第30話 VS ディースの剣 1
「両チーム、整列!」
コートとマリー、そしてデュオが、試合会場の真ん中に歩み寄った。
向かい側には4試合目の相手、チーム『ディースの剣』の三人が控えていた。
『ディースの剣』は、マリーが通う剣術道場の仲間達のチームである。三人ともいずれ劣らぬ剣の使い手らしく、ある種の決意とも読み取れる光が、それぞれの目の中に静かにたたずんでいた。
コートと戦うのは長身の、がっしりとした体格の男だった。短く刈り込んだ赤毛に、野太い眉毛が印象的だ。
名を、レン・クリストフという。
マリーが相手をするのは、ボーイッシュな雰囲気のルシア・セレニティという女の子だ。
口元を不適に歪めて、マリーを見据えている。マリーのほうはといえば、これまた負けじと睨み返している。剣術道場の仲間とはいえ、容赦はしないというのが、どうやらマリーの信条のようだ。
そして、もしも大将戦にまでもつれこんだ場合、デュオと戦うことになるのが、目の前で柔らかな微笑を浮かべている青年、ハッシュ・ゴートンだ。その余裕の微笑が、デュオには返って脅威に感じられた。話によると、三人の中で最も強力な剣術を持つ、という。
『バイオレット・ラージュ』のカレンたちとは違い、彼等が試合の前にマリー達に挨拶をしに来るということはなかった。やはり試合では、敵は敵という確固たる信念を持っているようだ。
マリーが言うには、おそらく今回もコート、マリーの二人で試合は片付くということだった。
レン・クリストフは、その体の通りの素直で強力な攻撃を放ってくるが、悪く言ってしまえば芸がないという。素直すぎる感が否めないそうだ。身軽で、かつ豊富な技に長けたコートにとって、これは絶好の相手である。
続くルシア・セレ二ティは、盾を使った戦法を得意とするそうだ。今も片手に木製の盾を装備している。しかしマリーの話からすれば、もちろん強いことは強いのだが、やはり彼女の敵ではないらしい。
したがって、大将ハッシュがデュオと戦うことはないだろう。
これが、マリーの読みであった。
「では、両者、別れて」
主審が合図をすると、両チームがお互いの待機場所に戻って行った。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
先鋒のコートが、ウィンクを一つ。
素振りをしていたマリーが、それに応えた。
「頑張ってね」
マリーとデュオが、コートを見送る。
コートとレンが、試合会場で向き合った。
「構えて」
審判の合図とともに、コートが両手の拳を顔の位置まで上げ、体を右向きにそらした。前に出た左足は、心持ち浮かせている。これまでの試合どおりのスタイルだった。
対して、レンも木刀を構えた。
「はじめっ!」
開始の合図と同時に、コートが一瞬にして間合いを詰めた。
慣れた感じで体を捻り、そのまま胴体を狙い、蹴りを放つ。
流れるような、必殺の蹴りだった。
だが予想していたのか、レンは木刀を縦に構えて胴体をかばう。
コートの足はレンの木刀にその勢いを止められ、レンも木刀では吸収し切れなかった分の衝撃に顔をしかめた。
だが、致命傷にはほど遠い。
そして次の瞬間、レンが動いていた。
そのまま腰を落とし、コートの地に付いたほうの軸足を思い切り蹴った
。蹴りを放ってから間もない不安定な軸足はものの見事に相手の足を受け入れ、コートの体は宙に浮いた。
「……!」
どう、という大きな音とともに倒れたコートに向かって、レンがここぞとばかりに剣を振り下ろした。
速い!
