魔王が失った信仰は勇者が取り戻す
@manabo-
第1話 魔王の真実
「二度と姿を見せるな!くそったれが!」
「早くこの街から出ていけ!化け物!」
「お前みたいな神など滅んでしまえばいいのよ!」
罵詈雑言の嵐。
いや、それすらも生ぬるい。
恨み。
怒り。
嫌悪。
憎悪。
殺意。
それらすべての負の感情が乗った言葉をこの身に受けている。
きっとこれからどこへ行ったところでこんなものなのだろう。
なんならこの街は手を出してこないし言葉だけで済ませてくれるからまだましな方なのかもしれない。
アステウス王国領にあるペネスという街。
ここは俺が生まれ育った街であり勇者として神に選ばれるまでを街の人たちから大事に育ててもらった故郷だ。当時は戻ってくれば街全体で宴が行われ歓迎されていた。
しかし、今は関所で街の人に追い立てられるように出口へ追いやられている。
なぜこんなことになっているのか?
「どの面下げて勇者の生まれ育った街に来やがった!!!」
肉屋のおっちゃんだ。いつも大声出してるけど今日は一段と大きいな…
「なぜ神様たちはこんなやつをもう一度生み出したのかしら!!」
お世話になった先生までいる。あんなにやさしかったのになぁ…
街に入り何かできることはないか困っていることはないか冒険者ギルドから集会所までまわり自分の正体も隠さず話した。
しかし、耳を貸すことはなくそれどころか一瞬にして騒ぎとなりこの街の出口まで
追いやられてしまった。
誰も俺には気づかない…いや、姿も声も何もかも違うのだから当たり前なのだろう。
仮にここで元勇者のカーヴェインだと言おうものならそれこそここにいる人たちの誇りを傷つけ逆鱗に触れることだろう。
それぐらいはわかる。
やはり勇者のひいては俺の生まれ故郷から行くのは無謀だったようだ。
俺は後ろから聞こえる懐かしい人たちからの言葉から切なさに打ちひしがれながら街の関所からこの街を出た。
少し歩いたところで後ろを向き深く、深く一礼をして
生まれ故郷ペネスを背に草原が広がる道を歩き出す。
「覚悟はしていたが…つらいな…」
遠くなる故郷を感じながらも心の中には思い出の故郷が近くにあった。
それがまた余計に俺の心を絞るようにする。
自分が引き受けた使命ではあるのだがつらい。
「いや、こんなところで立ち止まってはいられないか」
落ち込みかけた心に喝を入れる。今までも辛いことはあった。
そしてそれらは乗り越えてきた。
根拠のない自信などではなく経験に裏打ちされた確かな自信だ。
自ら各地を渡り歩き強くなり、仲間を集め魔王を倒した。
その間にはもちろん強力な魔物や狡猾な悪魔、仲間内での衝突、様々な困難があった。
しかし、それらは必ず乗り越えてきた。
その事実が今この状況の俺を奮い立たせてくれる。
まだまだ旅はこれから。均衡が崩れ始めるまでまだ時間はあるとはいえ立ち止まっている暇はない。
俺は次なる街を目指して前をしっかりと向き力強く歩き出す。
この街から次の街までは距離があり途中には森がある。しばらくは歩きが続くだろう。
気分としてはあまり優れているとは言えないがそれを励ますように空を青が包んでいた。何度も通った道はいつ見ても長く、それはこれから始まる旅の程を表しているようだった。
***
勇者。
神々からの指名を受けて選ばれし者。
その心は正しく勇気にあふれ、その行いは人々に力を与える。
六柱神の一柱、神ダルナバが堕落し魔王となった際にももちろん勇者が選ばれた。
とある街のまだ14歳になったばかりの青年。
その街では大事に育てられ困っている者には必ず手を差し伸べる。正義感にあふれ相手が大人であってもその心を曲げることはなかった。
そしてその街の剣術指南場では誰よりも剣の才を見せながらも驕らずそして溺れずひたすらに努力を重ねてきた。
そんな姿に街の人々は若くもその青年に老若男女問わず惹かれ信頼を寄せていた。
