第36話 VS バイオレット・ラージュ 1
「大分マシな面構えになってきたわね」
昨日と同じように会場にたどり着いて、周りを取り囲む観衆にひとまず圧倒されたデュオは、背後から掛けられた馴染みのある声に少しほっとした。
カレン。
「あなた達の実力は、よくわかったわ。・・・・・・手加減はしないからね。それと、マリー」
呼びかけられて、どこか穏やかな余裕を顔に浮かべたマリーが、カレンの指すほうを見る。
「ルシア・・・・・・」
『ディースの剣』の三人が、そこに立っていた。
咄嗟に、マリーがルシアの前に立つ。
「昨日は、本当に、ごめんね」
「いいのよ。もう、気にしないで。それよりも、マリー。私たちの分も、頑張ってね?」
「ん! 任せて」
胸を張るマリー。その様子を見て、ルシアが笑った。
「カレン、いい勝負しましょうね」
マリーの言葉に、笑って頷くカレン。
「負けないわよ」
と、一言。
「デュオ」
これは、ファルスの声だ。
「敵同士だけど、頑張ろうな」
そういって目の前の金髪の少年は、屈託のない笑顔を見せた。
その表情にデュオも、安心して答える。
「うん!」
「両チーム、整列!」
審判員の声がかかり、それぞれのチームが整列した。
コートの目の前には、これまで姿を見せなかった中年の魔術師がいる。
マリーと戦うのは、どうやらファルスのようだ。
そして、デュオの目はカレンを捉えていた。
お互いに礼を済ませると、コートが手足をぽきぽき鳴らしながら試合場に入る。
本戦では観客が動員されているから、周囲は予選のときとは比較にならないほどの歓声に満ち溢れていて、それがまた一味違った雰囲気をかもし出している。
「構えて」
コートが身構える。相手の魔術師も、わずかに体勢を反らす半身の構えを取っている。
「はじめ!」
思ったとおり、まずはコートが動いた。相手は魔術師。まず何より、詠唱させないことが勝利への近道だ。
魔術師のほうも、最初の一撃を難なくかわす。かわしながら、詠唱を始めた。
詠唱の終了までに、片をつける。
その自信は、コートには十分あった。あの長い詠唱時間中に、一度でも攻撃を当てればよいのだ。簡単な話だった。
魔術師が、一瞬だけぶつぶつと何事かを呟いたように見えた。
次の瞬間、コートは我が耳を疑った。
詠唱がそこで止まったのである。
そして、魔術師の足元にあるいくつかのレンガが、ぼこぼこと音を立てて浮かんだ。
コートは直ちに魔術師への攻撃をやめ、俊足のスピードで距離をとった。
詠唱が完了している。
「地竜の咆哮――ダンシングバレット」
魔術師が結句を唱えた次の瞬間、浮いていたレンガ達がコート目掛けて、規則正しい間隔で順々に吹き飛んだ。
だが距離をとっていたコートは、すんでのところでかわしていく。
一つかわし、二つかわし、三つかわしたところでまた魔術師の前にレンガが整列し始める。
デュオがつぶやいた。
「速唱だ・・・・・・」
本来唱えるべき呪文内容を圧縮して、必要最低限の要素だけを呪文として詠唱する技法。
絶大な集中力と洗練された詠唱式が必要とされるため、高位の魔術師ですらなかなか手がだせないという。
だが、コートと戦っている魔術師が行なっているのは、紛れもない、速唱だった。
「そんな・・・・・・じゃあ、コートは一方的にやられるだけだっていうの?」
「ううん、そんなことはなくて、魔術っていうのは集中力を必要とするから、やっぱりいつまでも使い続けるわけにはいかない。コートがそこに気付いてくれれば」
だが、次々放たれるレンガを前に正に防戦一方のコートが、そんな余裕を果たして持ち合わせているのかどうか。
「くそっ!」
コートが毒づいた。右へ、左へ、よける。
よけるだけならば難はないのだが、避けることに手一杯で前進ができない。
そして最後の一つが飛んできた。それも、体を入れてかわす。
次の瞬間、魔術師のほうから新たなレンガが飛んでくる。だが今までのとは違い、今度は一つずつではなく、正に一斉に弾ける様にして飛んできた。
(どうすりゃいいってんだよ!)
唸りながら、一瞬の判断で上に跳躍する。レンガのいくつかが足に当たったが、審判員は手を挙げていない。
そして、新しいレンガが浮きだすその前に、コートはものすごい速度で魔術師の元へ走っていた。そして、勢いをつけて飛び蹴り……と見せかけてブレーキをかけ、魔術師の足もとを蹴り払う。
命中した。
体勢を崩した魔術師は、地べたを右に転がりコートの追撃を免れた。
その間に彼が行なった速唱が、果たしてコートの耳に入ったかどうか。
と、魔術師が汗か何かの雫をコートの足元に払った。
「ブースト」
魔術師の声に、一瞬にして雫はバケツ一杯ほどの水となり、コートの足元にかかった。
驚愕するコート。
その一瞬をついて、魔術師がさらに詠唱の結句を発する。
「硝化の刃――アイシクルスフィア」
驚愕したまま、しかし警戒する隙も見せず、コートはそのまま魔術師にとどめとばかりにかかと落としを食らわせようとした。
が、足が動かない。
見ると、足元が凍り付いていて、足が地面と離れない。
「くそっ!」
魔術師が起き上がり、コートを見据えたまま、詠唱を開始する。
コートも必死で足を動かしている。
「とどろく土
万物の始原にして その墓標たる汝に請う」
ぱきり、とコートの足元で音がする。
「猛き力を手にそえし 汝の浅黄を 我に貸せ」
ぱきり、ぱきり。もがくほどに、徐々にだが足元の氷が砕けてゆく。
「そは這い寄る愚者共を 墓標に帰する壁となる」
ばきんっ。呪縛の氷が砕けるその音を聞くが早いか、コートは即座に駆け出した。
戸惑っている暇などない。とにかく、勝負をつけなければ。何かが飛んでくるのなら、こちらも飛んでよける。そこから技につなげる。
だが、予想に反して、駆け寄るコートを阻害するものは何もなかった。
そして、もらったとばかりに飛び上がり、渾身の飛び蹴りを叩き込もうとしたその時。
にやりと笑う魔術師。
「止流の壁――サンクチュアリ」
その一言で、バキンと言う嫌な衝撃音とともに、コートの体が逆方向に弾け飛んだ。
「コートっ!!」
コートがそのまま地面に追突する。
魔法審判員達が一斉に手を挙げる。
5点、5点、5点。
倒れたコートは、気を失っているのか、微動だにしない。
審判員が声高に勝者の名前を叫んでいたが、耳に入らなかった。
マリーがその場を立って、試合場に入る。
デュオもそれに続く。
「コート! 目をあけて!」
コートの耳元でマリーが叫んだ。「う・・・・・・すまん」と一瞬だけ、コートが反応するのを見て、二人が安堵の表情を浮かべる。
「気にしないで。あなたが負けたら、私が勝つ。それだけの話よ」
マリーが言うと、コートがへへっといつもの笑いを浮かべた。
場内に担架が運ばれる。
「君達、あとは我々が処置をしておく。戻りなさい」
はい、と返事をすると、デュオが言った。
「マリー」
ん、とこちらを振り向くマリー。
「ファルスは速唱はできない。だから、今までどおりの戦法が通用する」
「わかった」
「頑張って!」
こくり、と頷きを一つ。マリーが試合場に向かっていった。
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