第35話 乙女心と鉄の剣 3
「ただいまー!」
マリーが声をかけると、すぐに家政婦のマアナが玄関へとやってきた。
気取ったそぶりなど微塵もない自然な美しさに、またもや男性陣は「ほう」とおっさん臭いため息をもらす。
「聞いてマアナ、予選を突破したのよ!」
「まあ、それは素晴らしい。では今日は、壮行パーティを行なわなくてはなりませんね」
まああがってよ二人とも、とマリーが促す。
「そうそう、お父様がお戻りになられていますわ」
聞いたマリーは、今まで見せたこともない笑顔を浮かべて「本当!?」素直に喜ぶと、奥の部屋に突撃してしまった。
見ていたマアナがクスリと頬に笑顔を浮かべると、その笑顔をすぐに引っ込めて、コートのほうを向いた。
「どうかなされましたか、コート様?」
声をかけられたコートは、さぞ驚いたのだろう、「あっいやっ」と言葉を濁す。
「・・・・・・何でもないス」
頭をかきながら、そうつぶやくコートに対して、しかし取り立てて追求もせず、マアナが微笑んだ。
「そうですか。では、お部屋にご案内しますわ」
三人が向かったのは、広い食堂だった。
長いテーブルの上には燭台がいくつも乗っかっていて、あたたかな光を放っている。
「もうすぐで料理のほうが出来上がりますから、それまで今しばらくお待ち下さい」
そういって部屋を出てゆくマアナと入れ替わりにマリーが食堂へとやってきた。
「待たせてごめんなさいね。お父さんと話していたの」
デュオとコートが向かい合って、マリーはデュオの隣に腰を下ろした。
三人の顔がロウソクにほの温かく照らされている。
「お父さんは黄龍騎士団の師団長なんだろう?」
コートが言う。
「そうよ。今回の任務が終わったから、しばらくは療養だって」
本当に嬉しそうにマリーが言った。
「とんだトラブルに見舞われたみたい。乗っていた馬が逃げちゃって、帰ってくる日が大分ずれ込んじゃったんですって」
「大変だな、騎士団も」
まあね、とマリーが誇らしげに言う。
「父さんも食事がまだだって言うから、もうすぐ来るわよ」
と、マアナが少しずつではあるが、料理を運んできた。
「お待たせしました。いつも以上に腕を振るって作った料理です。どうぞ楽しんでいってくださいね」
お盆に乗ってやってきた、薄黄色をしたスープを眺めて、デュオは唾を飲んだ。
その様子を見てマアナはクスっと小さく笑うと、「これはカボチャのスープです」と手短に説明をしてくれた。
口に入れると、なんとも甘く、心地よい風味が一杯に広がった。
「おいしいです」
コートがつぶやく。
「光栄です。では、次の料理の準備もありますので、これで・・・・・・」
と言い残して、マアナが出て行った。
「どう? 最高でしょう」
「ご飯は全部マアナさんが一人で作ってるの?」
「そうよ。何から何まで全部」
「マリー、お母さんは?」
コートがそういうと、マリーは驚いたように目を見開いた。
「あれ、言ってなかったっけ? お母さんは、私が生まれてすぐに死んじゃったの」
あっけらかんと言うマリー。
一瞬、食事をする音が消えうせた。
だが、マリーの笑い声によって再び会話の雰囲気がよみがえる。
「そんな静まり返らないでよ! 私が生まれた直後の話なんだから、もう忘れちゃったわ」
ははは、とごまかし笑いをとりあえずするデュオは、それであんなに父親のことを慕っているんだ、と勝手に納得した。
「お、やってるね」
三人のとは全く違った大人の声がして、三人は目を向けた。
そこには、細身だがしなやかな体つきの男が立っていた。
マリーの父親なのだろうが、かなり若く見える。
「お父さん、ちょうどよかった。ここに座って」
そう言って、マリーはコートの隣を指差しながら父親の方を向くと、父親が呆然とした表情で目を見開いていることに気がつく。
視線の先には、おいしそうにスープをすするデュオが居た。
「・・・・・・お父さん?」
娘の一声で「ああ、悪い悪い」とあわてて席に座る。
デュオは気がついた素振りもない。
マリーは心の隅に疑問を抱きつつも、しかしその疑問を振り払って、紹介を始める。
「紹介するわ。私のお父さん。デュラン・ソルブレイドっていうの」
娘に紹介されて、にこっと笑いかける表情は、どうみても剣を振るうには似つかわしくなかった。
