関しては私に一任して頂きたいのですがよろしいですか?」
後ろに控えるザハドは、嫌な予感がしたのか、不安気な眼差しをクラウスへと向ける。
「貴国へ害を為す真似は絶対にしないと誓います」
高位貴族が一堂に会する場で、迂闊な事をされた日には収集がつかなくなるため、クラウスが答えあぐねていると、ミランダは重ねて述べた。
「もし違えた場合は、その場で斬り捨ててくださって結構です」
普通であれば一蹴する申し出だが、昨夜の話を鑑み、一考の価値があるのではないか。
そう目で訴えると、クラウスは短く息を吐いて、答えた。
「……いいだろう。ただしお前がこの国に留まることが条件だ」
約束を違えるなよと、クラウスは強い口調でミランダに告げる。
言質は取った。
場面は限定されたが、軍事会議への参加も許可された。
後は自分次第である。
「必要な物があれば、ザハドに言え。水晶宮であれば、侍女長を通じても構わない。読みたい本があれば、そこのテーブルに持ってこさせろ」
言いたい事だけ言って、クラウスはまた執務室に戻って行った。
ここが正念場ねと考えていると、ふとこれだけのために登城を申しつけられたのかと気になり、テラスに残ったザハドに問う。
「閣下、先程のは……陛下の執務室内であれば、好きに本を読んで構わないと、そう仰せですか?」
多忙を極め、食事もそこそこに書類仕事に戻るクラウスが、なぜ時間を割いてまで自分を呼び出したのか、理解ができなかった。
「……もしかして、私を案じて?」
毒は効かないと言ったはずだが、同じものを食べさせ、自分で身を守れと言いながら、目の届く安全な王宮で過ごさせる。
それならそうと言えばいいのに。
言葉の足らない不器用な男は、周囲に誤解をまき散らしながら黙々と仕事をしている。
恐らくは、と頷くザハドをよく見ると、目が窪み、なぜか一夜にしてゲッソリと痩せていた。
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