第49話 少年と闇 1

「泣いてるの」


 うつむき、肩を震わせるデュオに、マリーはそっと声をかける。


「だって……マリーは……マリーは冒険者になれないし……コートは貧民街の人たちを救えないじゃないか……僕のせいだ。僕のせいだよ」


 そう言うデュオを見て、コートは髪を掻きむしりながら言う。


「デュオ……あのなあ」


 また次があるじゃん、と言いかけたコートがその口を閉じる。

 デュオに、次はないのだ。いや、それどころか、自分がデュオに会えるのも、今、この時だけなのだ。


「デュオ。……私は、満足してるわ。ありったけの力、ぶつけたし、ね。三年後は……今度は、必ず、セインにも勝ってみせる。だから……泣かないでよ……泣きたいのは、私だって……」


 そういって、マリーはうつむく。


「おいおい、お前まで、泣くなよ。俺だってそりゃ貧民街のやつらを救いたいとは思ったさ、でもそれはしょうがないんだ、まだまだ俺だって、俺だって修行が……足りなかったんだから」


 語尾が震えていた。次の瞬間コートは「あー」とか投げやりにつぶやくと、急ぐように天を仰いだ。


 誰のものかも最早わからない、ただ嗚咽だけが、その場に響いていた。




☆    ☆    ☆




 決勝戦が終わり、大会はチーム『アイーダ』の優勝に終わった。

 三人がでてきたディース神殿はすでに夕日で赤く染まっており、街中を祭りの後のような気だるい雰囲気が支配している。

 ふいに、デュオが、立ち止まった。


「今まで……ありがとう」


 マリーとコートが振り返る。

 予感していた、この瞬間。

 仲間との、別れのとき。


「デュオ、待って」


「駄目だよ。……もう、時間が無いんだ」


 柔らかい口調で、だがデュオの言葉には棘があった。


「デュオ!」


「デュオ君」


 声がして、デュオが後ろを振り向くと、バルムス・バルトーアが立っていた。


「そろそろ、時間のようだ。わかるね?」


「……てめえ……よくもノコノコと」


「もういいんだ、コート。これが僕の……『複製体』デュオ・ネーブルファインの、役目なんだから」


 初めてデュオの口からでた一紡ぎの、だがどこまでも重い言葉に、コートが息を呑む。

 目の前の少年の澄んだ瞳に、もはや悩みや迷いなどは全く現れていなかった。

 まるで、人であることを忘れてしまったかのように。

 残された二人のことなど、とうの昔に置き去りにしてきたように。


「……儀式を終えるのがあなたの役目なら、私たちは最後まで一緒にいる。最後まであなたを見守りたい」


 譲らないような眼差しをデュオに向けるマリー。


「そうだ、デュオ。俺たちも、一緒に行くぜ」


 コートもいつものように、笑いながら言う。


 デュオは一瞬困ったような顔をしたが、やがて


「マリー……コート……」


 微笑を浮かべる。


 二人はよし、と頷き合うと、デュオとバルムスの方へと歩み寄ろうとした。

 だが次の瞬間、どさりと大きな音が辺りに響いた。

二人が、その場に倒れたのだ。


「ごめんね」


 デュオが小さく言った。


 いつのまにかそこには、鎧を着た二人の騎士が立っており、倒れた二人を見下ろしていた。


「ご苦労だった。その子達を家へ運んでやってくれ」


 バルムスが簡潔に言う。

 二人の騎士は頷くと、片方がマリーを、もう片方がコートを担いで、街中へと消えていった。


「よかったのか? あれで」


 バルムスが問うた。


「……マリーも、コートも……それぞれの人生をおくる権利があるんです。だから、僕は、あの人たちを巻き込みたくはない。巻き込んではいけない。……僕は、あの人たちをこの手で守れる自分を、誇りに思っています」


 そういって下を向くデュオ。


「そうか」


 まるで言い聞かせるような含みがしたのは、気のせいだったか。

 その小さな体で、重すぎるほどの運命を背負っている。この少年の痛みが、バルムスには痛いほどよくわかっていた。

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