「今、お父さんの隣にいるのが、コート。コート・ホイットニー。格闘技の名手よ」
コートが、どうもおじゃましてます、と挨拶を言う。
デュランは、格闘技か、今度お手合わせできるかな、と冗談を言う。
「この子が、デュオ。デュオ・ネーブルファイン。なんとセイラムズ・ガーデンの生徒さんよ」
聞いて、デュランが驚いたようなそぶりを見せる。
「ほう、それは素晴らしい。今はどこにお住まいなのかな」
デュオはその質問にどこか引っかかるところを感じながらも、誠実に答えた。
「レスティナ区にある一軒家です」
「ああ、なるほど」
「おじいさんがあの有名なラスタバン・ネーブルファインなのよ」
「ほう! これはまたすごい。では魔法はお手の物なのかな?」
「いや、実は魔法が使えないんです」
「魔法が使えない!? そうか。そうだな・・・・・・不思議なこともあるもんだね」
そうなんですよね~とデュオは相槌をうつ。
マリーが「パパ、そんなに根掘り葉掘り聞いたら失礼よ」と父親をいさめたので、デュオは助かった心地がした。
「お待たせしました。メインディッシュになります」
なんとも言えない香りが、マアナの手元から湧いている。
テーブルの上に乗せられたそれは、豪華な七面鳥だった。
「腕を上げたね。マアナ」
「いやですわ旦那様。・・・・・・困ってしまいます」
本気で顔を赤らめるマアナを見てなぜか得体の知れない敗北感をデュオは感じたが、そんなことはとりあえず置いといて取り分けられた七面鳥を味わう。
文句のつけようもない出来栄えだった。
「もし優勝してしまったら、本当にどうするんだ、マリー」
スパイスの効いた鶏肉を口に運びながらデュランが言う。
「あら、夢は変わってないわ。私は冒険者の資格をとってみせるつもり。優勝賞金で」
「ふむ……私の知り合いにも冒険者はたくさんいるが……女性はあまり見かけないな」
「あら、何よ、それって女性差別」
「いや、なんと言うかお前にはもう少し女らしくだね……」
「余計なお世話よ! 誰のせいでこんなになったっていうの!?」
その言葉に、苦笑するデュオとコート。
「それに、もう冒険仲間だって決まってるんだから! ね、デュオ、コート!」
「「はあっ!?」」
不思議そうな表情をするマリー。まるで世界を動かす法則を否定されたかのようだった。
「いや、でもなあやっぱりさあ」
「何よ男らしくないわね、ここまで来たんだから一緒に世界を旅して回りましょうよ」
「ぷっ、ふははははは!」
聞いていたデュランが、声を上げて大きく笑った。
しばらくして、マアナが、今度は食後のお茶を用意してやってきた。
入れられたお茶を飲みながら、食卓を囲って友達と話し合うのはデュオにとってすれば初めてのことで、親友と夜遅くにしゃべっていられるのにも新鮮味を感じていた。
やがてお開きということになって、三人はもの寂しさを感じつつも玄関へと向かった。
「またいらしてくださいね」
マアナがにこやかに笑みを浮かべる。
「そういうわけだから、明日また」
マリーが声をかける。
「うん、じゃあ、これで。今日は本当にありがとうございました」
そうデュオが言って、二人は玄関を出ようとした。その時、
「デュオ君」
デュランが呼びかけた。
はい? とデュオが振り向くと、デュランはためらうかのように言葉を濁し、ようやく言葉を口にした。
「その……今、君は……幸せかい?」
その場にいた全員がデュランを困惑の入り混じった目で見やる。
デュラン自身も、まずい、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、デュオにはそれがおかしかったらしく、笑いながら答える。
「幸せですよ。とても」
その言葉に、嘘はなかった。
それを聞いて、デュランは、納得したようにうなずいた。
「じゃあ、これで」
そういって、デュオとコートが玄関を出て行った。
二人が居なくなり、マアナが食堂に戻った後も、デュランはその場に立ち尽くしていた。
「お父さん? なんだか、さっきから変だよ?」
娘の問いかけに、ようやく反応を示した父親は、ふむ、と意味もわからず頷くと、玄関を後にした。
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