第5話 見習少女と先代聖女付き

「貴女も【聖女】になりたいでしょう?」

「え、えぇっと? アバントさん……?」


 アバントが、ニクスに詰め寄る。アバントの表情は、太陽のように明るくなったが、対してニクスの顔には翳りが生まれる。

 なんでこんなことになったのか、取り敢えずニクスは頭を回転させる。


 ーーーーー確か、アバント様は先代の【聖女】付きなんだっけ?


 即座に思考を纏めたニクスは、垂れ落ちる草木よりも曲がった顔を真っ直ぐに直して、開いたまま空気が漏れ出る口に音を持たせる。


「えっと……そもそも、私ちゃん【聖女】の仕事とかアバント様の事を分かってないのですが、教えて貰っていいですか…?」


 奇妙な雰囲気が、二人の間を流れた。


「…今朝、怪我をした少年の傷を手当てしていましたよね?」

「はい、ヘメラちゃんに教えて貰った神聖術で…もしかして、不味かった、ですか?」


 ひとまず近づいた顔を離して、窓へと近づいたアバントは懐かしむように話す。夕陽の光が彼女の顔を覆い隠し、その面持ちをニクスは伺うことが出来なかった。

 そんなアバントに、何故だかニクスは叱られているのではないかと怯える。


 だが、アバントは「いえ」と言葉を続ける。


「神聖術は、神に選ばれた者しか使えません。そして邪悪な者…いわゆる【魔王派】には使うことが出来ません」

「???」

「最初は貴女のことを、魔王の邪悪な尖兵だと思っていました。…ですが」


 突然理解出来ない単語を話し始めたアバントに、ニクスは疑問符が頭を飛び交う。

 魔王派、邪悪な尖兵とは、なんの話をしているのか、さっぱりであった。


「貴女は、神聖術を使い他者へ加護を与えました。それを見て確信しました。貴女も、我らの神が導いた存在だと」

「…そうなんでしょうか。多分私ちゃん邪悪な存在ですよ」


 ニクスの声の調子は、落ちる。親を殺して、人の身体を借りて、そんな己を神が選ぶのなら見当違いもいいところだと考える。

 そして、そのような神なら中指を立てて全力で歯向かうとニクスは心に決めていた。


 それに、神聖術を使おうとした理由はもっと個人的なものだ。


 夕陽が地平へ落ち、顔を覆っていた光が消えてゆく。そこに映っていた彼女の顔は、ヘメラに似た聖母を思わせた。


「神も、見放しません。例え貴女が極悪人を自称しても。今貴女がここに居て、ヘメラ様が貴女を認めているのは、邪悪ではないという事です」


 ヘメラも同じことを言っていた。邪悪、そうじゃないは彼女たちの主観だろうに、どうしてそう思えるのか。ニクスは理解できなかった。


 

