第33話 乙女心と鉄の剣 1
デュオが戻ると、コートは先ほどの結果にかなりの疑問を残していたようだが、とにかく「やったな」と声をかけてくれた。
だが、マリーはデュオに少し笑いかけただけだった。
デュオはそんなマリーを、まあしょうがないよとなだめていたが、コートはそういうマリーの態度に、いい加減いらいらしているようだった。
「両チーム整列してください」
審判員に呼ばれて、コートがうつむくマリーを立つようにせかす。
デュオが前を見やると、レンも、ルシアも、ハッシュも、悔しさのあまり泣いていた。
マリーもマリーでそんな姿に目もくれず、ただただルシアとの戦いでの敗北について、未だにこだわっている様子であった。
「お互いに、礼」
試合終了の礼が終わると、審判員がコートを呼んだ。
マリーはほっといて、デュオもコートに同行する。
「『スリースターズ』だね? 次の試合、予選最後の試合だけど、相手チームのメンバーが試合終了後に不慮の出来事にあって人数が揃わなくなったという報告が来た。だから、君たちは見事、予選通過だ」
「あ、そうっすか。ありがとうございます」
コートとデュオが試合場の外を見ると、憮然とした表情をしてうつむいているマリーがいた。
「ルシアに負けたときから、ずっとあの調子だよ」
いらだたしそうに髪の毛をかきむしりながら、コートが言った。
「マリー……」
普段とは180度、マリーの雰囲気は一変してしまった。
少しくらい失敗したところで、それほど気にはしないだろうと思っていたので、今のマリーの態度は二人にとっては少々意外だった。
「おい、お姫様、いつまでもなよなよしてんじゃねえぞ。それより喜べよ。次の相手は不戦勝だから、俺たち本戦にいけるぜ」
コートがそう語りかける。だがマリーはふーんそっか、とかよかったよかった、などと力なく笑い、しばらくするとまたうつむいてしまった。
その様子を見て、コートはため息をつき、とうとう口を開いた。
「ルシアだってがんばって練習してきたんだろう。その練習量がお前よりも多かっただけの話じゃねえか、何そんなにヘコんでんだよ」
マリーが反論する。
「そんなことわかってるわよ! わかってるけど……なんで、なんで……」
「だからなあ……その態度がルシアに失礼なんだよ! いい加減次は本戦が迫っていることを考えろ!」
「だって……だって、ふ……ふえっ」
下を向いて泣き出してしまったマリーを見て、「お……おい」コートが慌てた。
デュオもデュオでそのやり取りを見ながら「でもさあしかたないよマリー」同じセリフしか吐いていない自分を疎く思う。
「デュオ君」
不意に名前を呼ばれたデュオが、一応返事をしながら後ろを振り返ると、そこにはもう笑顔に戻ったハッシュ・ゴードンがいた。
後ろからレンと、ルシアがついてきている。
「あ、ハッシュ……さん」
何て呼んだらよいかわからず、しどろもどろのデュオに、ハッシュが笑う。
「ハッシュでいいよ。さっきの試合、どうもありがとう……一本とられたよ」
コートが興味深そうな顔をする。
「どういうことだ?」
「デュオ君の木刀を巻き取った後。もらったと思ってそのまま木刀を弾き飛ばそうとしたんだ」
訝しそうな視線を向けて、コートが言う。
「でもそれは……ハッシュの狙った通り、デュオの木刀は吹き飛んだよ?」
だがハッシュは首を横に振ると、デュオを見やった。
「あそこまで木刀を飛ばそうとしたわけじゃないんだ。……木刀を飛ばしたのはむしろ、デュオ君のほうだ」
コートがそうなのか、でもなんでと言わんばかりの表情を浮かべる。
デュオが答えた。
「もうあの時点で木刀は飛ばされると思ったんだ。でも、ハッシュの木刀もからまっているのに気がついて……」
コートがポン、と手を叩いた。
「自分から上に放り投げたのか! あ、それでハッシュの木刀も大きく上にそれたんだ」
デュオはうなずいた。
剣が放り出されると確信した瞬間、もうデュオは剣を見捨てていたのだ。そして、少しでも大きな隙を作るべく、自ら剣を上に放り投げた。
そうして大きな隙ができたハッシュのみぞおちに、肘打ちを叩き込んだのである。
つまり、武器が床に落ちる前に、ハッシュをダウンさせたことになる。
コートはようやく、敗北が決定する寸前、ハッシュが一瞬だけ見せた驚愕の表情の意味がわかった。
同時に驚いた。
何という判断力だろう。デュオが前にも見せた、あの絶望的な状況をひっくり返すような一瞬の、大胆な判断だった。
なあ、マリー、と顔を向けようとしてコートは思いとどまった。マリーの泣きはらした目は、未だ晴れていない。
「さて、問題はこっちのお嬢さんだな」
ハッシュが苦笑してコートを見る。
さっきからずっとこの調子なんだ、とコートが言う。
「なあ、マリーさ、確かにお前はいつも負けなしだったよ。でもそんなお前にいつか勝ってやろう勝ってやろうって、俺らはがんばってきたんだ。だからさ、そういうやつらの努力くらい、お前も認めてやったらどうだ?」
レンが言う。
だが、マリーは黙ってうつむいたま答えない。
マリーが負けず嫌いなのは剣術道場では有名だったが、ここまで尾を引くとは剣術仲間達も思っていなかったらしい。
「それは……よくわかってる」
か細い声でマリーが言った。
「わかってるけど……」
「わかってるなら! わかってるなら、こんなところでうじうじしてないで、さっさと本戦に備えなさいよ!」
ルシアが突然叫んだ。
「何よ、今までずっと勝ち進んで、悩みもなさそうな顔して、私たちがうまく行かなかった時は明るい顔して励ましてたくせに! 私たちが今まで、どんな思いで稽古してきたと思ってんのよ! あんたなんて、あんたなんて……」
「ルシア……」
「負けた私たちの分まで頑張ろうだとか、なんで思わないわけ!? そんなマリーに勝ったって、私全然嬉しくない!」
そう言われて、うつむいたまま動かなかったマリーが突然、木刀を持って走り出した。
「マリー!」
デュオが叫ぶ。
追いかけたところを、コートに止められた。
「マリーには、よく考える時間が必要なのかもな……」
と、ハッシュがいう。
「なんであいつはいつもああなんだ!?」
レンが、毒づいた。
「まあ、とりあえず、さ。予選通過おめでとう」
「ありがとう。……つってもなあ……これからどうなることやら」
ハッシュの呼びかけに答えながらも、はあ、とコートがため息をついた。
それを見て、デュオもため息をついた。
外はもう夕暮れ。――黄金の時。
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