第29話 宣戦布告
「はー」
選手用の観客席に座り、デュオはひじをつきながらため息を吐いた。
目の前では、マリーが戦っていた。
相手の剣を受け止めて、流す。
その隙をついてマリーが一太刀浴びせようと剣を振りかざす。
相手はよけようとして剣先を動かすが、その判断は間違いだった。
至極単純なフェイントにだまされていたことに気づく間もなく、相手のわき腹にマリーの剣が食い込んだ。
三人の審判員が、三人とも片手を上げる。
「五点、五点、五点……よし、マリーの勝ちだ。またお前の出番はなかったな、デュオ」
傍に座って休憩しs*<ていたコートが、はつらつとした表情を浮かべて言った。
大会が始まってからもうすでに二試合を消化していたスリースターズであったが、デュオの出番は未だになかった。というのも、どの試合でもコートとマリーが必ず勝ってしまっていたからだ。
三対三のチーム戦だから、前の二人が勝ってしまうとその時点でチームの勝利が確定する、というのがルールだった。
一試合目のコートの相手は魔術師だったが、コートの前にあっさりと破れていった。魔術師が詠唱を開始した瞬間、コートはものすごいスピードで魔術師のほうへ駆け、蹴りの一撃で相手を昏倒させていたのだ。
魔法ってそんなに怖がるもんでもなさそうだな、というのが、初陣を勝利で飾った彼のコメントだ。同じ魔術師として(魔法は使えないけれども)デュオがちょっと不甲斐なさを覚えたのも事実だった。
続いてマリーの前に現れた無骨な戦士も、強靭なパワーでマリーを圧倒するかと思いきや、逆にその力を利用されて、自らの木刀を弾かれてしまった。
試合において獲物を手放すことは、すなわち負けと見なされる。この調子でコートもマリーも順当に勝ち進んでいたのであった。
「ふう、これで三試合が終わったわね」
帰ってきたマリーが、まるで今しがた軽い運動をしてきたかのような口調で、言った。
ちなみに先ほどの試合場では、もうすでに次のチームが戦う準備をしている。
「で? 次はどこと戦うのかしら」
「四試合目は……あ、『ディースの剣』だって。マリーの友達のチームだね」
聞いて、マリーはふーむ、と唸った。
「ま、とにかく次が第一の関門ってとこかしらね」
デュオも、内心で期待していた。次こそ、出番が来るかもしれない、と。
刹那、会場内に歓声が沸き起こった。
何なに? と三人が顔を見合わせると、声は別の試合場を中心として上がっていた。
デュオが目を向けた先には、自分の身長くらいの長さはあるくらいの長剣を持つ戦士と、数本の小さな曲刀を宙に浮かべた男が、対峙していた。
「剣が浮いてる」
感嘆の声を漏らしたのはデュオだった。
剣が浮いている……紛れもない、魔法だ。
一瞥して、風属性の呪文『偽翔の双対』をアレンジしたものだろうと推測する。
不規則に舞ういくつもの曲刀をその身に纏い、魔法剣士がじりじりと戦士に近づく。
戦士は長剣を持つ手を横顔にひきつけ、果敢にも立ち向かう構えを見せた。
お互いの距離が徐々に縮まり、戦士が持つ長剣のリーチが、魔法剣士を捕らえた瞬間。
戦士は素早く長剣を下ろした。
だが。
収束された気合と共に、ものすごい速度で振り下ろされたその剣閃は、しかし魔法剣士を捕らえはしなかった。
驚愕の眼差しを戦士が向ける。
頼りなさそうな二本の曲刀が、魔法剣士の顔の寸前で交差し、だが確実に長剣の進入を拒んでいたのである。
その瞬間、残りの二本の曲刀が同時に戦士の腹部を突いた。
ぐっ、とくぐもった声を出し、戦士がその場に倒れる。
周りにいた選手達がまたしても歓声を上げた。
ちなみに、予選の段階では、まだ観客は招待されない。いま、この場にいるのは、予選を勝ち抜くために集まった選手達だけである。
「すごい」
コートが驚きの声を上げた。魔法剣士は何事もなかったかのように背を向け、試合場から出ようとしている。
審判員達は、どれも手を上げ五本の指を見せていた。15点。満点である。
マリーがつぶやく。
「呪文の詠唱を許さなきゃ、ああまではなっていなかったはずよ。やられたほうの男、武器は大振りタイプの長剣だったようね。それが災いしたのよ」
「小回りが利かない?」
不意に、聞きなれぬ声が、後ろのほうで聞こえた。
三人が振り返ると、そこにはカレンがいた。
気にした素振りもなく、マリーが言う。
「そうよ」
一撃の威力が魅力の武器は、概して隙が大きい。このことが、対魔法使い戦では大きな足かせになる。
