第39話 襲撃 1

 この一戦でスリースターズの準決勝進出が決まった。


 準決勝と決勝は明日行なわれるから、今日の戦いはここまでである。


 だが、デュオの頭を駆け巡っていたのはもっと重苦しいことであった。

 先ほど、生まれて初めて発動させた魔法のことである。


 あまりにも強大な魔力があんな形で具現したことが、何よりデュオにとっては衝撃的だった。


 そしてそれを見つめる観客の目。あれは、デュオが魔法を使えなかった時に向けられたセイラムズ・ガーデンの生徒達の目と、寸分違わない。


 声をかけられ、ややぼんやりとした表情でデュオが整列のために立ち上がる。


「デュオ。その、お前の考えてることはよくわかるけどさ、念願の魔法じゃないか。あんまり気にすんなよ」


 コートがデュオをなだめる。


 デュオはそれに曖昧な表情で答える。


 試合会場を眺めていたマリーが、こちらを振り向いて言った。


「今日はこれでおしまいね。みんな、明日はいよいよ準決勝、チーム『アイーダ』との戦いよ」


 『アイーダ』とは、前回の大会での優勝者、準優勝者が在籍するチームであり、マリーの宿敵がいるチームでもある。


 つまり、本命馬というやつだ。このチームに勝てなくては、スリースターズに優勝はない。


「ああ、ようやく俺達もここまで来たんだな」


 感慨に胸を躍らせるコートに、何故かうしろめたい気持ちを抱くデュオ。

 自分だけが、まだ素直に喜べない。


「デュオ……」


 マリーがふさぎこむデュオに対して、心配そうに声をかける。


 いつまでも、うじうじとしているわけにはいかないのだった。


 ふっきるようにしてデュオは頷くと、言う。


「僕の魔法は敵にとってはかなり脅威になるはずだ。優勝するのも夢じゃない気がするよ。頑張ろう」


 だが、マリーもコートも、まだなんとも言えない表情を浮かべている。

 見え透いたカラ元気など、この二人には通用しなかった。


 今ではもうかけがえのない、仲間には。


「……まあ、さ。いずれはっきりさせようと思う。僕の体質のことは。でもやっぱり今は、チームのことを考えなきゃな、と思ったんだ。だから、気にしないでよ」


「……わかった。デュオ、いいのね?」


 マリーがつぶやく。いいのね? というのは疑問ではなく、確認のための問いかけだ。

 デュオ抜きにしては、もはやスリースターズはありえない。


 肯定の意志を、マリーもコートも欲しているのだ。


 そしてデュオはそれに応じた。


「わかった。じゃあ、そろそろここを出ましょう。今夜も丘の上で最終メンテナンスを行なうから、忘れないようにね」


「ういーす」


 のん気なコートの声。

 そして、神殿を出て、今はもう夕焼けに染まった大きな広場に出た時だった。


「デュオ君、だね?」


 いきなり後ろから呼び止められて、デュオは振り返った。


 落ち着いた感じの、だがどことなく威厳を漂わせる声だった。


「はい、そうですけど……」


 視線の先には、ローブを見にまとった老人がたたずんでいた。


 ローブといっても、魔術師が着るようなものではなく、簡素なつくりのものだ。フードに隠されていて、その表情はうかがい知ることができない。


 やがて、ローブの老人が口を開く。


「黄龍騎士団の者だ。少しばかり尋ねたいことがある。同行を願いたい」


 黄龍騎士団? と三人が一様に疑問符を浮かべた。何故、黄龍騎士団がデュオに任意同行を願うのだろうか。


「悪いが、時間がない。今は君の側を離れるわけにもいかない。多少無理をしてでも付いてきてもらう」


「ちょっ、それどういう……」


 言うが早いか、デュオは老人の腕に担がれてしまった。


 と、全速力で広場を疾走したかと思いきや、突然信じられない高さを跳躍する。


 飛び立った先は・・・・・・二階建てはあろうかというような屋根の上だった。


「マリー、目印をつけておくから」


「わかった」


 極めて簡潔な言葉を残して、コートが動いた。屋根の上に消え去った襲撃者の軌跡を追うように上を向きながら、えもいわれぬスピードで広場を駆け抜ける。


 マリーも後を追うが、コートのスピードは常人の域を逸している。とても追いつけそうにない。だが、曲がり角ごとに地面を蹴りつける跡が残っていた。それを頼りに、後を追ってゆく。


 一瞬無重力感を味わったデュオは、視線の先がどこもかしこも青空なのに気がついて二重に驚いた。


 屋根の上を息も切らさず疾走する老人の顔を、改めてじっと見る。


 走りながら、平然と老人は口を動かした。


「驚いたかね。ブーツに『偽翔の双対』をかけて風に乗りやすくしたという、割とセイラムズでは知られた術なのだが。慣れると便利なものだよ」


 家から家へ、老人は軽い運動のように次々と跳躍して行く。


「僕の魔法を見たでしょう。今すぐおろしてください」


「残念だがここで下ろすことはできない。そして、これまた残念かもしれないが……君の魔法もここでは発動しない。試しに、詠唱をしてみたまえ」


 デュオは一瞬だけ眉をひそめる。ここでは発動しない、とはどういうことだろうか。


 だが、たとえ発動しないことを保障されたとしても、詠唱をするのはためらわれた。


 その心境を呼んでか、今だに走り続けている老人が薄く笑って言った。


「私の名はバルムス・バルトーア。君に、全てを教えるためにここに来た」


 はっとしてデュオが顔を上げる。


 全てを教える?


 何故この人が全てを知っているのだろう。


 僕が魔法を使えなかったことも。


 試合場で放った魔法のことも。


 何故かそれが、神殿でしか発動しないことも。


 父と、母の顔が、もうほとんど思い出せないことにも。


 ラスタバンが時折、思い出したように浮かべる、哀愁の漂った微笑みも。


 全て……教えてくれる?


「だがその前に、今少し、片付けなくてはならないことがあるな」


 言うと、老人は屋根を飛び降りた。


 音もなく飛び降りた先は、人通りの少ない広間だった。

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