第34話 乙女心と鉄の剣 2
燃えるような赤が地平線の境を曖昧にして、目の覚めるような金が目の前の風景全てを一色に染める。丘からの眺望は時を選ばずいつも素晴らしい絵を提供してくれるが、中でも夕焼けの風景に勝るものはないと思う。
何故かこの眺めを見るときは、子供の頃先生に大目玉を食らってから今の今まで、心を沈めている時が多いのだけれど。
ルシアに負けたことは、それはそれで仕方がなかったのかもしれない。コートの言う通り、ルシアの努力は並大抵のものではなかったのかもしれない。
けれども、ルシアに負けてしまった自分が、目標としていた相手などと互角に戦えるのだろうかと考え出したとき、マリーはこらえ切れない気持ちで一杯になってしまった。
「あたしやっぱダメだ」
ため息をつき、伸ばしていた膝を曲げて両手で抱える。
仲間たちにはさんざん気を吐いて、強がって。負けなしの自分を持ち上げて。
一つ負けたらこのザマで。親友の努力一つも認められない。
膝に、顔をうずめる。
泣いているのが、誰かに見られたら嫌だから。
「……あたし……やっぱ……ダメだな」
「まあな」
びっくりして後ろを向くと、涼しい顔をしたコートが立っていた。
「こんな分かりやすい所にいるあたり、お前もまだまだ」
こんな時にまで皮肉を言うコートを睨みすえる気力も、もはやマリーには尽きていて。
はあっとため息をついて隣に腰を落とすコートに顔を向けることすら、しなかった。
「お前なあ……あのなあ……でも……まあ俺もさ、まだガキだった頃だけど、そういうコト、あったよ」
思いがけず、コートの声が急に穏やかになったのを聞いて、マリーは図らずも顔を上げてしまった。
頬をかいて、マリーを横目で見ているコートの顔が、夕陽に照らされて。
なんだか眩しい。
「格闘技で負けなしだったころな、やっぱり何ていうの? ライバルがいてさ。そいつに負けたとき。あれはヘコむよなあ、うん」
今まで泣いていた分、話が合わせづらくて、マリーは顔を下に向けていたまま黙るしかなかった。
それでもコートはあきらめずに話を続ける。
「でさあ、その時に俺は思ったわけよ、次は絶対に復讐してやる、足を洗って待っていろよ馬鹿野郎ってね」
普段だったらこういうな。
それは首を洗ってでしょ。足を洗ってどうすんのよ足を。
「でな、次の試合の時まで、それはそれは頑張ったんだぜ。普通の筋トレメニューも二倍に増やして、走りこみも毎日ディース神殿を普段の2倍は走った。まあ、努力したんだよ」
普段だったらこういうな。
私も三年前から努力してたのよ。それでも負けたの。あんたの負けとは重みが違うのよ。
「それでな、次の試合の日、とうとう俺は奴を倒したんだ。やったぜって思ったよ。決め手はやっぱり最後の黄金の左かかと落とし」
なんで途中からあんたの武勇伝に変わってんのよ。
「まあ、かかと落としっていってもいろいろあってだな、先に軸足を出すとリーチが長くなるんだけど、相手が至近距離にいた時、これは軸足動かさずに」
あんた一体何しに来たのよ。
「できるだけ素早く、体のひねりだけでこう、きゅっと……きゅっと……きゅ……
あー! もう!」
嫌気が差したように上を仰いで、髪をくしゃくしゃ掻きながらコートが叫んだ。
「……何言っていいかわかんねえや」
「ぷっ……」
堪え切れなくなって、とうとうマリーは大声で笑いだした。
一瞬だけきょとんとしていたコートも、マリーにつられて、笑った。
あんたね、話術ってもののセンスがかけらもないのよ。
何かあったときに女の子一つ励ますことができなくてどうすんの。
だいたい、足を洗うってどういうことよ。
しかもどこをどうやったらかかと落としにまで話が反れんのよ。
格闘ばっかやってた人の哀れな末路ね。全くもう。
・・・・・・でも。
「……ありがとう」