詠唱をやめさせようとして攻撃をしても、攻撃が当たらなければ、体勢を立て直さなければならない。それはつまり、相手に詠唱時間を与えることになる。
これが、世間一般の論理だった。
しかしカレンは髪の毛をかき上げ、うっすらと微笑を見せながら言った。
「あの程度の相手、少なくとも私なら詠唱をさせずに倒せるわ」
そういってカレンは脇に提げた大剣をなでた。
マリーもそれを認めた。要するに、『一撃をはずさなければ』、万事うまく収まる問題なのだ。……そのことが、相当な技術を要するとしても。
そして、カレンの実力は、マリーが大いに知るところでもある。
「冗談言わないでよ。呪文の詠唱くらい防げないで大剣なんぞ振るうなって、師匠の口癖じゃない。そんなことはできて当たり前よ」
「言うじゃない。次の対戦相手よね? ハッシュのチーム」
マリーが頷く。
カレンは面白そうに三人を見回した。
「ハッシュもそうだけど、レンやルシアも相当の練習をしてきたみたいよ。……師匠に一目置かれているからって、調子に乗らないことね」
マリーはそのセリフを特に神妙に受け止めるでもなく、
「平気よ。……そっちこそ、スリースターズなめてもらっちゃ困るわよ」
不敵に言った。
カレンはうっすらと笑ったが、その目の奥には、なんとも形容しがたい凄みが感じられた。
「あ、いたいた! おーいカレン!」
あら、とカレンが振り向いて、三人もそれに習う。視線の先にはローブに身を包んだ選手がいた。
金髪の少年だった。
その少年魔術師が近付くと、カレンはマリー達のほうを向き、鼻を鳴らして笑った。
「紹介するわ、こちらが、ファルス・ペンドレン」
紹介をしていたカレンの目が、デュオに留まった。デュオの目は丸く見開かれていて、正に驚きを隠せない様子だ。その視線の先は、今、紹介を受けたファルス・ペンドレンのほうへとむいている。
やがて、ファルスと呼ばれた金髪の少年が口を開いた。
「デュオ!! お前なんでここに」
「ファルスこそ! どうして……」
カレンは知り合い? といったように目を点にしてその状況を傍観していた。
「カレンは、俺のいとこなんだ。今回大会に出場することが決まって、カレンの知り合いで、魔法使いでもある俺を、呼んでくれたんだ」
デュオと同じ年齢の少年が武道会に出ることは、普通では考えられないことかもしれないが、その少年がセイラムズ・ガーデンの出身であれば、話は別である。
強力な魔法はすでに教わっており、ファルスも、そうした魔法を今までに数多く発動させてきた経験を持っている。
実践で引き抜かれても納得できるほどの実力を持っているといっても、差し支えはないだろう。
「お前こそデュオ、どうしてここに? 魔法は……使えるようになったのか?」
「いや、実はかくかくしかじかで」
デュオがこれまでの経緯を説明すると、ファルスは驚いたような、感心したような表情を向けた。
「へー! 剣を習ったのか。で、腕前はどうなんだ」
「うーん、まあ一応師匠も認めてくれたみたいだし……」
マリーを見やる。
「そうよ。デュオは私の次に強い」
カレンの目が一瞬光り、デュオの顔が青ざめた。
「ふーん、マリーの次、ね。まあ、楽しみにしているわ、少年剣士クン」
じゃそういうことで、とカレンとファルスの二人が立ち去った。
「デュオ、多分大将はカレンだと思うわ。……あなたが戦うことになる」
デュオは、黙って頷いた。真剣そのものの表情だ。
「コートと私は多分、魔術師を相手にすることになるわね。デュオ、あのファルスとかいう少年、大会に出るからにはやり手なんでしょう?」
「うん。ファルスはセイラムズ・ガーデンでもトップクラスの魔法経験を持っているよ。彼の『偽翔の双対』は、小さな岩くらいまでなら簡単に浮かせることができる」
コートが口をはさむ。
「でもまあ、詠唱させなけりゃ、こっちのもんなんだろう?」
「まあ、そうだね。もし闘う相手がコートなら、大丈夫だと思うけど」
「ちょっと、私だったら駄目ってこと?」
「いや、そういうことじゃなくて、ファルスは、魔法以外でも、なんていうのかな、ずるがしこいっていうか、戦略に長けているところがあるんだ。だから……油断はできない」
「そう」
『バイオレット・ラージュ』の、あともう一人の相手すらまだわかっていない。
マリーは深呼吸をして、静かに目を閉じた。
あたりは、選手達の怒号と歓声に満ちていた。
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