「貴女が自身を卑下するのを肯定はしません。…ですから、邪悪な者と自身で思うのは撤回してください」


 追憶を打ち切ったのは、アバントの凜とした透き通る声だった。

 その双眸は真っ直ぐ、ただ目の前の相手を見据えており、心配した表情を浮かべる。


「だから、その悲しい顔をするのはおやめください、ニクス様。聖女を目指すのなら、そのような顔をなされてはいけませんよ?」


 再度近づいたのアバントは、ニクスの俯いた顔を両手で掴み上を向かせる。そして、むっつりとした口の端を下から上へと動かす。


「私も先代【聖女】付きとして、悲しみの淵に居るのなら。例え地獄や異界であろうとも手を差し出す。それが私が先代【聖女】から学んだ聖女の役目です」


 ーーーーーー今はっきりと理解した。


 ヘメラは、ただただ自分の信念エゴに従い、傲慢とも思える優しさで人々を救っていると、ニクスは考えていた。正直狂っているとさえ考えていた。

 だが、目の前の彼女を動かす考えもそうだった。根底は、ヘメラと何も変わらない。

 神だから、ではなく聖女自身の存在意義が“救う”ことを何よりも大事にしているのだと、気付かされた。


「なれますかね…私ちゃんは…」


 ポツリ、と思いを溢す。


「神聖術を学んだのは、私ちゃんの為です。折角ここに居て、誰かを助けて役に立ちたかった」


 思いが溢れる。


「私ちゃんが、誰かを助ける事で自分に自信を持ちたかった。…自分の力でもないのに。最悪ですね」


 あの時、二楠深夜を受け入れた彼女のようになりたかった。


 存在を否定せず、分かる範囲でもニクスを認めてくれる元【聖女】付きのように優しくなりたい。


 誰かを救う、その事が息をするより当たり前になれるのか。それで自分は生きていて良いと肯定したかった。


「はい、なれますよ」


 あっさりと、肯定する。何を言うのか、と言わんばかりに目を見開いて驚いた顔をするアバントは、すぐに柔和に笑みを浮かべる。


「不安なら、私もいます。貴女の側にはヘメラ様が居ます。そして貴女には」


「【聖女】に必要な、“他者を慈しめる優しさ”が備わっていますから」


 その言葉を聞いたニクスは、膝を曲げて地面に両手をつく。脱力した身体には、力が出なかった。

 だからだろう。目から溢れる液体も自分ではどうしようもなかった。


「これから、私ちゃんを鍛えてください…! あなた達のような立派な人間になれるように…!」


 異世界で二人目の聖女に出逢ったニクスは、そうありたいと、アバントへの弟子入りを懇願したのだった。



・・・・・・

・・・・


「はい、お疲れ様ですの」


 二人の会話から数時間後。

 就寝前に精神内でお菓子を食べるヘメラは、二人分の紅茶を入れながら手招きをする。


 多少気恥ずかしさがあるニクスは、頬を紅潮させながら椅子に座る。その瞳は、泳いではいなかったが目線を合わせようとしなかった。


「まさかワタクシを目指しているなんて、想像もしていませんでしたわ〜」

「うぅ、ガッツリ観られていた…」


 ヘメラは入れ替わったニクスの行動を肴に生み出した茶菓子に紅茶を摂取するのがここ二日からルーティンとなっていた。

 座るニクスに、ヘメラはニタニタと笑いかける。


「まぁアバント様の懸念も理解出来ますわね」

「そういえば【魔王派】がどうとか…」


 結局流れで聞くことを忘れていたニクスは、改めてヘメラに質問をする。


「【魔王派】って何、ヘメラちゃん? もっと詳しく教えて貰いたいんだけど…」

「そうですわね。いい機会ですし、手早く教えてあげますわ」


 何処から出したのか、机の下から小さな人形を取り出す。


「左が私で、右が貴女ですわ」

「あっ、カワイイ…」

「私は、【聖女】。神の代行として、人々を救う責務がありますの。そこで選ばれた者は、神の力を使えますわ」


 左手にある人形がその手先を光らせる。その輝きは神々しさを抱かせた。

 前回言ってたな、と頷く。


「対して、【魔王派】の者は【聖女】を敵視しますの。…端的にいえば、殺そうとしますのよ」

「えっ」

「そして【魔王派】の特徴として…」


 右手の人形が、対照的に黒く染まる。それは、元の顔が思い出せなくなるほど黒く、歪んだ色をしていた。


「闇魔法が使えますわ。…今回のは魔法とは言いますけど、実際のところは呪術に近いと。…お母様達が仰られていた先日の騒動ですわね」


 二つの人形の間に、メイド服を着た人形が出現する。その顔には鼻や口もなく、酷く不気味なものだった。


「ははぁ…で、なんで私ちゃんは【魔王派】だと?」

「貴女と入れ替わる時、私の身体から闇を溢れさせているのを見れば、皆疑いますわ」

『!?」


 そんな事してたのかと、ニクスは今更ながらに衝撃を受ける。それは監視されるな…と同時に納得がいった表情を浮かべる。

 だが、ヘメラは些事は気にせず砂糖を足す。


「でもまぁ、私【聖女】ですから。掬うこの手は、困っている者を離しませんもの」

「トゥンク…」


 ふざける余裕が出来たニクスは、ふと思い出したかのように、アバントから言われた言葉を思い出す。


「そういえば、夕食後アバント様が言っていたことなんだけど…」


 その言葉を聞いたヘメラは、頭を抱える。まるで頭の痛い問題が発生したかのように。


「ええ…その事ですわよね…えぇ…」


 口の中で、モゴモゴとしながら言い淀む。よほど言いたくないのだろう。代わりにニクスが笑顔で口を開く。 

 楽しみにしていたことが、ようやく起こる子どものように声を張る。


「この国で新しい【聖女】が出てきた、って」

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聖女ちゃんが強すぎる! 物真似モブ @isaitu1312

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