そしてそんな青年が神々から勇者として選ばれることもむべなるかなと言えた。
そんな青年が勇者となってからは強力な魔物が現れればそこへ赴きこの世界の民を救ってきた。その途中で出会った仲間たちにも助けてもらいながら。
そうして幾戦を経て今まさに魔王を前に追い詰めていた。
「ここまで長かったよ、魔王ダルナバ」
もはや四肢が無くなり胴体のみとなった魔王へ剣を向けながら終わりを告げる。
戦いの場所はこの世界に初めて魔王ダルナバが降りた山の山頂。
あたりは戦いの凄まじさを表すように地は削れ、小山は吹き飛び、木は粉々になっていた。
もちろん戦っていた勇者一行も無事ではなかった。
聖女と呼ばれたイメルダは魔力を使い切り気を失い。
賢者と呼ばれた最高峰の魔法使いウルノレリアも愛用の杖は折れてしまい魔法の過剰使用で精神に異常を来たす寸前。
拳闘士として師範代に上り詰めているゴンは拳の骨が砕けてしまい戦えるとは言えなかった。
そして同じ街の出身である剣士カーラも剣を杖にしながらなんとか立ち上がれるか、そのような状態だった。
皆が力を使い果たし追い詰めたそう言えるだろう。
「そうだなぁまさか神である俺様が人間なんぞに負けるたぁ思わなかったぜ」
人間であれば確実に死んでいよう見た目であってもその口調ははっきりしていた。
「お前は神なんぞじゃない」
「へっへ、そうかい」
勇者であるカーヴェインがそこだけは譲れなかったのだろう。食い気味になって否定する。
「一つ聞きてえんだが勇者様は俺が死んだあとこの世界はどうなると思う?」
「…遺言はそれだけか?」
カーヴェインが眉間にしわを寄せながら剣を首に当てる。
「いやいやそうじゃねえよ」
剣を当てられているというのにへらへらした態度で答える。
「この世界は知ってると思うが神々の力によってバランスが保たれてらぁ。どっかの神が強くてもだめだ均等でなきゃならねぇ。そしてそれは俺ら六柱神がやってたんだ」
なぜ今こんな話をしてくるのだろうそうか、そう思いながらもここでこの話を聞かなけれいけない。勇者としての勘がそう伝えていた。
「そんな話聞く必要ないわ」
しかし、少し後ろの方でやっと立ち上がれたカーラが呆れ気味といった感じで声をかけてくる。
「どうせ最後にそれっぽいこと言って時間稼ぎでもしてんでしょ」
「まぁ確かにそうとも考えられるが俺がもう動けるような状況じゃないことぐらいそこの勇者様はわかってんじゃねーの?」
カーラの刺々しい指摘もこともなげに流しカーヴェインの目を見る。
「続けろ…」
すこしばかりにやりと笑うとつづけた。
「今俺はあんたらに魔王なんかと呼ばれてやがる。もうてめえは神じゃねえってな。
ならなぜ世界は崩れないんだ?六柱神の一人である俺様がこうなってるのに」
そう言いながらカーヴェインとカーラに問いかけるような視線を送る。
しかし、問われた二人もダルナバに答えられることはなかった。
「神は言ったんだろう? 俺は堕落したってなぁ、そう文字通り神から堕ちたってなぁ」
そう。カーヴェインたちいや、それどころかこの世界に住まう者たちは神からそう聞いていた。神タナトスは神から堕ちたと。堕ちたということはもう神の席についていないので神とはまた違う存在になったそれを表してる。
それなのに確かに世界の均衡は崩れていない。それはこの目の前にいる魔王がまだ神としての力を宿し存在は神の席にあるということを示していた。
「では、神はいったいなぜ…」
タナトスの話を聞き少し考える。話を聞くことに反対していたカーラもすでにこの話の価値に気づいているようだった。
そしてこの二人の頭の速さに満足しながらタナトスが衝撃の事実を伝えた。
「いいこと教えてやるよ」
そしてもう一度にやりと笑うと
「今、上の馬鹿どもは主神の座をかけて神同士で戦ってるんだよ」
