第41話 デュオ 1

「デュオ!」


 遅れて到着したマリーがそう叫んでデュオの前に近づくと、見えない束縛からすでに解放されたらしい老騎士が言った。


「待ちなさい」


 どこか威厳のある声で言われ、素直に従うと、老騎士は詠唱を開始した。


 と、デュオの周りで空間がねじれるようにしてひずみ、弾けるような音を響かせた。


「もう大丈夫だ」


 倒れていたコートは、すでに回復してマリーと共にデュオの側に立っている。


「さあ、説明してもらおうか、じいさん。……何故、デュオをさらったのか」


 率直にそう問われ、バルムスは淡々と答える。


「それはできない。これはあくまで、デュオ君の問題だ」


 それを見ていたマリーが「ちょっとアンタは黙ってて」コートを横へ押しやると、デュオの前に立ちはだかる老騎士に向けて告げる。


「バルムス・バルトーア伯ですね? 私、デュラン・ソルブレイドの娘、マリーと申します。お久しぶりです」


 聞いて、バルムスの目が一瞬、細くなる。


「マリー嬢……気がつかなかったよ。大きくなったな」


「はい。この度、ディース神殿での武闘大会に出場していました。その少年と、私の隣にいるこの少年は、私の仲間です」


「……」


「先日、遠征から帰ってきた父と大会での奏功を祝って、一緒に卓を囲みました。ところが、その時デュオを見た父の様子に、私は違和感を感じました」


 バルムスは、黙っている。

 デュオは、今この状況に今惑することなく、すでに、冷静に自分を保っていた。

 そんな二人の様子を見て、マリーが続ける。


「なんというか……懐かしい友人に出会ったような、そんな表情でした。そして、今日、デュオの放ったあの魔法。……卿は何かを知っている」


「……」


「教えてください。私の周りで、一体何が起こっているのですか? デュオに、何が起こっているのですか? 私は、それを聞く権利があります。そして、一緒に戦ってきた友達であるコートも、同様です」


 しばしの沈黙。

 老騎士が口を開いた。


「デュオ君。君は、それでいいのか」


 問われたデュオが、マリーを、コートを、見やる。

 答えは、決まっていた。


「はい」


 マリーが、コートが、黙って頷いた。


 仲間だったから。


 一人では、不安だったから。


 どんな現実が待っていても、この二人には聞いていてほしかったから。


「……わかった。ではディース神殿に場所を移そう。私とデュオは先に行って待っている。なに、このまま逃げるなんてことはせんよ。戦神ディースの名にかけて、な」


 そう言うバルムスを見て、マリーとコートは顔を合わせると尋ねた。


「何でディース神殿なんですか?」


 バルムスが言う。


「それは、来ればわかる」




☆   ☆   ☆





 昼間のそれとは違い夜のディース神殿は、荘厳を通りこして不気味さを漂わせるほどの静寂に満ちていた。


 コートとマリーは、デュオの後を歩いている。先頭を行くのはバルムスだ。


 デュオは、先ほどから一言も言葉を口にせず、ただ黙々と歩みを進めている。


 その背中がマリーには、妙に切なく感じられた。


 魔法が使えなくて、疎まれ。


 初めて使った魔法で、また好奇の対象となり。


 その小さな体に、一体どんな大きな運命を背負っているというのだろう。


 そっと隣を歩くコートを見やる。


 コートも思うことは同じだったようで、うつむいたまま、時折先頭を確認しつつも、何かを考え込むようにして歩いていた。


「ここから、まだしばらく歩く」


 そういってバルムスが立ち止まったのは、ディース神殿の中央部に位置する大きな扉の前だった。

 試合会場の真下に存在することになるその扉は、紛れもない、ディース神殿の祭壇への入り口だった。


「ここは……確か、普段は立ち入り禁止になっているはずだけど……」


 そうデュオがつぶやく。


「立ち入り禁止にせざるを得ない理由があるのだ。まあ、見ていなさい」


 バルムスが、手にした鍵を扉の鍵穴に差し込む。


 かちりと小気味のよい音がして、扉がまるで永い眠りから覚めてあくびをしたかのような、低い、くぐもった音を出した。


 開かれた先には、どこまでも続くかと思われるかのような、長い、螺旋階段が続いていた。


 バルムスが手にした松明に火を灯すと、言った。


「昔話をしてやろう」


 他に声を発する者もないこの場では、老人の声はどこまでも響くように聞こえる。


 三人が、無言の賛成を示す。


 バルムスが続けた。


「君達も聞いた事があるはずだ。この国に古くから伝わる、古の神話……火の神ファラと、それに立ち向かったディースという若い人間の話を」


 ディースでは、かなり有名なおとぎ話だった。


 デュオも、マリーも、コートも、いや、王都ディースに生まれた子どもが何度も耳にする、他愛もない昔話だ。


「でも、それは……あくまでおとぎ話だろう?」


 コートが言う。


「『スレイプニル』という歴史書を知っているか? この国の全てが書かれた古文書だ。国が建立されてから、我々の先祖が後世を生きる子孫に自分達が生きた証を伝えるために書き記した、膨大な量にわたる書物だ」


 沈黙が続く。


「この古文書は、我々の知らない特殊な古代魔法でコーティングされていてな。改竄ができないし、朽ちることもない。そこには、やはりディースとファラにまつわる話がでてきている。

 神の力を譲り受けたディースが、自らの命を削り、火の神ファラを封印してこの地に国を興した。

 その後、一万年に渡ってこの国の盛衰が書かれている」


 バルムスが続ける。


「一般市民には極秘とされているこの文章も、魔法庁で役人として働くような人間達の目には必ず触れる。

そこで彼らは、ディースという都に繋げられた、ある一つの運命を知る」


 先頭をゆくバルムスの背中が、心なしか揺れるように見えた。


「それが、『魔海』だ」


 『魔海』。

 この世界が混沌に満たされていた時代、世界を取り巻いていた破滅の渦。

 ファラという神から流れ出た血がその元となったと、歴史の教科書には書かれてあったが……。


「ファラを封印したディースは、世界に広がった『魔海』を浄化し、今の世界ができたと伝えられている。だがこの話には続きがある。ファラに掛けられた封印は、不完全だったのだ」


 その下りは、歴史学を学んだデュオでさえ聞いた事がなかった。


 と、気がつくと四人の目の前には、古い、大きな扉があった。


 家一軒の大きさもあろうかというほどのその扉は、各所に大きな宝石がちりばめられている。


 その光景に、コートが思わず「すげえ……」声を漏らした。


 と、バルムスが魔法の詠唱を始めた。


 耳慣れない詠唱のリズムに合わせて、扉の宝石が光りだす。


 やがて最後に目も開けられないほどの強い光を発するのが収まると、バルムスがデュオのほうを向かって、静かに言った。


「デュオ君。この先に、全てのはじまりがある」


 デュオが、視線を上げる。


「教えよう。全てを」


 そして、扉が、開いた。

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