第46話 VSアイーダ 2

「両チーム、前へ」


 審判員の掛け声と共に、準決勝の相手チームとの距離が狭まる。

 先鋒のコートが相手をするのは、意外にもかわいらしい姿をした女の子だった。そばかすの散った顔に、赤毛の三つ編みが幼さを引き立てている。歳はちょうど、デュオと同じくらいだろう。戦いの前だというのに、ニコニコと笑顔まで浮かべている。


 だがその両手に収められていたのは可憐な花束などではなく、木製のボウガンだった。


 ボウガンにはすでに五本ほどの矢がセットされていた。もちろん試合であるから、矢じりはついていない。腰にくくりつけられているやけに長い形をしたポーチの中に、おそらくたくさんの矢が入っているのだろう。


 二番手のマリーが戦う相手は、幸運なことに、前回の大会で勝ちを奪われた相手であるセイン・デルウィングである。

 黒く短い髪の毛が印象的な、レンやハッシュと同じくらいの背格好をした細身の青年。きりりとした細い眉毛と、きつく結ばれた口が、なんとなく近づきがたい無愛想な感じを与えている。


とてもマリーをしのぐ剣さばきをするとは思えない体躯だった。だがその真面目そうな目つきから感じ取れるのは、まさに満ち溢れんばかりの、剣に対する自信。


 相手と向き合うマリーに目をやると、不適に笑う顔とは裏腹に、その額にはすでに汗が浮いている。

 ……緊張しているのだろう。当然のことだ。

 三年。今日のこの日のために、三年もの間マリーは鍛錬を積んできたのだ。目の前の相手を倒すことだけを考えて。


 そしてデュオは目を前へと向けた。その目に、鈍く光る黒髪を持つ女性が映る。

 ディース王国屈指の騎士団『黄龍騎士団』に所属する女騎士、セリア・デルウィング。それが、デュオの戦う相手だった。

 手にした剣は、マリーやデュオのものと比べるとはるかに長く、彼女自身の細長い体つきとよく合っていた。着ている物が皮製の鎧などではなくきれいな洋服だとしたら、十人中まさに十人の男が振り返るほどの美しさだった。


 だがその目は、まるで凍てついた様に鋭い。


「お互いに、礼。では先鋒以外の選手は下がって」


「がんばってよ、コート」


 デュオが声をかけた。

 ボウガンを持つ相手と戦うのは、これが初めてのはずだ。

 だがコートはまるで心配すらしていないようなケロリとした表情でデュオに返した。


「矢だったら昔っからよく撃ち込まれてたよ……俺の師匠に」


「はははっ、その意気その意気! 負けたら承知しないからね」


 マリーが続ける。そして、コートを残して二人は場外へと移っていった。


「構えて」


 赤毛の女の子――シェリルというそうだ――が、手にしたボウガンを下に向けて構える。試合の規則でそうなっているのだ。

 対するコートはというと、やはりいつもの構えをとった。体を半身にそらし、両手を横顔の高さまで上げる。体をひねればすぐに蹴りを放てる、コートにとっては理想の構えだった。


「はじめ!!」


 刹那。


 一瞬にして少女の手がコートを向いていた。

 ぱしゅっという鋭い音と共に、何かが吹き飛ぶ。

 紛れもない、ボウガンの矢!


 お約束といわんばかりに、半身をそらす最小限の動きだけで、コートが矢をかわす。


 だが隙を与えず、開始位置を動かないままシェリルが再び矢を放った。


 ぱしゅっ


 ぱしゅっ


 二発、三発。次々に矢が撃ち込まれてゆく。それをコートは苦も無くかわす。

 地属性に働きかけて岩を吹き飛ばす『地龍の咆哮』とは違い、シェリルが持つボウガンの矢は比べ物にならないほど高速で飛んでくる。

 だが、ボウガン自体の狙いが、まだ未熟と言わざるを得なかった。

 そして矢が尽きてしまえば、コートの番だ。無くなった矢を補給する時間、彼女はまったくの無防備になる。そして、五本目の矢が放たれた。


 不敵に笑いながら避けるコート。

 シェリルのボウガンには、もう矢が残されていない。


「へへっ、ネタは尽きたようだな、お譲ちゃん。今度はこっちから……」


 矢の無くなったボウガンを依然としてこちらに向けているシェリルに、コートは声を止めた。

 そして次の一言に驚愕する。


「偽翔の双対――フェアリーフェザー」


 次の瞬間、いつのまにか開いていた彼女のポーチから、驚くほどの速さで矢がつぎつぎと飛び出してきた。

 呆気にとられるコートの目の前で、まるで訓練されたかのように規則正しく、矢がボウガンにセットされてゆく。


「ボウガンは、指一本動かして引き金を引くというワンアクション。そこに集中力なんていらない。……だから、魔法との相性は抜群」


 そう言って、にこりと微笑むシェリル。

 無常とも言える笑顔と共に、再び矢が乱射された。


 ぱしゅぱしゅぱしゅっ


「のわっ!」


 コートは、迫り来る矢から逃れるようにして場内を走った。

 走りながら横目で相手をみると、すでにボウガンの矢が同じようにしてセットされている。


「随分足が速いのね。でもいつまで続くかしら!?」


 走るコートの一瞬後を追うようにして、矢が次々に飛んでゆく。


 そして。


「本番はこれからよ、お兄ちゃん? ……偽翔の双対――フェアリーフェザー」


 その一声と共に、今までコートを捉え切れず地面に散乱して落ちていた矢が、一斉に浮き上がりコート目掛けて四方八方から吹き飛んだ。


「うおっ!!」


 言って、コートは素早くその場に伏せた。


 だが良策だった。頭上を何本もの矢がかすめ飛んでゆく。

 と、そのうちの一本がシェリルの方向へと飛んでいった。



「自滅するんだな!」


 コートが声を上げ、立ち上がる。


 だが飛んできた矢に怯むどころか、少女はなんと手を伸ばし、その取り済ました顔に当たる寸前で矢をつかみ取ると、流れるようにボウガンにセットしたではないか。

 そして再び彼女の手から、矢が吹き飛ぶ。


 だが、コートを捉える直前で、矢は横から飛び出した何かに叩き落とされた。


 目を細める少女。


 その先には、矢をはたき落とした足を中に固定させる、コートの姿があった。

 不敵に笑う、口元。


「本番はこれからだぜ、お嬢ちゃん?」


 言うが早いか、コートは息つく間もなくシェリルの元へと飛んだ。


「くっ、フェアリーフェザー!!」


「甘いっ!」


 驚異的な跳躍力で少女の身の丈ほどに飛び上がるコート。詠唱によって意思を持ったように飛んできた無数の矢は、どれもこれもコートの足元を滑るように飛んでいった。

 そして。


「くらえっ!」


 着地と同時にコートが足をなぎ払った。


 目をつぶり、ボウガンで顔をかばうシェリル。


 だが、予期していた痛みや衝撃は、いつまで待っても来なかった。


 恐る恐る目を開けると、少女の顔の寸前で、コートの足がぴたりと止まっていた。


「女の子は蹴れねえわな」


 そういって彼が二コリと笑い足を下ろすのと、審判員が声を上げるのとは同時だった。


「勝者、コート・ホイットニー!!」


 会場中を歓声が埋め尽くした。


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