第44話 デュオ 4

 そのやりとりを見ながらも、休むことなく老人は続けた。


「およそ30年前、『魔海』の特殊な魔力構造をいち早く解析し、それを秘密裏に実践していた男がいた。

 その男は、人間に魔力を干渉させる方法を何とかして技術として大成しようと躍起になっていた。

 そしてそれから10年後、王族との関係も深かった彼は、一つの研究所を設立した。それが、セイラムズ・ガーデンだ」


 デュオの背中が、小さく震えた。


「魔力が人間に干渉することができれば、医療分野の進歩は飛躍的に発展する。わかるかね? それまで、『治癒の魔法』や、『復活の呪文』などといったものは、荒唐無稽なおとぎ話の範疇だったのだ。

 だが、『鍵の一族』を絶やさないためには、なんとしてもその研究は必要だった。それゆえ、王族は王立の魔法学校と偽った大規模な研究機関を設立したのだ」


 バルムスが、視線を落とす。


「そして、さらに10年の歳月が流れ、研究はひとつの成果を生み出す。すなわち、『魔海』の魔力構造を変質させ、対象の血液や心臓、体内のあらゆる器官の働きを『複製』する技術――『複製機』と呼ばれた、人間を複製する技術を……」


 デュオが、震えている。


 コートが、デュオの肩を支える。


 バルムスが、続ける。


「死んだ人間に命を再び吹き込むことは、『魔海』の力を持ってしても不可能だった。だが、研究が進むに連れて、副次的にわかってきたことがあった。

 魔法の干渉を不如意のものとさせる原因である、個人個人で独自の形状を持つ魔法結界構造を把握し、その形状を記憶させた専用の『魔海』の培養液を人間の発生におけるある段階で使用すると、対象と全く『同じ』人間ができあがるのだ。

 つまり、死者になる前に対象の魔法結界構造が明らかになっていれば、同じ人間が生み出せることになる。


 結果として、死者を復活させることになる。


 そして、さらに六年後、今から四年前。その技術が本格的に実践された。備わった魔力が影響をおよぼしてか、もう助けようがなかったが、それでもまだわずかながらに息のあったアルフィム王子はすみやかに、極秘に、セイラムズ・ガーデンへと運ばれた。

 そして即座に専用の魔力羊水に満たされた『複製機』へと移され、魔法結界構造を分析された……。

 そして『複製』がはじまった。


 結果は大成功だった。外見に全く異常なし。問題視されていたアルフィム王子の膨大な魔力も、損なわれていることはなかった。だが」


 悪夢のようだった。

 用意された結末。


「八歳の時点での結界構造を元に複製された八歳のアルフィム王子のコピーには、何と『記憶』が欠如していたのだ。

 そこで、『革新派』の動きを考え、アルフィムの名を隠し、新たに記憶を刷り込ませることになった。

 研究の第一人者の孫という新しい現実を与えられたその少年の名は……」


 悪夢は、終わらない。


「デュオ・ネーブルファイン。……君だ」


 デュオが頭を抱えて叫ぶ。


「嘘だ!! 僕が……作られたなんて……僕には、お母さんとお父さんが……馬車で亡くなった、お母さんと、お父さんと……」


 だが、デュオの目に浮かぶのは、顔を欠いた父と母の姿だけだった。


 どうして、お父さんと、お母さんは、顔がないの……?


「どうして、僕は……魔法が使えないの……?」


「複製体には、もう一つ重大な問題点があった。不思議なことに、複製体は外界からの魔力の影響をもろに受けてしまうのだ。

 普通の複製体なら大した問題にはならなかっただろうが、制御が利かないほどの膨大な魔力を秘めたアルフィム王子の複製体だからこそ、勝手が違った。

 まかり間違えれば、大量の火薬に火が引火するような自体が発生しかねない。また、安易に詠唱した魔法が絶大な力を持って発動する恐れもある。

 そこで、ラスタバン・ネーブルファインの手により、強力な封印がかけられることとなった。いかなる魔力も外から内から遮断する、強力な結界だ。

 だがその結界も完全なものではない。

 そこで、ラスタバンは複製体をセイラムズ・ガーデンに入籍させ――といっても、二年からの特別編入という形だが――監視を行なうことにしたのだ」


 次々と明かされる真実。

 次々と明かされる偽りの現実。


「どうして……試合会場では、魔法が……」


「結界も、『魔海』の影響を強く受けるところでは全く役に立たなかったのだ。元々絶大な魔力を秘めていたデュオ君の詠唱は、試合会場の真下に位置する『魔海』の影響によりその効果を得る。

