第24話 かかげるもの 2
ライオネルは、椅子の背にもたれ掛かると、大きく息をついた。
騎士であることに疑問を思い始めたのは、今からかなり昔、ちょうど騎士団の雰囲気に慣れてきた頃だった。
多くの仲間が死んでいった。それはいい。騎士として生まれてきた以上、戦いで死ぬのは当たり前。彼も、祖国を守るという大儀のもと、入団を志願した。
訓練につぐ訓練。厳しい叱責。だが、正義感に燃えていたあの頃は、どんなことにも耐えられた。そしてライオネルは初陣で大活躍をおさめ、上司にも一目置かれることになった。
だが、その一部の迷いもない騎士道精神は、あえなく砕けることになる。
ライオネルが騎士団長という肩書きを得てまだ間もない頃、はるかかなたの国で、ある小さな戦争が勃発した。同盟国として援護を要請されたディースは、ライオネルの所属する騎士団を中心として援護出撃に向かった。ライオネルにとっては、初めての遠征ということになる。
遠征において、戦闘部隊は必然的にできるだけ装備は減らさねばならない。歩けなくなるようなことがないように、だ。したがって、遠征においては、食糧危機などというものはまれではなかった。いかにして隊の士気を保つか。これが遠征における最大の課題だったのだ。
その当時のライオネル隊も同様だった。実際その土地に住んでいるわけでははいから地理的にも進軍の方法がつかめない。
あたりを覆う深い森の抜け方はあらかじめ司令部から知らされていたが、実地ではそんなものは役に立たなかった。戦う前からライオネル隊は悪戦苦闘していたのである。
食糧もつき、疲弊した体を推すようにしてようやく森を抜けた時、ライオネルの目の前に広がったのは、小さな村だった。足を引きずりながらも、疲労しきってふらつく体を支えながらも、しかし妙な胸騒ぎを覚えた。
人の気配がしない。静か過ぎる。
なにより、何か生臭い匂いが、村中を覆っていた。人を殺した者がまず最初に嗅ぐであろう、あの。
そう思っていた矢先、数人のディース騎士団員が姿を現した。どの隊員も、森を抜けてきた割には疲労の色が見えない。そこで作戦状況を即座に聞き、
ライオネルは愕然とした。
その部隊も、とうに食糧などは尽きていた。初めて森を突破し、この村にたどり着いたその部隊は、極限状態にあったのだろう。そして。
武器を手に取り、騎士達は、略奪を行った。
関係のない一般人さえも戦火に巻き込まれ、奪われ、殺された。極限状態に陥った騎士達を止めるものは誰もいない。しょうがないこと、と割り切るような愚か者さえ、そこでは多数派だった。
今考えれば、ライオネルは無知だったのだ。遠征のたび、いや遠征などに限らず、戦争において略奪などは、常に暗黙の了解のことだった。
戦争は、単なる国同士の兵力と兵力のぶつかり合いではなかった。
無関係な人間が巻き込まれる状況など、いくらでもあったのだ。
ライオネルは、常に『きれいな戦争』をしてきただけだった。
騎士団にとっては、すでに自明のことだったのだろう。略奪云々を問題にする者は、ディースに帰っても一人としていなかった・・・・・・。
それから、しばらく経ち。
呆然とした毎日を送っていたライオネルの前に、一人の男が現れた。
彼も戦争の余波で妻子を失っていた。
ライオネルが、おとぎ話だとばかり思っていた『魔海』の存在を確信したのは、その時だった。
彼はライオネルに言った。
『魔海』には、使い方を工夫すれば、火薬などをはるかに上回るような、膨大な魔力が秘められていること。
それを利用すれば、絶大な威力を持つ兵器が完成すること。
彼はやがては武器商人として、その兵器を世界に流布させようとしていること。
始め、ライオネルはその考えに危機感を覚えた。
そんなことをすれば戦争の規模はますます拡大し、さらに大規模の人間が命を奪われることになる、と。
だが、ふと考えた。
全世界が、強大な破壊力を持つ兵器を備えれば、おそらく戦争は無くなりはしないのか?
なぜなら、そのような絶大な兵器は「使えない」からだ。
使えば大陸一つ滅ぼせるような兵器を、一体誰が使う?
人間だけでなく、その土地も、動植物すらも、すべて海にしたところで一体なんの意味があろう。
否。意味などない。
魔海の兵器は、それを持つ国と国の戦争を、必然的に抑えることになろう。
各国間の抑止力としての「使えない兵器」を以てすれば、戦争はなくなるはずだ。そうすれば、もう人と人が互いにいがみ合い、殺しあうことはなくなるのではないか。
そして、そのためには、『魔海』を封印するわけにはいかないのだ。膨大な力をさらに収束するため、安全性を手に入れるため、さらなる研究を続けなくてはならないのだ。
それが彼の、そして彼にその思想を教えた男、ダナン・オーウェンの順ずるべき「理想」だった。
ライオネルは、静かに目を閉じる。
決意は曲げない、と。
そう誓ったのだ。
グラスに収められた氷が、カラリと泣いた。
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