第26話 前夜祭 2


 気を取り直すと、続ける。

「とりあえず、飲みながらでいいから聞いて。……まず、予戦を勝ち抜くことが大前提なの。これは大丈夫よね?」

「バカにすんない」

「そう、よかった。でね、予戦の相手なんだけどここを見て」

 言われて、デュオとコートがマリーの指す部分に目を向けた。トーナメント表下段のチーム名記入欄に、しっかりと『スリースターズ』の文字は刻まれていた。

「お、スリースターズだ」

「5回、戦って本戦に出場できるんだね?」

「そう。同じようなことがあと15個の試合場で同時に行われるの。それぞれの試合場で勝ち残った組が、合計16組集まる、と」

「うん。で、どうなんだ?」


 それなのよね……とマリーが肩を落とした。


「始めのほうは楽勝だと思うの。コートと私が勝って、デュオの出番はほとんどないくらいね。ただ、ちょっとここを見て」

 マリーはスリースターズが位置するところから遠く離れたチーム名を指した。

 そこに書かれたチーム名は、『ディースの剣』と読めた。

 さらにもう一組、指を滑らせる。指した先には『バイオレット・ラージュ』の文字。


「この組は?」

「まず一つ。『ディースの剣』は、あたしの友達のチームなのよ」

「戦力的にはどうなんだ?」

「強いわ。三人ともあたしの剣術仲間なの。道場でもあたしの次に強い」

 「あたしの次に強い」の言葉に、少しは謙遜しろよとか思うコートであったが、マリーの言葉を黙って待った。

 マリーは、冊子のページをめくっていき、チームメンバーの名前が書かれた項目を開くと、説明を始めた。


「まず先鋒、レン・クリストフ。よく言えば一手一手が力強くてしっかりしてるんだけど、悪く言えば力任せ。ちょこまか動かれると弱いから、コートが相手だとやりづらいと思うわ。

 中堅、ルシア・セレニティ。基本的に技術勝負なところがあるわ。ややもすると小手先のテクニックに頼りがちなところがある。まあ、女の子だからしょうがないんだろうけどね。

 んで、大将。ハッシュ・ゴートン。彼がデュオの相手なんだけど……いくらデュオの上達が早いとはいえ、付け焼き刃の剣術では残念だけど、かなわないといわざるを得ないわね」


 マリーが的確に相手の特徴を説明してゆく。コートとデュオは黙って説明を聞いていたが、思い出したようにデュオが言った。

「『バイオレット・ラージュ』って?」

「ここは……魔術師が二人もいるパーティね。あと、やっぱり私の剣術仲間が一人、チームの中にいるわね」

「……どうするの? 戦略練らなきゃ」

「まだよ。次はここを見て」

 言い終わらないうちに、マリーは対戦表を開ける。

 そして、一つのチーム名を指差した。

「チーム『アイーダ』……」


「ここは?」

「……前回の優勝者と、準優勝者がいるのよ」

「えっ」

 デュオがチームメンバーの名前を読み上げる。

「えっと……始めが、シェリル・ハシュラント。次に、セイン・デルウィング。大将が……セリア・デルウィング。へえ、姉弟出場か」

「セリア・デルウィングは、前回の優勝者。黄龍騎士団の人」

「げっ」


 コートが呻いた。

 黄龍騎士団といえば、ディースが保持する軍事力の最高峰である。そこいらの騎士とはわけが違う。

「今年も黄龍騎士団はこの人を代表にしたみたいね。で、前回の準優勝者が、こいつ」

「セイン・デルウィング」

「言わなかったっけ? 三年前、私はこいつに負けたの」

 ああ、とコートが声を上げた。

 マリーを剣術に一層、のめりこませた張本人だった。そして、今回の大会における、マリーのメインディッシュでもある。

「あ、でも同じ試合場じゃないね」


「そう。でも、勝ち進んでいけば、いずれ当たることになるわ」

 言って、マリーはスープをすすった。

「あと、もう一つ。コート、魔術師と戦ったことは?」

 あるわけねえだろ、とコートが苦笑した。マリーが予想のうちだといわんばかりに頷く。


「まあそうだと思ったわ。……この闘技会、多くの魔術師が毎年毎年参加するの。デュオと同じように、それ目当てで闘技大会を観戦する人がいるくらい、ね。実際、選手名を見ただけではわからないけど、予戦でも結構魔法を使える人たちと戦うことになるでしょうね。そこでデュオ、戦闘において魔法を使う時、一番注意しなきゃいけない点は?」


 突然の問いにもかかわらず、デュオは即座に答えた。

「詠唱時間だよ。魔術師っていうのは、『言葉』を通してじゃないと・・・・・・つまり呪文を唱えないと、物質に『干渉』できないんだ」

「そう。魔法研究の本だったら、私も興味があってちょっと、読んでみたことがあるんだけれど・・・・・・個人が先天的に持ち合わせた『力』と、それを物質に『干渉』させるための着火剤・・・・・・とでもいうのかな? とにかくそういう効果を持つ『詠唱』があって、初めて『魔法』と呼ばれるものが成立するらしいの」

 でしょ? という風にしてマリーはデュオのほうを向いた。

 デュオが頷く。コートも真剣な表情で聞いている。

 デュオが口を開いた。

「現在の研究では、そういうことになってる。魔法っていうのは、無から有を生み出すものじゃない。意志っていうのかな? とにかく思念を物事に干渉、あくまで干渉させて、その物体の持つ性質をさらに引き出してやる技術なんだ」

