第25話 前夜祭 1

「おりゃっ」


 デュオが剣を横に薙いだ。

 マリーはそれを難なく受け止めたが、違和感を覚えた。

 妙に軽い。

 刹那、受け止められることを見越して、むしろその反動を受けてデュオの剣がすばやく振り上げられた。

 同時に剣が上から振り下ろされる。

 だがマリーは咄嗟の判断で体ごとデュオにぶつかった。

 間合いが急激にずれ、本来ならばマリーの頭を捕らえていたはずのデュオの剣はその標的を失い、空振りの結果に終わった。

 デュオはマリーの体当たりを食らいつつ、しかし踏ん張ると剣を構えるため、間合いをとった。

 マリーとデュオはお互いに距離をあけ、しばしにらみあう。


 周りの景色が存在しなくなり、目の前にはマリーとその剣だけしか映らなくなった。

 こらえきれず、デュオが跳んだ。

 気合の掛け声と共に、左手で剣を振り上げ、マリーの頭上を狙う。マリーはただよけるだけではなく、それに向かって勢いよく剣をぶつけた。

 マリーの体は剣につられる形で右にのけぞったが、それはデュオも同じだ。

 あさっての方向に向いた自分の腕と、その先に握られていた剣に――幸運にも手から剣は離れてはいなかった――デュオは一瞬目を向ける。


 そしてマリーがとどめをさそうとしたその時。

 剣が右から降ってきた。

 それはマリーのつけた防具を打ち据え、バシッといい音をあたりに響かせた。

 マリーの思考が一瞬、停止する。


 打たれたのだ。自分の頭が。一体、どうやって……?

 

 わけがわからなかったが、一応剣をおさめた。

 はあ、はあ、とお互いが激しく息をついていることがわかる。


「一体今のはなんなのよ」

「えと……左手が行った方向にあらかじめ右手を用意させておいて……」

「ず、随分単純な技にしてやられたわけね……」

 はじかれることを予測していたわけである。油断していた、とマリーはがっくりうなだれた。

「……たいしたもんだわ、デュオ。たった6日でこんなに……」


 あの日――夜間稽古が始まった日――から、すでに6日が経っていた。

 始めは剣を振ることすら叶わなかったデュオだが、剣の扱いに慣れてゆくうち、その重量をなんとか克服していったのだった。

 マリーの教えたことは、必ずといっていいほどデュオはその日に覚えてしまった。技のうわべの知識は言わずもがな、体で覚えこむのに何日もかかる作業を、である。


 デュオの腕は、マリーほどというわけではないが、そこら辺の剣術道場でも十分やっていけるまでになっていた。

「あなた、剣術の才能あるわよ。保障するわ」

 呼吸を整えたマリーが、うれしそうに言う。

「へへへ、実は、学校の課題とかサボって剣を振ってるんだ」

 というかそれにしたって早すぎるわよ、とマリーはぼやく。油断したとはいえ、デュオがマリーからはじめて一本奪ったのは、事実だった。

「おー、よくやったよくやった」

 パチパチと傍目でコートが手を叩いた。コートも今日の訓練は終了していたようだ。

「どうよ? 最終調整は」

「いい感じね。先鋒コート、中堅あたし、大将デュオ。デュオは、もうそこいらの奴には、ちょっとやそっとじゃ負けないと思うわ」

「ああ。見てたけど……デュオ、お前は天才か?」


 へへへ、とデュオが苦笑した。「努力の成果です」とか言っていたが、それにしても異様なほど早すぎる上達ぶりだ。

「じゃ、明日はいよいよ予選ってことで、最終会議始めるわよ」

 三人は腰を下ろした。

 マリーが持ってきたカンテラに火をつけると、ほのかな光が辺りに満ちた。


「さて、んじゃあ対戦表の確認からいきましょうか」

 マリーは言いながら、懐から取り出した冊子を地面に置き、広げた。

「予戦の対戦表だね」

「そうよ。約300組参加して、最終的には、16組に絞られることは昨日言ったわよね?」

「うん。勝ちあがった16組が、トーナメント方式で戦う。決勝戦を含めると、4回戦うんだよね」

「そうそう」

 ふと、マリーは思いついたようにバッグの中身に手を伸ばす。デュオとコートはその様子を見ていたが、中からでてきたものは水筒だった。

「なんだそれ」

 ふふふ、と言ってマリーがカップに中身を注いだ。おいしそうなスープのいい匂いがふわりと広がる。

 おお、とコートとデュオが叫んだ。


「前祝いってことらしいわ。マアナから」

 マリーがあともう二つのカップを取り出し、スープを注いで二人に手渡した。

 二人は礼を言って、早速スープをすすった。

 

「感動した」

「でしょう」

「おいしい」

「でしょう」

「お前も見習えよ」

「またそれかい」


 コートのつぶやきにマリーが即答した。   

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