第27話 武闘大会 1

翌朝。


 その日、ディースの街は朝早くから、大勢の人でごったがえしていた。

 三年に一度の武闘大会。その予戦が今日、行われる。


 商人は路上で店を広げ、いつもの倍以上の働きぶりを披露している。

 宿屋の親父は、遠路はるばるやってくる、闘技会の参加者相手にてんてこまいだ。


 そのお祭り騒ぎの中、街の中心に位置するディース神殿が建つ広間には、普段とは比べ物にならないほど大勢の人だかりができていた。


 広間を敷き詰めているその人だかりの中では、筋骨隆々の武道家や、鋭い目つきをした剣士、奇妙な色のローブを被った魔術師などが、容易く発見できる。

 まるで仮装大会のようだったが、これはまぎれもなく、武闘大会の選手達である。


「ぬわんですってーーーーーッ!!」


 不意に、その中全員の耳に轟くような大声が聞こえた。


「おい、おっさん。アンタあんまりシラきらねえほうがいいと思うぜ」


 人々が、なんだなんだと辺りを見回すと、声は広場の隅から聞こえてくることに気づく。

 そこで行商をやっている商人に向かって、一人の少女が険悪な顔を向けていた。


「どうしてよ。おじさん、このキノコはね。死んだ……死んだ母さんの形見で」


 どうみても芝居としか思えない口ぶりで少女がううっと泣き崩れる。

 それを見ていた仲間の少年も、さすがに顔を引きつらせて相方を止める。


「おい、それは言い過ぎだろ……ていうか形見売るなよ」


 コントをする赤毛の女の子と金髪の青年を前に、商人は淡々と説明を始めた。


「いや、だからね、お譲ちゃん。このキノコはガラスキノコっていって、水晶キノコとよく似た種類の奴なのさ。・・・・・・見る人が見れば水晶キノコとは明らかに違うことがわかるんだ。残念だけど、あまり高くは買い取れないよ」


 言って、商人は地面に敷いた絨毯の上に置かれている彼の商品を、まるで宝でも見つけたかのように目を輝かせて物色している、頭のよさそうな少年をみやった。


「お、少年、いいのに目をつけたね。それはね、古代アウネメス朝の……」


「デューオ! だめ!」

 

 赤毛の少女が少年に声をかけた。

 デュオは、えーっと非難の声を上げたが、素直に従って立ち上がる。


「結局、偽者だったの?」


「どうやら、な。でも、ガラスキノコ自体、そんなに価値の無いものでもないっていうことだ。そうだろ、おっさん」


 商人は頷く。


「まかしとけ。愉快な冒険譚も聞かせてもらったことだし、ここは……そうだな、キノコは全部まとめて5000ガロンで買おう」


「ちぇっ。まあしょうがないわね。軍資金にさせてもらうわ」


 マリーは手にしていたキノコを商人に渡す。

 商人は笑顔でそれを受け取ると、1000ガロン紙幣を五枚、マリーに手渡した。


 洞窟で手に入れたキノコを売りさばくのに、朝早くからもう数十件の行商人と交渉したが、答えはみな同じだった。


 もういいいかげんくたびれた、というわけで、一番高値のついた5000ガロンと引き換えに、ようやくキノコを手放した三人だった。


 さあ、私達も並びましょうか、とマリーがつぶやいて踵を返そうとした瞬間。


「やっぱり。マリーじゃない」


 ふと、甲高い声が背後から響いた。

 マリーとコートとデュオが振り返ると、そこには長く伸ばしたブロンドの髪の毛をかき上げながら、不敵に笑う少女の姿があった。


「……でたわね。カレン」


 マリーが顔を引きつらせながら答える。

 カレンと呼ばれたその少女は、貴族風の出で立ちで、そのままピクニックにでも行くかのような格好をしていた。

 ただ、腰にぶら下げている大型の剣――マリーが背中につけているものよりも、ふた回りほど大きい――が、貴族の風貌とはおよそ似つかわしくない雰囲気を、醸し出していた。


「特注の木刀、随分立派に見えるわね。無骨なお顔にはお似合いよ」


「お黙り。 あなたこそ、聞いたわよ。即席のパーティ作って意地でも参加するって言うじゃない。・・・・・・あら、かわいい男の子二人そろえて。・・・・・・貧弱なパーティね」


 見ると、男二人はただ呆然と突っ立っていた。

 ので、マリーは二人を足で蹴っ飛ばしてやった。


(何とか言ってやりなさいよっ!)


(いや、そう言われても……なあ、デュオ?)


(キレイな人だなぁ)


((お前またそれかい!))


 などと話していると、カレンが口を開く。


「本当なら、私の仲間を紹介したいところなんだけど。今二人とも出払っててね。

 まあ、今回の大会、この『バイオレット・ラージュ』がいただいたわ。せいぜい私たちと戦う前に散ってしまわないよう、最善をつくすことね!」


 ほーほっほ、と絵に描いたように朗らかな笑い声を立てて退場してゆく一行を見つめ、マリーは悪態をついた。


「……決めた。沈めてやるわ」


 デュオとコートはといえば、お互いの女性観についての認識を改善することの必要性を、しんみりと感じていた。 

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