「なんだ。じゃあ、煙のないところに火は立たない、みたいなモンなのか?」


「煙のないところに火は立たない……そうだね、言えてる。ただまあ実際『何もないように見える』ところからも『火を立てる』ことができる人だっているよ。高位の魔術師なんかは、火の粉一つからでも火球を生み出すって聞いたことがある。あと、別に火じゃなくても例えば空気だったら? っていう風に考えていくと、あまり魔法はその使用を制限されるものじゃないんだ」


「すげえな」

 うん、とマリーは腕を組み、続けた。

「で、次は詠唱なんだけど……デュオ、何故詠唱が必要なの?」

「うん。さっき、意志のことがでてきたよね」

「ああ。つまるところ魔法ってのは、『意志』を干渉させるものだってことだろ?」

「ただの意志じゃないんだけどね。まあ、意思は意志でも『力ある意思』っていうのかな。だけどね、どんなに強い『力』を持つ魔術師も、いきなり『出でよ火』とか、『羽根よ舞え』とか『思って』みても、火は出ないし羽根が浮かぶことはないんだって」


 コートが当然のように頷く。

「でもだからといってそれを『口に出して』みたところで、もちろん普通の人は当然何も起こせないし、『力』を持つ魔術師でも同じことなんだ」

「すると、詠唱ってのは?」

「うん。そこで、『呪文』という概念が出てくる。これはね、いつからあるのか、何故効果をもつのか、っていうことは完全には明らかにされてないんだ。ただ、『出でよ火』みたいな普通の言葉とは、明らかに違う」

「ていうと?」

「まず、『誰かが定めたのかはわからないけど』、形式付けられた言葉の序列を、呪文っていうんだ。4行の詩と、結句としての一言の神明語から成る」

 ちょっとやってみようか、とデュオは言うと、バックの中から羽を取り出した。

「これから物を浮かせる呪文を唱えてみるね。といっても、僕は成功した試しはないんだけど……」

 コートとマリーは、興味の色を目にありありと浮かべながら、その様子を見守った。

 じゃ、いくよ、と一言。デュオは詠唱を始めた。


「ささやく風


 万物の導師にして 終末の残灯たる汝に乞う


 戦ぐ力を手に添えし 汝の蒼を 我に貸せ


 そは白夜を舞いたる鳥となり 地を這う縛徒を嘆きたり」


 これで、始句から終句までを唱えたことになる。『呪文』の詠唱により、魔術師が内に秘めた『力』は収束される。その時収束された『力』を解放するときのキーワードになるのが、古代神明語による結句なのだ、とデュオは学校で教わった。

 デュオは軽く深呼吸をすると、羽根に向かって手をかざし、呪文に終止符を打つ。


「偽翔の双対――フェアリーフェザー」


 刹那。

 デュオの体の内側から溢れるようにして『力』が湧き上がる。それは彼の手を通して羽根へと注がれ、小さな羽根は大空を舞う鳥となった……


 はずだった。

「……」

「……」


 沈黙が流れた。


「駄目か。1067回目、失敗」


 羽根を拾いながら、淡々とそう告げるデュオを目の前に、コートとマリーはなんとも言えない表情を浮かべた。


「本当なら羽根は?」

「浮くはず。現に、羽根を飛ばすのは魔法の世界じゃ最も初歩的なこととされてて……低学年の生徒もこなせるんだけどね……」

 はぁー、とため息をつくデュオを見て、マリーがあわてて話を元に戻した。

「デュオ、詠唱の協力、感謝するわ。で、つい話が反れてしまったんだけど……コート、魔術師の弱点はなんだか、もうわかったでしょ?」

 コートが深く頷く。

「詠唱時、だろ?」

 デュオは頷いた。

「うん。もっとも、詠唱時間を短縮するみたいな試みはもうずっと前からなされてるんだけど、まあ、いわゆる『速唱』を編み出して、さらにそれを使いこなすっていうのは、よほどの高位魔術師じゃないと駄目みたいだね」

 マリーが言う。

「闘技大会で、魔法を使うヤツとあたることになったら、呪文さえ防げればこっちのもんなのよ。いい?」

 だがマリーの問いに、コートはしばし考えて、問い返した。

「もし、呪文を唱えられちまった場合は?」

「万が一相手の詠唱が完成してしまったら……何が起こるかはわからないわね」


 苦しそうに言うマリーを見ながら、デュオが口ぞえする。

「でも、本番では怪我をするようなことがないように、魔術師の審判がその時々に結界をはってくれるらしいんだ。おじいちゃんが言ってた」

 うん、とマリーが頷いた。

「ただし、結界で守ってもらって怪我はしないだろうけど、相手の魔法が効果的に当たったと審判に見なされたら・・・・・・負けよ」

 三人は神妙な面持ちでお互いの目を見つめあった。

 予戦の通過。全てはそこからだ。

 そしていよいよ、勝負は明日。


 三人の間を、一陣の風が通り過ぎる。

 まるで呼びかけに答えるかのように、背後にそびえるイチイの樹が、その群葉をざわつかせた。


 やがて、マリーがすっくと立ち上がった。二人がそれに習う。三人は無言で頷き、手を前に差し出した。

「気合入れるわよ。いい?」

 マリーが大きく息を吸い込み、気合の込もった声を張った。


「スリィーースタァーーズッ」


「「「しゃっ!」」」 

「「「しゃっ!」」」

「「「しゃっ!」」」


 変な掛け声だった。


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