「…何を言ってるんだ?」
「…」
その言葉の意味を二人は理解できずにいた。驚きというよりも本当に今言ったことが理解できない様子だ。
それもそのはず。今、タナトスが言ったことは神の禁忌事項に触れるものだったからゆえにこの情報は普段絶対に知ることができない天界の事情だった。
「ちょうど30年前だったかなぁ俺らの上の神のじじぃが席を譲るって言いやがったんだよ。そんでどの神もその席は欲しいに決まってんのさ、なんせ一番の神になれるんだからなぁ」
カーヴェインはすでに首に当てていた剣を降ろし話を聞いていた。
「んでそれは今の六柱神のやつらも同じことよお互いを蹴落としあおうとしている
ほんとにめんどくせぇ」
「その言い方だとあんたはその席が欲しくなかったの?」
「ったりめだろうがよぉ、なんであんなめんどくせぇのをやらなきゃならねんだよ」
タナトスは本当に面倒くさそうに顔をしかめながら言う。
「ただあいつらはそう考えなかったんだろうなぁ、俺が最初に勝手にやってろって言ってもいつやる気になるかわからねぇってことで始まったのがこの魔王様よ」
「あいつらは俺を嵌めたんだよ、先に簡単に始末できるやつからやっちまおうってことで天界にいる俺をバンダンの野郎が持ってた神剣でぶっ刺したのよ。そんでもって俺は死にゃしなかったけどちょいと眠りについてその間に下界では俺が魔王様ってわけよ」
最後の方に限っては本人も笑いながら言っている。しかしこれを聞いた二人からしてみれば笑いごとで済むことではなかった。仮にもしこの話が本当だとするのなら今まで倒そうとしていた魔王はただ他の神に騙されただけということになるから。
「ならどうしてあんたはわざわざ自分で暴れるようなことをしてるのよ」
「そう、そこなんだよ嬢ちゃん」
もし腕があったのならばカーラに向けてピッと指をさしていたであろう。
「もちろん俺だって好きでこんなことやってるわけがねぇ、ただこれしか方法がなかったってとこだなまったくよぉ」
忌々しげにため息を一つ吐くと
「そもそも俺はこうなった以上、もう上がることはできねぇどうせあいつらは邪魔をしてくるに決まってるしなにより面倒くせぇからな」
そこまで言い終えると今までのどこかおちゃらけた雰囲気をがらりと変えて神としての威厳ある目をカーヴェインに向けた。
「そして上のバカ神どもは絶対にお前を俺の後釜の神にする」
もちろん言われたカーヴェインは全く理解できていなかった。人間が神になるなどあまりにもばかげた話だったからだ。
「神々の力のもととなるのは人々の信仰だ。そして俺がいなくなった後、俺の分の信仰を取り戻さなきゃならねぇ世界の均衡が崩れるからな。あいつらはお前をそれに抜擢する。一応神である俺を殺せるくらいには力があって何より落ち切った俺の信仰を取り戻すにはアホみてぇな強靭な精神と丹力が必要だそんでお前はそれを持っている」
聞いていてもとても信じられず、二人の表情は硬く困惑を隠しきれていなかった。今まで信じていたものへの揺らぎが生じていたからだ。そしてカーヴェインの勘が告げていた。
これは嘘じゃないと。
なぜ信じられるのかといわれればわからないが何度か戦場にて相まみえたが故にタナトスがこういう性格であり魔王などという面倒なことはしないそう思えるようになってきていた。しかもこのもうすぐ死ぬ間際このような嘘をついてどうするというのだろうか。
「もしそれが本当だとしてどうしてそれをあんたは黙って殺されるようなことしたのよ」
「あたりめぇだろ? 面倒だからだよ、それに俺が生きていてもたぶんこれが繰り返されるだけだ。だったら俺という邪魔者が消えたことにして後釜に任せた方がいいと思ったんだよ死んでいった民には申し訳ねぇがな」
「…」
「…」
