第47話 VSアイーダ 3

「かっこつけちゃって。面白くないわね」


 戻ってきたコートを、マリーが小突いた。

 デュオが微笑むと、コートも微笑む。


 最後の、戦いぶり。

 格好よかったよ、コート。


 そうデュオは心の中でつぶやいた。


「マリー、がんばって!!」


「マリー、お前が負けても」


「デュオが勝つ」


 コートのセリフをさえぎって、マリーが言った。

三人で笑う。

 その声が、どことなく乾いていたのは、気のせいだったか。


「……正直、ここまでこれると思わなかった。コート、デュオ、私あなたたちとチームを組めて、本当に、よかった」


 マリーが、笑いながら言った。

 その目は、今まで見たことも無いほど、輝いていた。

 決意に満ちた視線。


「負けないわよ。もし負けても……デュオがいる。私は、安心して、悔いが残らない試合ができる。ありがとう」


 デュオが頷く。


 これで、マリーが勝てば、決勝戦だった。

 だが、チーム『アイーダ』に勝てば、優勝も当然なのだ。


「じゃ……行って来るから!」


 彼女の声と共に、三人は固く頷いた。




☆    ☆    ☆




「構えて」


 何年、この日を待っただろう。

 忘れもしない、今、目の前に映っている短い黒髪。

 上を向いた眉。

 つり上がった、厳格そうな目。

 無愛想な表情。


 変わったのは背丈くらいだろうか。

 セイン・デルウィング。

私のこと、覚えてるかしら?


「はじめ!!」


 比類なきスピードで、セインが飛んできた。同時に木刀を振り上げる。

 剣のリーチはほぼ同じ。


 これだ。

 この速度。あの頃を思い出す。


 以前のマリーだったら、ここで上から降る木刀を回避する行動を取るに違いなかっただろう。

 だが、彼女は逆に間合いを詰めた。そして、一瞬の判断で、すれ違いざまに横に剣を倒す。


 かんっ!


 木刀と木刀がぶつかる音が、した。


 胴を打ったマリーと、その一撃をたくみに木刀で防いだセイン。すれ違うと、さらにマリーは振り返って攻撃を仕掛けた。

 一瞬出遅れたセインも、迎え撃つように間合いを詰める。

 再び木刀がぶつかり合った。


 だが剣を弾かれたのはマリーのほうだ。男と女の力の差。つけこむようにして襲いくる木刀。

 ひそかに舌打ちをするが、しかしマリーはあきらめなかった。

 なんとか木刀を引き戻して、不完全な姿勢ながらもセインの攻撃を防ぐ。勢いを殺せなかった木刀が肩に食い込み、つい息が漏れたが、それでも致命傷ではない。


(やっぱり、強い……!)


 そう素直に相手の実力を認めながらも、マリーは自分が心を躍らせていることに気付いた。


 強い相手と戦うということに、これほどの喜びを見出せるとは。


 その気持ちは、三年前のマリーとは、明らかに違う部分だった。

 強くて、どうしようかどうしようかという戸惑いばかり覚えていた。それが、三年前。だが、今はどうだ。

 デュオがいる。コートがいる。もし負けたとしても、マリーの分まで十分埋め合わせられる、信頼できる仲間がいる。

 いまの彼女は、決して独りではなかった。

 だからこそというその安心感が、マリーの剣筋に今までに無い切れを生んでいた。

 大胆に、自分のもつ剣を最大限に引き出せていた。


 なぎ払いが相手に流される。

 だがそれはフェイントだ。流された剣を返して、再び袈裟に斬る。

 ついにセインがマリーの袈裟斬りを防ぎきれず、後退した。

 後退したところを、すかさず突く。セインが、突きを避けるために横に移動する。そのセインを追って、さらにマリーの木刀が横に振られる。

 再び払われたマリーの木刀を、弾き返さんとばかりにセインが剣を振り上げる。だがその一太刀は、むなしくも空を切った。先ほどの一太刀は、マリーが仕掛けたフェイントだったのだ。


 そしてとうとう、マリーの木刀がセインの腰を打ち据える。


「くっ!」


 4点、3点、3点。


 惜しくも不合格だ。打たれる寸前でセインは死に物狂いで半歩下がり、間合いをおかしくしてしまうことでマリーの攻撃の威力を抑えたのだった。


 額に汗を浮かべながら、しかしどことなくうれしそうな笑みを浮かべながら剣を振るう少女に、セインは危機感を感じた。


 この少女には、恐怖という感情がないのか。

 一瞬でも怯む、その心の隙間というものが全く感じられなかった。それが大胆で、迷いの無い剣を生んでいるのだ。


 剣の腕は、互角。

 だが、シェリルが負けている分、切迫感というものが切実にセインの心の中にくすぶっていた。そのわずかな違いが、この戦況を生んでいる。

 彼女は、間違いなく、強い。


 だが、とセインは心で一呼吸ついた。


 力の差だ。

 男の自分と、女の彼女が、どうしても埋め切れない差がある。

 それが、力だ。


 そう言い聞かせると同時に、セインは剣を振り上げる。

 振り上げた剣に対抗するように、マリーの木刀もセインの剣をはじき返さんと前にでる。

 だが一瞬遅れて、セインの攻撃が実はフェイントだとマリーは理解した。だがもう遅い。自分の木刀は前にでてしまったので、胴ががら空きだ。すかさずそこをつくセイン。

 だがマリーがなんとか剣を胴に引き戻し、防御する。ところがいつのまにかセインの剣は、マリーの頭を狙っていた。


 さっきの胴もフェイント!


 どうだ、とセインは心の中で叫んだ。目の前の少女は胴をカバーした剣をもう一度戻して、頭をかばうはずだ。だが、それではもう遅い。俺の剣が確実に、彼女の肩口にヒットする。この勝負、もらった!


 だが。


 胴を守るため横に倒された剣を、再び頭のガードに使うことなく、逆にマリーはそのまま無防備なセインの胴を狙った。


 マリーが不適に笑った。

 そっちが振りかぶって頭を狙っているのなら、こっちはもう防御などしない、

 正面きって、胴を打つ!


 セインが驚愕に目を見開いた。

 そんな馬鹿な! くそっ、もうどうにでもなれ!


 セインの木刀が振り下ろされる。

 マリーの木刀がなぎ払われる。


 どすっ!


 鈍い音がして。


 セインの一撃は、マリーの肩をとらえた。

 マリーの一撃は、セインの胴をとらえた。


 そして二人が、痛みに倒れた。

 審判員が声を上げる。


「両者引き分け! 両チーム大将、前へ!!」

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