第43話 デュオ 3

 マリーは、何故か、胸騒ぎがした。

 青い髪の毛が、揺れる。


「そのことに危機感を持った国王は、関連したとされる魔術師達全員を処罰すると共に、極秘で、当時『魔海』の問題で魔法庁と激しく対立していた騎士庁の、その中でも特に有力で、安全な家へと息子を預けた。


 ……マリー嬢。


 まだ君が幼かった頃の話だ。記憶にも残っていないかもしれない。

 だが君は、出会っているはずだ」


 言われて、マリーの目が静かに見開かれる。


 茶色い髪が揺れる。


 もう、何年も前になるのだろうか。


 血のつながりのない弟がいた。


 いつの頃からはもう忘れてしまったが、ある日父親が「仲良くしなさい」と家に連れてきた、やたらひ弱な男の子。


 捨てられた子犬のように脅えた目を見て、マリーは悲しさと哀れみで、幼心に涙を流してしまった。


 茶色い髪の毛を持つ男の子……。


 近所のいじめられっ子に追いかけられて、よく追い払ってやったっけ。


 いつも背中にひっついて、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」とかわいい声ではしゃいでいたっけ。


「四年前……私の弟……レスター」


 無意識的に、口をついて言葉が出た。


 ……顔は、よく思い出せない。


 それにバルムスが答える。


「そうだ。王家の名門とされたソルブレイド家の養子に内密で預けられ、そこでレスターと呼ばれたその子の本当の名は――アルフィム・グラムハウツ・フォン・ディース……選ばれし『定めの子』だったのだ」


 マリーは声を失った。


 だが、何故だろう。


 どうしても思い出せない。


 私の弟。


 どんな顔だったのだろうか。


 何故思い出せないのだろうか。


 いや、それよりも、レスターは、四年前……。


 四年前……!


「結界にかけられた封印がいよいよ限界を迎え、『儀式』が急務になろうとしていた。アルフィム第三王子は三年間住んだソルブレイド家を離れ、『鍵の呪文』を唱えるため、四年前、王宮に戻ろうとしていた。そして……」


 馬車で……そうだ……手を振って、「またいつか、会えるよ」……そうだ。


 色素の薄い、茶色い髪の毛が揺れる。


 揺れたのは何故?


 泣き出して、父の制止も聞かずに、私は後を追いかけて……


 茶色い髪が揺れる。


 揺れたのは何故?


 そうだ。


 私の目の前で、馬車が宙に舞って。


 そのまま叩きつけられて、


 中から、


 きれいな、髪の毛が……


 取り囲むようにして、


 赤い、血のような色をした、男たちが……


「やっ……」


 小さく震えて、マリーは頭を抱えた。

 「マリー」静かな、力強い声で、コートから名前を呼びかけられる。


 バルムスが、ふうっとため息をひとつ。


「……もういい。……そう、四年前、王宮へ向かおうとした矢先、アルフィム王子は暗殺されたのだ。不慮の事故として扱われたその事件は、瞬く間に国民の間に広まった。

 その事件は、当時世間を騒がせていたルーイン教――ファラ復活をたくらむカルト教団――の仕業とされ、片付けられた。

 だが、『鍵』の血は絶えることはなかった。

 ある一人の魔術師の手によって……」


 デュオが、うつろな表情を浮かべている。


 青い髪の毛が、揺れたように見えた。



 成長をして、


 眼鏡をかけて、


 髪の毛を伸ばしているけれども……


 四年間、成長の差があってなのかもしれないが、何故今まで全く気が付かなかったのだろう。髪の色さえ気にしなければ、デュオの顔はレスターのそれと全く同じように見えた。


「デュオ……あなたは……」

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