「信じるかどうかは任せるぜ、ただもし俺の後釜になってそのあと上のバカどもにすきにさせないようにするにはお前が信仰を取り戻してあいつらに匹敵するぐらいの力をつけなきゃならねぇ、時間はかかるしつれぇだろうがな」
それはそうだろう。ここまで世界に嫌われている魔王。それをもう一度信仰しろという方が無理があるというものだ。それをタナトス自身が一番理解していた。
だからこそタナトスは覚悟を決めていた。
「だからもし信じてくれるってんなら俺が持つ神の権能を全てお前に譲る」
「はっ!?」
今の発言に思わずといったようにカーラが声を上げた。
「…お前自分が何を言ってるのかわかっているのか?」
「あたりめぇだろ? 俺はこの後とんでもないくらい長い眠りにつくんだその間に馬鹿どもはもっと争うだろうなお前らのことなんて知ったこっちゃねぇって感じでな。ならどうせならお前に俺の力をやる。だから…頼む。これ以上の民の死はいらねぇ」
信じようか信じまいか。
タナトスとは思えないほどの心から民の安寧を願う言葉にカーヴェインは迷いに迷っていた。しかし自分の中ではもうこれが本当なのだろうなと分かっていた。ただそれでは今までの魔物たちとの戦いで命を落とした者たちはどうなるのかそのような考えが頭を回っていた。
すると後ろで声がした。
「おぬしが思うようにするがよいぞ」
「然り、我は勇者殿の信じる道こそ光であるとそう思っている」
いつの間にか起きていた賢者ウルノレリアと拳闘士ゴンが言葉をそろえる。
「どうせあんたの勘がそうだって言ってんでしょ?だったらそれでいいじゃないあんたの勘はほとんど100パーセント当たるんだから」
カーラも辟易している感じではあるがウルノレリア、ゴンと同じようなことを言っていた。カーヴェインにとってもその言葉は大きく支えられていた。ともに苦楽を過ごした仲で誰よりも信頼できる。
そして決めた。
「わかった、お前の言っていることを信じてみよう」
「ありがとよ勇者様、とりあえずこれで命がけの賭けには勝ったな」
タナトスは今までに見せたことのない安心したような表情をしていた。
「勇者カーヴェインお前に俺の力を授ける。いつかはわからねえがどうせバカどもから俺の後釜に指名される、そして大事なのはその後だ民に慕われてきたお前には辛いだろうが何としても信仰を集めろ、それがお前の力となりあのバカどもを黙らせる力にもなる」
それを言い終えるとタナトスの体が淡く光りだし体の端から薄くなっていく。
「さて俺の体が消えた後一本の神剣を残しておこう。その神剣に俺の権能を移しておいてやるから存分に使いな」
消えてしまう直前、にやりと笑ったがそこには戦うたびに嘲笑うような笑いはなかった。
目をつむり眠るように光の粒子となるとその光が集まり一本の美しい剣を形作る。
姿は流線的な施しのされた見事な剣でどの匠が打とうとも出ないであろう神々しさを放っていた。
ゆっくりと手を近づけ握る。するとカーヴェインの体の中に凄まじいほどの力が流れ込んでくるのが分かった。タナトスが言っていた権能も教わらずとも使い方やどういったものなのかそれが手に取るようにわかる。
力が流れ込んでくるのが分かると剣が光を発していつの間にかこれまた業物であろう鞘が剣を包んでいた。
そうしてしばらく皆一言もしゃべらずに神剣を見ていた。
その時の皆の感情といえば様々であっただろう。
これから始まることへの不安。
大事な人が苦しい旅へ出ることの心配。
あくまで穏やかに若者に未来を託そうとする心。
ただ信じるべき人を信じるという信念。
それぞれが思いを抱えながら聖女イメルダが目を覚ますのを待った。
その後、勇者たちはそれぞれの思いを抱え民のもとに帰ると魔王討伐を高らかに宣言した。
その後、勇者カーヴェインの前に神々が降臨するのはそう遠くないことであった。
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