第3話 マトイの涙

今、目の前で戦いが繰り広げられていた。

戦いと言っても勝負になっているとは言い難かった。

獣人族の中でも唯一武装らしいものをしていた狐耳の獣人が一人残りサーベイジウルフの相手をしている。

しかしサーベイジウルフは全く本気ではないだろう。むしろ狐耳の獣人のことをおもちゃか何かと思っている。それが戦い方に現れていた。


何度も狐耳の獣人が槍を突き立てようとするがサーベイジウルフの爪に難なく弾かれてしまっている。それが続いていたがとうとう立ち上がれなくなってしまった。

やはり無理ではあったか…

もしこれで本当に一人で倒しきれるのなら目の前に現れて正直に事情を聞こうと思っていた。


そしてサーベイジウルフが飽きてしまったのか立ち上がれなくなってしまった狐耳の獣人に向かって口を開く。


さて、行こうか。



***



やっぱりダメだったわね…

もう何度立ち向かったのかわからない。槍を持ってサーベイジウルフに挑んではもてあそぶように爪で弾かれていた。いや弄んではいるのだろう獣人として相手の様子を見ればわかる。


「ぐっ!!!」


『グルルルル…』


サーベイジウルフにあしらわれていようが他のみんなが逃げれるだけの時間が稼げればそれで良かった。

しかしその時間稼ぎも限界のようで先ほどの一撃を受けてからもう体に力が入らない。

今までにないほど体の限界を超えて動かした。一部の獣人族にしか使えない【獣化】を使いすぎてその反動が早くも来てしまったのだろう。

それをサーベイジウルも分かっているのかこちらに近づいて大きな口を向けてくる。


「ここまでね…」


そして脳裏にはみんなの顔が思い浮かぶ。それと同時に小さいころに助けてもらった勇者様の姿も浮かんできた。マトイはもともと別の集落で生まれた獣人だった。その集落では本当に皆限界で明日にもみんな死んでしまうそんな感じだったのだが勇者様たちが助けてくれたのだった。

街を追い出された時どこにも行く当てがないのなら勇者様に助けてもらえないだろうかそんな思いもあってあの時と同じく森の中に逃げ込んだのだった。


「勇者様…」


最後の最後に我慢していた涙がとめどなくあふれてしまう。

ここまで無理をしてきた。辛くても我慢してきた。みんなのために強く振舞った。


最後くらい泣いたっていいでしょう?


ここには誰もいないのだから…





私はサーベイジウルが近づいてくる気配を肌に感じながらもゆっくりと目を閉じた。



***



―ドゴォォオオオオオン―


サーベイジウルが狐耳の獣人を食らおうとする前にすぐさま間に割り込みサーベイジウルの顔を蹴り飛ばして距離をとる。

サーベイジウルは何本も木をなぎ倒しながら吹っ飛んでいった。


「え…?」


「大丈夫かい?」


後ろで立ち上がれなくなっている狐耳の獣人に近づいて声をかけ体を起こしてやる。


「あ、あなたは…?」


意識も朦朧としてきているのだろう言葉もおぼつかなくなっている。


「俺はわけあって旅をしているんだがちょうど誰かが襲われている気配がしたもので様子を見に来たんだ」


「わ、わたしは獣人ですよ…」


こんな状況だというのになんてことを言うんだか…


「俺には関係ないよ、さあ少し眠って待っているといい。あのサーベイジウルは私倒しておくから」


優しく安心させるように声をかける。すると狐耳の獣人も限界だったのだろう目じりから涙を一筋流すとゆっくりと眠りについた。

来ていた上着をかけてやりもう一度横たえる。


「さてと」


先ほどサーベイジウルを吹っ飛ばした方向に意識を向けるとゆっくりとサーベイジウルがもう一度姿を現した。目は真っ赤になり凄まじい威圧を放っている。


「お前にも罪はないだが許せ俺もまたここで死ぬわけにはいかないのでな」


そして俺自身も威圧を放つ。神となった今その圧力は勇者の時よりも増している。

それを感じてかサーベイジウルも一歩後ずさる。


『グルルルルルルッ』


それでも引く気はないようで体勢を低くして構えている。


「引く気はないか…ならば行くぞ!」


今回は神剣を使う気はないので徒手格闘で相手をすることにする。

特に身体強化を施したりするわけでもなく一瞬にしてサーベイジウルとの距離を詰めながら体を回転させて裏拳を先ほど蹴り飛ばしたところにめり込ませる。


「ふんっ!!」


『グルアアアアアア!!』


俺のスピード感についてこれていないのかもう一度クリーンヒットしてしまう。

ただ今回は最大限の警戒をしていたようで吹っ飛ばすというところまではいかなかった。


『グラアアアアアアアア!!!』


待っていても不利なことを悟ったのか爪を前に向けながら矢の如くまっすぐと飛んでくる。俺は慌てることなく迎え撃つ構えをとる。


そして目の前にサーベイジウルが迫って来た瞬間水が流れるように体を動かし頬をかするギリギリで爪をよけて優しく首に手刀を当てる。


『グッ!!!』


今ので確実に絶命させた感覚があった。サーベイジウルは一瞬動きが固まると全身の力が抜けていくように地に伏した。



戦いを終えて狐耳の獣人の元へ戻るとまだ安心したように眠っている。あとで怒られてしまうかもしれないがいわゆるお姫様抱っこをして他の獣人族たちを追いかけることにした。














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魔王が失った信仰は勇者が取り戻す @manabo-

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