第14話 手中の小鳥


 執務室の中央テーブルには、様々な本と書類が所狭しと並べられ、山のように高く積みあがっていた。


 国内の貴族名鑑、各領地の特産物や気候、王国史に始まり従属国から提出された書簡まで、ありとあらゆる資料を次々と手に取り、驚異の速度で読み終えていく。


 いつの間にかどっぷり日も暮れ、執務室に灯りがともる。


 ほの暗くなった手元を気にもせず、雑多な書類に目を通し続けるミランダを見遣り、クラウスは侍従を呼んだ。


「今夜一晩、貴賓室に護衛を二名配置しろ」


 侍従と入れ替えに入室したザハドが、呆れたように口を開く。


「ミランダ殿下は今宵、貴賓室でお過ごしいただきますか?」

「何も口にせず、あれからずっとこの調子だ。水晶宮にも連絡を入れておけ」

「……たいした集中力ですね。あの量が頭に入っているとしたら、恐ろしい気もしますが」


 テラスで軽食を口にしてから、六~七時間は経っただろうか。

 脇目も振らず黙々と目を通していたミランダが、何かを思いついたように顔を上げた。


「陛下、……可能であれば事前に、謁見を願い出た方々についてお名前とお顔を一致させたいのですが、軍事会議中、隠れて様子を伺えるような場所はございますか?」


 最低限の視界が確保でき、可能であれば貴族の情報に詳しい侍女を一人、傍に置いていただけますと幸甚です、と付け加える。


「今後お顔をまみえる機会も多いかと思いまして、この機会に人となりを知っておきたいのです」

「今回は参加者が多いため、『討議室』と呼ばれる大ホールを使う。ホール内を正面から見渡せる中二階に、外からは見えない休憩所があるから、そこを使うといいだろう」

「ありがとうございます」

「……何をするつもりだ?」


 軍事会議の傍聴は差し支えない。手駒も外部への連絡手段も持たない上に、明日は具体的な作戦等を論ずる場ではない。


 万が一漏れても、影響は高々知れている。

 手中の小鳥がいくら羽搏はばたいたところで、出来ることは何もないのだ。


「陛下は、インヴェルノ帝国の皇太子妃選定式をご存知ですか?」


 ――インヴェルノ帝国の皇太子妃選定式。


 皇太子の妃を選定するために国内外から高貴な血統を集め、同じ宮殿内で半年もの間、候補者達を住まわせ、ふるいに掛けていき、最後に残った一人を皇太子妃とする帝国の伝統行事である。


 途中辞退はもちろんのこと、命を落とすものも多いという。


 勿論、四大国で知らぬ者はいない。


「陛下より賜った水晶宮は、二階の渡り廊下を介し、五芒星ペンタグラムを象るように、五つの館で構成されております」


 三代前のグランガルド国王が、寵愛する五人の側妃のために建築した水晶宮。


 渡り廊下で接続され、茶会用に庭園が一部共有スペースとなっているものの、各館はそれぞれ独立して機能するよう設計されている。


 その中でもミランダが過ごしている一番大きな館が本館と呼ばれ、最も寵愛の深い側妃が住まい、水晶宮全体の主となる。


「残っている館は四つ。つまり、グランガルドも同様に、あと四人を側妃に召し上げ、その中から一番相応しいものを正妃に選べばよいのです」

「……」

「国内の大きな派閥は三つ。そこから一人ずつ、候補者を出していただきましょう! 私を含め、これで四人。残った一つは……そういえば現在、カナン王国のドナテラ殿下が人質として居留区にお住まいと伺っております。この資料を見る限り、あまり整った環境ではないご様子。そうだわ、私の隣館は、是非ドナテラ殿下に」


 もう一人、アサドラ王国から来た王女は、未だ熱が治まらず王都入りが出来ていないようなので、その方については、後から考えればよいでしょう!


 ……いかがですか? と問いかけると、クラウスは音を立てて椅子から立ち上がり、ツカツカとミランダに歩み寄った。


「お前以外を側妃として召し上げる気はない」


 ミランダの案が気にくわなかったのか、不機嫌そうに腕組みをし、あからさまに威圧する。


 一方ザハドはその発言を受け、急にそわそわチラチラと、ミランダに視線を送り始めた。


 ……鬱陶しいことこの上ない。


「側妃として召されても、お渡りにならず、飼い殺しになさればよいのです」


 良い雰囲気になるかと思いきや、とんでもない事を言い出したミランダに、ザハドは思わず固まった。


「陛下が軍を率いて遠征されている間だけでも、水晶宮にて側妃という形でお召しになれば、貴族達も多少溜飲は下がるでしょう」


 そう言ってミランダは、笑みを浮かべる。


「それに、複数人で一つの椅子を奪い合うんですもの。事故は付き物です。死んだら死んだで、新たな者を補充させればよいだけ」


 私だけ身を狙われるのは割に合わないので、皆さま死地に身を置いていただきましょう。


「この国にある全ては、等しく陛下のもの。とはいえ、貴族法はなかなかに厄介……ですが、グランガルド貴族法においては、陛下が側妃に召し上げた時点で、親権者はその者に属するすべての権利を失います。つまり、陛下へと正式に帰属するのです」


 ミランダは上目遣いに小首を傾げ、悪魔のように囁いた。


「そうなれば、生かすも殺すもすべて陛下の御心次第です。何があっても文句は言えません」


 クラウスは、微笑むミランダを見下ろしながら、顎で話の先を促す。


「金鉱山を多く持つジャゴニは潤沢な資金にものを言わせ、有事の際は、周辺国から腕利きの傭兵を多数雇い入れる事で有名です。一度はくみした属国相手とはいえ、総力戦で挑んでくる国を相手取るのは容易ではありません」


 ジャゴニとの戦いが長期化すれば、背後に控えるインヴェルノ、ガルージャ、アルディリアの軍事大国が、どうでるか分からない。


「ですが、資料を見る限り、貴国は昨年の多雨による不作で食料の備蓄も多いとは言い難く、洪水被害は免れたものの、各地で作業員が対応に追われているようです。各領主は協力を渋り、国内の徴兵が総定数に至らない可能性もあります」


 そんな中、本来であれば手が届くことのない褒美が目の前にぶら下がっていたら、いかがでしょう?


 喉から手が出るほど欲しい、高貴な血統。

 他国の王位継承権者を娶るなど、本来であれば到底叶う望みではない。


 側妃が国内の貴族であっても、派閥内で娘を側妃として擁立できる程の有力者と縁付く、絶好の機会でもある。


「高位貴族は間違いなく食いつきます。時宜にかない武功を上げた者には、恩賞として側妃を下賜すればよいのです」


 身を守る必要があるにしても、受け身は性に合わない。

 それであれば早い段階で身の内に入れ、懐柔するか、無理であれば放逐してしまえばよい。


 褒章は多いに越したことはありませんわ。


 それだけ言うと、ミランダは再び書類の束へと向き直る。

 そして貴賓室に移動した後も、朝方までひたすらに読み耽った。



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