その言葉に、コートが笑ったまま固まった。
そして、いやーとかあのーとか言いながら顔を赤くして、最後にはうつむいて黙ってしまった。
そんなコートを見て、照れで顔を赤く染めながらも、マリーは少し笑って口を開いた。
「……ルシアに……悪いことしちゃった」
ややあって、コートが答える。
「……明日、ルシアが応援に来るっていってたぜ。だから、その時に、しっかり謝っておかなきゃな」
うん、とマリーが頷いた。
多少ひりひりするけれども、もう目に涙は残っていない。
マリーは改めて目の前に映る夕陽を眺めた。
「この夕陽には、毎回毎回お世話になってるんだよね」
「綺麗だな」
素直につぶやく。
世界は茜色と影の色だった。
風に行く流れ雲が夕色と影色に染まり、遠く近い空をもつれ雲が柔らかく広がっている。
遠く、遠く、なだらかな平野の向こうにいくつかの山々が見えて、その頭に赤みの深い夕陽。
視線を少し落とせば影に染まる家々の群、その窓からは夕餉の煙が立ち並んでいる。
これほど静かな風景を、コートはかつて見たことがない。
と、うしろのほうから声がかかった。
「こんなところにいたんだ」
デュオの声だ。
「よお」
「ひどいよ。二手に分かれて探すっていったのはいいけど、せめてマリーを見つけたら知らせてよ」
そう言って憮然とするデュオに向かって、コートは悪い悪いと頭を掻いて謝った。
まあ座ってよ、と傍らをぽんぽんと叩いて、マリーがデュオを隣に呼んだ。
デュオが腰をつき、「こんな景色見たの初めて」と感嘆の声を漏らす。
「デュオも、今日は本当に、ごめんね」
呟くようにマリーが言った。
「……ねえ、マリー」
デュオが夕陽を見ながら口を開く。
「僕さ、スリースターズができた初めの頃は、自分が魔法ひとつも使えない、どうしても役に立たない奴だって、思ってたんだ」
黙る二人をそのままに、デュオが続ける。
「でも、洞窟に入って咄嗟の機転がコートとマリーを助けることになったり、魔法の代わりに剣技を覚えて、何とか大会で勝ったりしてさ」
言って、どこかすっきりした顔をする。
「僕さ、魔法が使えなくっても、何だか結構やれるんじゃないかって、思ったんだ。……二人に会ってなかったら、やっぱりこうはいかなかった気がする」
「デュオ」
「コートが力を出す。僕が知恵を出す。マリーがそれをまとめる」
穏やかな風が、三人の頬を撫でていった。
「コートが負けたら、マリーが埋め合わせる。マリーが負けたら、僕が埋め合わせる。僕が負けたら、コートが埋め合わせる。
三人がお互いを支えあう。
三人がお互いを、補い合う。
それで、スリースターズなんだ。僕は今日、やっとそれがわかったよ。だから」
息を一つつき、マリーを見据えて、デュオが、言う。
「負けたことを悲しまないで。僕が、コートが、絶対その分を埋める」
言って、笑顔を頬に浮かべる。
泣きたくなるくらい、優しい言葉だった。
「……うん」
気がついたら、やっぱり、マリーは泣いていた。
「お前さっきから泣きっぱなしだな」
けらけらとコートが笑う。その嫌味気ない笑顔につられて、マリーは泣きながらも破顔した。
「あ、そうだ。うちに来ない? 本戦行きが決定したら、マアナが喜ぶと思うんだ。おいしい料理を出してくれるはずよ」
思いがけないマリーの提案に、デュオとコートがはしゃぐ。
「きゃっほう! マアナさんが見られるっ! 見られるっ!」
「いや、感動するのはそこじゃねえだろ」
「じゃあさ、いったん家に帰って、日が暮れたら私の家に集合してよ」
オッケー、と二人が声を合わせて言った。
立ち上がろうとする三人の頭上には、夕暮れの赤に混じって、光り輝く星が出始めた。
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