第37話 VS バイオレット・ラージュ 2

マリーの剣さばきが、ファルスを後退させる。


 回避することに集中しなくてはならないので、ファルスは口を動かせても詠唱への集中ができない。


 動きから見て、最低限度の防御の術は見につけていたらしいファルスだが、それでもマリーの剣技の前では無力だった。


 やがて、マリーの木刀がファルスの胴をなぎ払う鈍い音がした。


(ファルスも可哀想に)


 何ともいえない表情を浮かべて倒れるファルスに、デュオは同情した。





 戻ってきたマリーに、お疲れ様と一言いうと、デュオは木刀を手にした。


 試合場に入り、カレンと向き合う。


「構えて」


 もうすっかりなじんだ、審判員の声。


 デュオは構えると、深呼吸をした。カレンも例の大振りの大剣を握り、横顔に引き寄せて静止する。


「はじめ!」


 デュオが狙うのは、カレンが大剣を振り下ろした瞬間だった。一撃必殺の大剣を振り下ろした後は、必ず大幅な隙が生じる。


 そして、肝心なのが、カレンの射程に入らないこと。いくらカレンの攻撃をおびき出しても、攻撃が当たってしまっては無意味である。


 できるだけ、避けやすい距離、つまり遠距離からの攻撃を誘わなければならない。

 じりじりと寄ってくるカレンを見据えながら、デュオが笑みを浮かべた。

 デュオの腹の中では、すでに戦法が決まっていた。


 カレンは、デュオがセイラムズ・ガーデンの生徒であることを知っている。

 そこを利用して、カレンをおびき寄せる策がある。


 まだデュオとカレンの距離には、切り込むには大きな幅がある。


 デュオにとってはまだ、待たねばならない間合い。カレンが攻撃を仕掛けるには、大きな飛込みを必要とする間合い。


 今だ、とデュオは思った。


「揺らめく火


 崩落の起にして 再生の祖たる 汝に請う」


 小さく、つぶやく。もちろん、集中などまったくしていない。口まねというやつだ。


「猛き力を手に添えし 汝の赤を 我に貸せ」


 魔法審判員が身構える。結界の用意をしているのだ。


 ここで、カレンが状況を理解し、目を見開いた。


 詠唱の真似事も、カレンをおびき寄せるには十分だったようだ。


 デュオは、回避の準備をしながら、少し早口になって続ける。


「そは滅びの使徒となりて 全ての穢れに火を灯す」


 次の瞬間、カレンが弾かれた様にして、しかし大分無理な間合いから切り込む。


 詠唱をやめたデュオは、内心でほくそ笑むと大きな一撃を難なくかわす。


 カレンが策にはまったのだ。


 だが。


 空を切る鈍い音がして、カレンの隙をつこうとした瞬間、カレンの巨大な木刀が視界の下方から吹き上げてきた。


 振り下ろす予定だった手を止めて、間一髪で後退すると、カレンの大剣がまるで小剣のように小刻みにデュオを狙っていることに気がついた。


 そんな馬鹿な。


 あんなに巨大な木刀を、振り下ろした後でさらに素早く振り上げるなんて。


 そこで、カレンが「魔法使いに詠唱をさせない」と豪語できた理由がやっとわかった。


 一撃勝負の大剣と、攻撃の隙を与えない軽業の剣技。カレンはこの二つを完全に自分のものにしているのだ。


 考えろ。カレンの手をなんとか止めなければ、こっちが負けてしまう。

 詠唱に驚いたカレンは、焦って自分を攻めてきている。


 詠唱?


 そうだ。詠唱だ。


 最後の大振りをかわして、デュオは構えをとき一気に後ろへ下がった。


 手をカレンの方向にかざし、間髪いれずに口を動かす。


 集中が伴わない詠唱というのは、魔法の使用になんら意味をもたない。

 つまり、一連の詠唱では、たとえ結句を言ったとしても魔法は発動しない。


 くわえて、今から発動させる魔法は、『火』に働きかける魔法だ。


 しかし、この会場に火などどこにもない。天井や窓から差し込む光だけである。

 光の熱に働きかけて火球を生み出すことも、理論上はできるだろうが、それは火の粉から火球を生み出すことよりも土台無理な話であった。


 それが、魔法の発動を意識したものであったなら。


 今は違う。


 デュオは、カレンの動きを牽制するためだけに、口を動かしていただけだ。

 だが、魔法について全く無知なカレンに、そんなことは思いも依らないだろう。

 だから、デュオが結句を言えば、必ずカレンに同様が走る。


 一瞬、ファルスのことが頭に浮かんだが、迷っている暇などなかった。


「浄化の矢――フレアボルト」


 カレンがびくっと体をひるませるのを見て、予想通りの結果と、この後何も起こらないという滑稽な結末を予想していたデュオは、内心で笑った。


 だが。


 何の前触れもなく、目の前で、一瞬にして、巨大な火球が生まれた。


 デュオがかざした手の先、何もなかった空間から、瞬時にして。


 目の前のカレンを丸ごと飲み込んでなお余りある大きさをしたそれは、呆気に取られたデュオの顔と会場中の観客達の姿をもったいぶるように照らすと、一瞬と待たずにカレンに向かって吹き飛んでいった。


「止流の壁――サンクチュアリ」


 魔法審判員達の掛け声がして、目をつぶるカレンの前で一瞬、空間が歪んだ。


 火球はその歪みと激しくぶつかり、会場中に轟音を轟かせると、バチバチと電光を発しながら震動を始める。


 やがて、かざした手を下げることも忘れて立ち尽くしているデュオの前で、我慢ができなくなったとでも言わんばかりに火球が破裂、拡散し、目を見開いたままへたりこんでいるカレンの姿が露わになった。


 会場中が、試合場を無言で見守っていた。


 魔法審判員達が、手を挙げる。


 審判員が息を呑みながらも、大声を張り上げた。


「しょ、勝者、デュオ・ネーブルファイン!」 

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