第38話 鍵
ありえない話だった。
今のは夢だったのだろうか。
マリーの声が身近にやってくる。
デュオ、あんなこと言って本当は魔法使えるじゃない!
冗談じゃない。あんなことが起こったのは生まれて初めてだ。
一体、僕の体に何が起きているんだ。
あれが、魔法?
僕の目の前に映ったあれは、破滅そのものだった。
カレンに向かって弾け飛んでいく寸前、にやり、と笑ったような気がした。
もしも、結界が張られなかったら。
寸分もあやまたずに、そのまま直進していたとしたら。
カレンは、きっとカレンは・・・・・・。
こんなものを、こんなものを僕は長年夢見ていたのか?
どうしたのデュオ? と、マリーが首をかしげる。そこで、デュオは我に帰った。
「マリー・・・・・・」
「すごかったじゃない。あんな魔法、今まで見たことなかった。やっぱりデュオには魔法の素質、あったのよ」
いつのまにか、マリーの傍にはコートが立っていた。
「よう、途中からだったけど、見させてもらったぜ。見ろよ、会場中がお前のこと見てる」
コートに促されて観客達を見やると、全員がデュオを、好奇と畏怖の入り混じった目で見つめていた。
その目に恐怖を感じて、デュオは、頭を抱えて立ちすくんでしまった。
「や、やめて・・・・・・」
そんな目で僕を見ないで。
しゃがみこんで、嗚咽をもらすデュオを見て、マリーとコートがあわてて声をかける。
「どっ・・・・・・おいっ、デュオ!? どうしたんだよ!」
耳元でコートの声がしたのだが、デュオの耳にはそれがとても遠く感じられた。
☆ ☆ ☆
どういうことだ。
審判室に控えていたラスタバン・ネーブルファインは、朝から得体の知れない不安感に悩まされていた。
デュオが座っているはずの席に、見知らぬ女の子が座っているのに気がついた時が、全ての発端だった。
大部分の客席を見下ろせる審判室から、しらみつぶしにデュオの姿を探したが、一向に見付かる気配がない。
これは、一体どういうことなのだろうか。
ラスタバンは、確かに、デュオを自分の目が行き届くようなところに座らせるようチケットを取ったつもりだった。
本戦が開始しても、強力な結界場を維持しなければならない魔術師団を率いているため、長らく神殿内で寝泊りしているラスタバンは、デュオの様子が把握できない。
何かあったら家政婦のヘレンが知らせをしてくれるので、今のところ異常はないはずなのだが、どうしても腹の中でわだかまりのように不安が溜まっていた。
そうこう考えあぐねていたら、試合会場が一瞬、目をつぶらなければならないほど光り輝いたのである。
何かの強力な呪文だろうと思い、審判室から視線を落として問題となっている会場を捉えた途端、ラスタバンは驚愕のあまり声を上げてしまった。
なんと、デュオが試合場に立っているではないか。
審判員が、デュオのほうに手を挙げている。
何ということだ。
デュオが魔法を使っている。
いや、そんなことよりも。
デュオが試合会場に入ってしまった。
事情は後で聞くとして、すぐに、デュオに対して大会の退場を命じなくては。
そして、席を立ち部屋を出ようとした正にその時、ラスタバンの動きが止まった。
いや、部屋の出口にたたずんでいた男に、目が釘付けになった。
「『魔海』は、神殿の真下に位置する」
続ける。
「おそらく今の魔法、『魔海』の影響を受けたあの子が一時的に我々の封印を破り、発動させたものだ」
唇を噛むラスタバン。
「通常の人間は、『魔海』の影響はほとんどと言ってよいくらい受けない。だが、あの少年は別だった」
男が、静かに、だが確信を込めて言った。
「症例121・・・・・・やはり、あれが、『鍵』か」
「バルムス! 貴様ぁっ!」
白髪の騎士は、ラスタバンの怒鳴り声を気にも留めず、前に歩み出た。
そして、魔術師の目を見据え、
「・・・・・・ダナン・オーウェンが動きだしている。あの子を殺すつもりだ」
「貴様にも、ダナンにも、デュオには指一本たりとも触れさせん!!」
「血迷ったかっ!! 国王の御勅ぞっ!!」
その言葉に、ラスタバンは目に怒りの色を浮かべながらも、しかし、言葉を失くす。
それを見て、なだめるように、バルムスが口を開く。
「・・・・・・この4年間、必死であの子を見守り続けてきたお前の気持ちは痛いくらいによくわかる。だが、すでに問題は我々の予想をはるかに超えてしまっているのだ。お前ひとりの勝手で、国を滅ぼすか!」
ラスタバンは、目の前の騎士を、もはや見ることさえしない。
「・・・・・・今夜、決行する」
部屋を出るためにきびすを返すと、最後に、バルムスが何事かをつぶやいた。
その言葉を聞いたラスタバンが、嗚咽を漏らしながら、床に伏す。
何故、こんなことになってしまったのか。
もう、どうしようもないのか。
・・・・・・アルフィム。
私は・・・・・・。
バルムスの言葉が、うねるようにしてラスタバンの頭の中を駆け巡る。
悲惨な、それでも紛れもない、自分達が生み出した現実。
老人は、ただ、救いを求めるようにしてさめざめと泣いていた。
『我々が自らの手で作り上げた現実に、決着をつける時が来たのだ』
そして、運命の歯車が、動き出す。
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