第2話 獣人族
街を出て独り歩く。
生まれ故郷を出てから二日間野宿をしながら歩き続けた。荷物は小さい背嚢が1つと腰にかけている美しい剣が一本それだけだった。
このまま歩き続ければ今日は森に入る予定でその森を抜けた先には小さな村を挟んで大きな街がある。なので今日はこの森を抜けることを目標にしていた。
神になったこの体でも天界から下界に降りてしまえば下界としての理に習う必要がある。そこいらの人間よりは強いのだがダメージがないわけではない。なので森を歩くときも魔物がいないか注意して進む。
うっそうとした森の中を一人で歩いているのだがやはり思い出されるのは旅の仲間たちだった。勇者としての旅では最初からカーラがついてきてくれた為に一人での旅自体は初めてだった。
そんな少しばかりの心細さに耐えながらも歩いていくと常に張り巡らせている魔力察知の円の中に気配があった。
すぐに動きを止めて気配のするほうへ意識を集中する。
「数が多いな…」
気配はこの道からかなり外れたところで感じられその数も20以上感じられた。
冒険者の集団とも考えられなくはないが強力な魔物が出てもおかしくはない森の奥をわざわざ歩いたりはしないだろう。もちろん高ランクの魔物を大規模パーティーを組んで狩ることも考えられるが本当に高ランクの魔物なら通常もう少し人数をそろえるところだろう。
そうなると何か事情があって隠れながら進んでいるか、盗賊などの犯罪集団の可能性が高くなる。
「放っておいて後で誰かが被害にあうのは避けたいところだな」
もし何か事情があるものなら手を差し伸べて少しでも信仰を増やしていきたいところだ。それに、盗賊だったのならそれこそ殲滅してやればいいだけのことだ。
そう頭の中で考えて気配のするほうへ高速で向かう。相手に気づかれないようにこちらの気配は完全に消す。そして道などもちろんない森の中を風が吹き抜けるように走る。
「見えた」
少し行ったところで深い森の中を歩く集団が見えた。念には念を入れて木の上から偵察してみる。
「あれは、獣人たちか…?」
そう、歩いている者たちには獣人族に特徴的な様々な種類の耳や尻尾があった。数は感知していた通り20ほどだが男の姿がなく女子供ばかりだった。
それを見て嫌な予感が頭をよぎった。
「もしかして人間たちに追われているのか?」
そう思うのは勇者時代にも似たようなところを見たことがあったからだった。
ここではない森を進んでいた時のことたまたま魔物の気配がして向かったところ獣人族のものが襲われていたのだった。すぐさま助けてこんな森の奥深くで何をしていたのか事情を聴くと人間たちに追われこの魔物だらけの森で住むほか手がないとのことだった。
住んでいるところに案内してもらうと森の中にギリギリ暮らしていけるだけの洞穴を見つけそこに皆で縮こまるようにしていた。その姿を見てひどい怒りを覚えていたのを今でも覚えている。
そのままもちろん放置などせず仲間たちの魔法で家を作り土地を少し切り開き、大気中の魔素をエネルギーとして結界を張り続ける魔道具を設置した。その後もたまに様子を見に来ては手助けをしていたのだが自分たちで森に適応していき生活していく様は人間などをはるかに凌駕していた。
人間たちを凌駕していたと思うのには理由があって獣人族たちはこの世界の多くの国で扱いが良くない。人間が多いこの世界では獣人は人間のなりそこないとして扱われているからだ。本当にくだらない思想だ。
現に獣人族の適応能力とその生まれ持った身体能力を知っている俺からしてみればよほど獣人族のほうが優れて見える。
そんな経験もあって目の前にいる獣人族の者たちの事情も透けて見えた。さて、助けたいのはやまやまだがいきなり声をかけてもただ警戒されて終わるだろう。前回のように魔物に襲われているわけではないのだから。
「おっと、ちょうどいいところに」
どうしようか考えているとちょうど魔物が獣人族たちの臭いをとらえたのかこちらに近づいてきていた。
「すこし意地汚い感じもするが利用させてもらうことにしよう」
そう思いこの集団が魔物たちと接触するまで様子を見ることにした。
***
「お母さん、今日はどこまで歩けばいいの?」
「ごめんなさいねマナイもう少し頑張れるかしら」
後ろの列のほうで親子の会話が聞こえてくる。子供のほうは歩き疲れた様子で母親のほうも気丈にふるまってはいるが無理をしていることは明らかだった。
この森に逃げ込んで歩き始めてから二日が経った。森の中だというのに戦えるものは私とキューイだけ、そしてそのキューイでさえも素人に毛が生えた程度の実力しかない。皆が安心して眠れるはずもなく疲れはたまる一方だった。
「このまま森にいてもダメか…しかし街や国に戻ったところで何も変わらないものね…」
ここに逃げ込む前には街でひっそりと暮らさせてもらっていたのだが街の代官が変わってから本当にひどくなった。獣人族の中で容姿がいいものをよこせだの男どもを訓練の的に使わせろだのめちゃくちゃだった。当然そんな要求飲めるはずもなく夜、街が寝静まったころ女子供を先に逃がした。それまで男たちはなるべく女子供がいないことを隠して生活して逃げる時間を稼ぐという作戦だった。
家族と離れ離れになるみんなの姿は見ていて本当に苦しかった。
「私がもっと戦えれば…」
思わず槍を握る手に力が入る。
そうして自分の無力さを心の中で嘆いていると危機察知にたけている兎人族のため先頭を任せていたキューイがこちらを振り向き声を上げた。
「マトイさん! 魔物が前方に現れました!!」
「なに!?」
心の中で舌打ちをする、とうとう現れてしまったか。いやむしろここまで深い森の中で魔物に遭遇しないわけがないか。
とりあえず皆の不安を少しでも減らすため魔物の名前をこっそりとキューイに聞く。
「キューイ魔物の種類はわかるかしら?」
「お、おそらくですがサーベイジウルフかと…」
「…そう、なのね」
サーベイジウルフか…私とキューイではまず勝ち目はないだろう。Cランク冒険者パーティー二つでも撤退したと聞いたことがある。私自身はCランクの実力はあるが一人ではどうにもならない。
ここで覚悟を決めるしかないか…。
「みんな聞いて!」
先頭から後ろを振り返りみんなに説明する。
「この先にちょっとした魔物がいるみたいなの私はそれを狩ってから後を追いかけるからみんなはルートを少し外れて歩き続けて欲しいの」
なるべく余裕があるようにそしてぎこちなくてもいいから笑顔でみんなに伝える。
手が震えてしまっているが気づかれないように後ろで手を組んで隠す。
みんなは不安そうではあったが納得してくれて早速ルートを魔物がいるほうからそらした。
「ぐすっ、マトイさん…」
キューイだけはわかっているのでもう今にも決壊しそうな涙袋を見せてくる。
おそらく私はみんなのところには戻れないだろうそしてそれはキューイも分かっている。だからこそこの子にしっかりしてもらわねば。
「いい? みんなのことをしっかりと頼むわね、いつか勇者様が助けてくれるのを信じて心を強く持ってね」
私の最後の言葉を聞いてマトイのダムは簡単に決壊してしまった。
この子にもつらい思いをさせてしまうわね…
「さ、みんなのところに戻って」
私は最後まで笑顔でキューイの背中を押し出した。
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