第48話 VSアイーダ 4

 自分の体がこらえ切れないように震えている。

 そのことにデュオは気付いた。


 ああ、死ぬ前に、皆と戦えてよかった。

 汗を流しながら、マリーが肩をぽんとたたく。


「あとは、任せたわ」


 デュオが頷く。


「ま、気楽に、な!」


 コートが、いつもの調子で笑った。


 デュオも、笑い返す。


 そして、会場に目をやった。

 黒髪の騎士が、こちらを見据えていた。


 一歩、前へでる。


「デュオ」


 後ろから、マリーの声がした。

 振り返る。


「……三人が、お互いを、支えあう。それが、スリースターズよ。……あなたは、独りじゃない」


 長い間をおいて、デュオが頷く。そして、微笑む。


 デュオ・ネーブルファインとしての、最後の、舞台。

 『鍵』ではなく、『デュオ』と呼んでくれる人たちの前での、最後の、ひと時。


 まさかこういう形になるとは思いもよらなかったが、デュオは、それでも、幸せだった。

 戦って、デュオ・ネーブルファインを終えることができるのだから。


「構えて」


 審判員が、声をかける。


 デュオの魔力は、この空間においては、もうすでに解放されていた。

 ためらうことなく、魔法を使うつもりでいた。


 セリアが長剣を構える。

 例えれば、水のような、隙の無い構えだった。黄龍騎士団というのも、頷ける。


「はじめ!!」


 素早くデュオが詠唱した。


「たゆたう光 冥途の希望にして迷妄の呼び子たる汝に請う」


 序句を言う。だが驚くことに、同じ詠唱をセリアも始めた。


「清き力を手に添えし」


「汝の白を我に貸せ」


「そは光輝増したりて すべての悪を照らしたり」


「そは光の掟を放たれて 闇の衣をまといたり」


「瞑目の光明――フラッシュフラッド」


「無明の蝕――インビジブルエア」


 同時に呪文が発動した。

 突如として、デュオの周りが一瞬まばゆいばかりの光に包まれる。


「くっ」


 『瞑目の光明』。本来ならば炎から発せられる光を媒体に、強力な明かりを生み、松明の光を数倍にも強める呪文である。今のはそれをアレンジしたもので、デュオはめくらましの効果を期待したのだが、その効果はどうやら抜群だったようだ。


 一瞬の強烈な光に、セリアは一時的な盲目状態に陥っている。


 仕掛けるならば今だ。

 だが、デュオはセリアの姿に何か違和感を感じた。


 剣を持っていない。

 いや、あたかもそこに剣があるかのように、彼女は目を閉じたまま、構えている。

 一瞬考えて、先ほどのセリアの呪文は、光の屈折を魔法の干渉によって変え、物体を見えなくしているのだと推測する。


 だとすれば、今仕掛けるのは危ない。

 そんなことを考えているうちに、セリアの視界が回復してきたようだった。

 デュオが舌打ちをする。

回復が、やたらに早い。


 そして、セリアが飛び掛った。

 見えない長剣をなんと片手で操り、デュオに向けて振りかぶる。

 手の動きと同時に、風がデュオの顔を掠めていった。


 リーチが思った以上に長い!


 マリーやハッシュと戦ったときの間合いよりも、もっと長い間合いというものを、これまでデュオは経験したことがなかった。

 あの長剣が、これほどまでに遠い距離から打てる代物だったとは。

 さらに追撃を加えられるデュオ。

 右手を振り上げ横に薙ぐセリア。長剣が見えないので、間合いが正確にわからない。

 結果、ぎりぎりでかわすという戦法が通用しない。


 薙いだ剣を跳ね返りよろしく再び右手で振り下ろすセリア。


 ここだ!


 振り下ろした瞬間を狙って、デュオは剣を構えると、セリアとの間合いを詰めた。


 だが。


 次の瞬間、セリアの左手が、振り下ろされた。


 馬鹿な!

そちらは何も持っていないはず!


 と、驚愕したデュオを待っていたのは、しかし肩口にかかる鋭い衝撃だった。

 見えない剣を、右手から左手に持ち替えていたのだ……!


 剣が肩に食い込み、一瞬遅れて激痛が肩から全身へとほとばしった。

 そのまま肩をおさえて倒れるデュオ。


 悔しい。だめだった……。

 何故、ダミーの右手で剣を振り下ろされるときの風圧に気がつかなかったのか。剣が見えないことにだけ注意が行き過ぎて、微妙な違和感に気が回らなかったのだ。


「勝者、セリア・デルウィング!!」


 審判員の声が響き渡る。

 その瞬間、『スリースターズ』の敗北が、決定付けられた。

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