第31話 VSディースの剣 2

「悪い、ちょっと手こずっちまった」


 コートが苦笑しながらこちらへとやってきた。その顔には幾条もの汗が浮いており、苦戦した様子を物語っている。

 マリーが応える。


「気にしないで。……さすがにこの辺までくると、楽に行けるとは限らないし。それに……」


 言って、相手チームのほうを見やる。


 レンが敗北の悔しさのあまり涙を流しているのと、それを慰めている残りのメンバーの姿が映った。


「レンも、ルシアも、ハッシュも、やっぱりそれぞれ信念を持って、必死で戦ってる。私達もがんばらなきゃ」


 そうして、審判員の呼び声がかかった。


「じゃ、いってくるわよ。デュオの実力を疑うわけじゃないけど、ハッシュとの戦いにだけは持ち込ませたくない」



 デュオもそのあたりは納得しているのだろう。頷くのを見て、マリーは試合場に足を入れた。

 『ディースの剣』の中堅、ルシア・セレ二ティもすでに試合場の真ん中へ向けて歩き出していた。

 彼女が負けてしまったら、もうそれで『ディースの剣』は敗退してしまうのだ。緊張が顔に表れているのも当然である。


「構えて」


 審判員が声を出す。


 マリーは、目の前の相手を見据え、剣を構えた。


 深呼吸をして、高まる鼓動を抑える。ルシアの表情も真剣そのものだ。


 だが、倒さなければならない。ハッシュとデュオとを戦わせるのだけは、なんとしても避けたい。


 マリーやレンと違い、ルシアは盾を装備した上での剣術に長けていた。

 今回の試合でもそうだ。木製の盾を片手に装備している。片手で扱うため、剣の動きは多少制限されるはずなのだが、ルシアは不思議とそれを感じさせないところがあった。


 いかにしてあの盾をかいくぐり攻撃を加えるか。ここが重要な点になる。


「はじめ!」


 そして試合が始まった。


 開始と同時に、ルシアが盾を構え、じりじりと間合いを詰めてゆく。


 マリーのほうはといえば、ルシアの隙のない構えをとりあえず観察しているようだった。この状態でいきなり攻めにかかっては、攻撃は盾で防がれてしまうし、直後にルシアの剣が隙だらけのマリーを襲うだろう。


 だがしばらくして、二人の剣先が苦もなくお互いを捕らえる距離に入った瞬間。


 まず、マリーが動いた。


 大きく剣を振り上げ、袈裟斬りの姿勢をとる。

 ルシアはマリーが狙う肩口に盾を動かし、防御の姿勢をとる。

 だが一方で、もう片方の手で剣を動かす反撃の準備も忘れていない。


 と、マリーが肩に背負いそのまま振り下ろされるべき剣を逆方向に巻き返した。

 狙った肩口とは逆の肩を、剣が狙う。


 だがルシアは怯まなかった。今はもうあさっての方向を防御している盾を、再び使うことなく、代わりに後ろへ飛びのき、マリーの攻撃をかわした。


 だがそれにより体勢を崩すことになったルシアに、ここぞとばかりにマリーが仕掛けた。


 盾をはじめから捨てている分、攻撃の態勢が整った時の勢いはマリーのほうが上である。


「おりゃあっ!」


 真正面に踏み込んで、突きを放つ。


 かわされた後は、比較的盾でカバーしにくい足を狙っての、横薙ぎ。


 それも間一髪で避けられると、今度は後ろに飛びのいたルシアがその反動を利用して前に打ち掛った。


 驚きながらも、胴を狙って下方から吹き上げてくるルシアの剣を、マリーは横に払った。

 払ってそのまま切り返し、ルシアの逆銅を狙う。


 だがマリーの逆胴は再び空を切った。ルシアが瞬時に後ろへ下がったのだ。そして下がったと思ったときには、ルシアは再び飛び込んでいる。


(このっ……)


 マリーは驚愕した。

 この戦い方は、そう、まるでハッシュのそれとそっくりだった。


 前後の素早いフットワーク。その速さを生かしたハッシュの剣を、何とルシアは訓練して身につけていたのだ。


 尋常ではない前後の足運びの速さと、それに付随するヒットアンドアウェイの攻撃に、マリーは剣をなんとか合わせながらも、しかし焦っていた。


 最初の切り結びで、今までは勝負がついていた。


 ルシアの盾を、いかにして騙し、かいくぐるか。


 そこがすめば、盾を背負うことのないマリーの番だった。そして、いつもそうやってルシアは負けてきたのだ。


 ところがこの試合はどうだ。なんとルシアは「盾が役立たずになった、その後」の戦法に、ハッシュの剣技を取り込んでいたのである。


 右に左に、ルシアの剣が踊る。


 盾はもうすでに彼女の後方に、もう必要ないとばかりに隠れてしまっている。ペースは完全に、ルシアのものだった。


 上から振り下ろされてきたかと思うと、下から噴き上がってくる。


 マリーの瞳には、目を一杯に見開き、一手一手を着実に打つルシアの顔が映っている。


 これまで戦ったこともないタイプの剣筋に、マリーは精神的な負担を負ってしまっていた。精神の疲労は、肉体的なスタミナの消耗を早める。


 手がしびれてきた。


 だがそれはルシアにも言えることだ。


 ここで頑張らなくては。


 気合を振り絞って、マリーがルシアの剣をはじいた。


 上出来だ。ルシアの剣は彼方を向き、ここぞとばかりに、マリーは返す刀で渾身の一撃を見舞う。


「っ!」


 だが、その一撃は、素早く前方に出された盾に吸い込まれていた。


 盾が。盾があったんだ……。


 ルシアが自分の剣をマリーの腹部に食い込ませるのに、それは十分な時間を与えた。


 そして。


「うぐっ!」


 マリーが苦痛の表情を浮かべた。


「マリー!」


 場外で、デュオが叫んだ。


 審判員を見る。5点、5点、5点。


「駄目だ、マリーの……負けだ」


 苦痛にこらえられず、当のマリーは床に突っ伏した。


 そんな。ルシアに。この私が。ルシアに……。

 ルシアの勝利を宣言する声を聞くマリーの目には、早くも無念の色を湛える涙が浮かんでいた。

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