だがコートの体を打ち据える前に、剣は動きを止めていた。
コートが足を突き出し、ブーツの裏側で剣の勢いを殺していたのだ。
すぐさま起き上がり、間合いを取るため後ろに後退する。
レンのほうも剣を構えなおし、呼吸を整えている。
汗が一滴、つうっとその横顔を滑っていった。
(強い)
コートは思った。
豪快な戦い方を好むとは聞いていたが、いまの一戦からは明らかに、そうとは読み取れなかった。
蹴りを冷静に防御し、蹴った直後の軸足を狙うなど、その攻め方にはどことなく慎重さが感じられる。
レンのほうも考えていることは同じだった。
今の一撃は、勝負を決すると思って放った一撃だ。それをブーツで受け止めるためには、一体どれほど洗練された動体視力と、経験が必要だろうか。
二人の動きが止まる。
さて、どこから攻めようか……。
コートはじりじりとレンとの間合いを詰めながら、心の中で舌なめずりをする。
今までのように、速攻が通用する相手ではないことは、わかった。
……少し、探ってみるか。
レンの木刀がコートを捕らえる間合いに入った瞬間、コートの体が弾かれたように前方へと飛んだ。
と、レンは待っていたように体を前方へ入れ、木刀をコートのみぞおちめがけて突き出した。
しかしやはり素直すぎる。直前の目の動きから、コートはこうなることを予測できた。
渾身の一撃を軽くかわす。
体を右にひねると、あいた左手で木刀を絡めとった。レンは驚愕の表情で、しかしつんのめった体勢を必死で立て直そうとする。
だがコートは絶好の機会を逃さなかった。
――甘いな。
そして、ここぞとばかりレンの胴を打とうとしたその時。
レンの左膝が、いつのまにかコートのみぞおちに食い込んでいた。
「かはっ!」
予想だにしない咄嗟の攻撃に、コートは木刀を放し、目を白黒させながらも後ろへ引いた。
審判員達を見る。
4点。4点。3点。
かろうじて合格点よりは下だ。
レンは、ちっと舌打ちをしながら、再び木刀を構えなおした。
コートはじわじわと体中を蠢いてくる鈍い痛みをこらえながらも、考えた。
あの不完全な体勢から、一体どうすればあんな攻撃が可能なのか。
いや、違う。
体勢を立て直すために、レンは己の体を後ろへ引くと同時に、絡めた木刀ごとコートを引き寄せたのだ。
レンは、ただ膝を立てて引き寄せられるコートを待っていればよい、というわけだ。
大胆かつ、的確な方法だった。
遠くで2人の攻防を見守っていたマリーは、強い焦燥感に駆られていた。
明らかに、レンは強くなっている。普段の稽古では見られないような、勝負強さが感じられる。猪突猛進な猪も、少しはましな猪になった、ということか。
コート、負けたら承知しないわよ。
そして、今度はレンが攻撃を仕掛けた。
大きく弧を描くように剣を走らせる。たやすくかわしたコートに、さらなる追い討ちがかけられる。
上、下、上、左。
剣をおろしたところからの突き。
突いたところからの横薙ぎ。
横へ薙いでおきながら、また上から振り下ろす。
正に、猛攻だった。先ほどの一撃を食らったコートは、避けながら後ろへ下がることしかできない。
そして、とうとうレンは場外間際までコートを追い詰めた。
コートの額に、冷や汗が浮かぶ。
レンが笑いを浮かべ、
「終わりだ!」
肩口を狙った袈裟斬りを放った。
だが、コートは、笑った。
「それを待ってたんだ」
レンの表情が、わずかに歪んだ。だがもう遅い。十分な力を込められた一撃は、止まることなくコートの肩口へと飛び込む。
コートが待っていたのは、ここだった。この男が、勝利を確信した瞬間。その剛直な性格が顔を現す瞬間。必ず、カウンターが通用するほどの、素直な攻撃を繰り出してくるはずだった。
狙い通りの大降りの太刀めがけて、コートは足をほぼ垂直に曲げ渾身の蹴りを放つ。
「おりゃあっ!」
その衝撃に耐えられず、ついにレンの手から木刀が放たれた。
驚愕の表情を浮かべながら、宙を舞う己の剣を見やることしかできない、レン。
コートが安堵の表情を浮かべ、額の汗をぬぐう。
やがて木刀が地面に落ちるのを確認すると、主審が叫んだ。
「選手レン・クリストフ、武器放棄により反則負け! 勝者、コート・ホイットニー!」
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