 火薬の粉末が充満している部屋で火をつけるのと同じ理屈で、強大な火球が現出した」


「そう……だったんですか」


 信じがたい真実に、打ちのめされた表情で答えるデュオ。

 どこかうつろな目が、マリーを、コートを捉えた。


「デュオ……」


「僕は……」


「デュオ。これが、全ての事実だ。そして、君には、辛いかもしれないが、一つの大きな役割がある」


「バルムス!」


 その場の誰にも属さぬ声が響き渡る。

 後方に位置する扉が、いつのまにか開いており、一人の男が姿を現す。


「おじいちゃん……」


 それは、ラスタバン・ネーブルファインだった。

 ゆっくりと前進しながら、言う。


「……デュオ。確かにお前は複製体かもしれない。研究の結果生み出された、『鍵』の代行にすぎぬなのやもしれぬ。だが、お前は……断じて道具などではない! 私の……かけがえのない、孫だ!」


「そう……ラスタバン。アルフィム王子の祖父である、お前がいたな……。四年前から今まで、この少年の成長を見守り続けた結果、自らが行なった研究に罪悪感を抱きはじめ、『鍵の呪文』に代わる技術を模索した……」


「そうだ。デュオも……そして」


「……黙れ。お前の生ぬるい渇望が生み出した現実が、この結末だということにまだ気がつかないか。結界は破れ、封印は解け始め、革新派は色めきだっている。もう一度言う。国王の、御勅だ。

 アルフィムの幻影を追いかけて、デュオを苦しめているのは他ならぬお前だ!」


「バルムスさん……」


 怒号の中、小さな、優しい声が響いた。


 デュオの声だ。


 これも、アルフィム王子の複製された声なのだろうか。


「デュオ君」


 バルムスが、厳格な、だがどこか悲痛そうな声を上げる。


「全て、はっきりしました。僕が果たすべき役割も、わかりました」


「デュオ! 何言ってんだ!」


 コートが怒りを露わにして叫ぶ。


「こんな……勝手なことにつき合わされているほうがおかしい!! デュオ!」


 マリーが悲鳴を上げる。


 だが、それに首を横に振って答えると、デュオが静かに言った。


「僕は、今まで、作られた現実を生きてました」


 ラスタバンの顔が、歪んだ。


「作られた現実の中で、たまに泣いたり、たまに怒ったり、友達ができなくて、悩んだり」


 バルムスを見る。

 視線をまっすぐ、デュオに向けていた。


「でも、その偽りの現実の中で、マリーとコートに出会いました」


 語尾が震える。


「マリーは、気が強いけど、僕を弟みたいにかわいがって……かわいがってくれて……コートは、頼れるお兄さんのようで……三人で……大会を……勝ちっ……勝ち進んでっ」


 いけない。涙が溢れてきた。


 マリーも、コートも、もうぼやけて見えない。


 ちゃんと、言わなきゃいけないんだ。


 『かぎのじゅもん』とか。


 『ふくせいたい』とか。


 そんなものよりもっと、大切なことが、あるんだ。


 大切なことが、あるんだ。


 あの日見た、夕陽の色。


 丘を撫でるそよ風。


「明日は……明日の試合でっ……全てが決まるんです僕が……一人でも欠ければ……だっ……駄目なんですっ……まっ……まけてしまいます」


 嗚咽が聞こえる。多分僕のだろう。


「もういい、デュオ! もういい!」


 マリーが僕を抱きしめた。


 ああ、幸せ。


 暖かい。


 僕は、生きてる。


 ぽたりと、暖かい雫が頬に落ちた。


 でも、いわなきゃ。


 いわないと。


 三人が、支えあう。


 三人が、補い合う。


 スリースターズは、いつだって、そうだったもの。


「お前ら……お前ら……許せねえっ!」


 コートの声だ。


 そんなに怒ることないのに。


 いいんだ。僕は。


 ようやくわかった『やくめ』なんだ。


 コート、やめてよ。


 僕が……


 マリーの腕を振り解き、バルムスの前に立つ。


「……明日の試合が終わったら……呪文を、唱えます」


 柔らかな、だが確たる決意を秘めた声で、デュオが告げた。



 涙で濡れた、訣別の言葉だった。

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