第20話 勇者の帰還 2
「申し上げます」
蝋燭の明かりだけが煌々と照る部屋の中。
バルムス・バルトーアは、女騎士の報告を受けていた。先日の秘密会議にもその姿を見せていたことから察するに、この女、バルムスの腹心なのであろう。
すらりとした細身の体型に、美しい黒髪。着用している鎧までもが漆黒である。
セリア・デルウィング。
ディースの黒騎士と恐れられる、それがこの女の名前であった。
「第3師団……ソルブレイド卿の率いる部隊が、ゴブリン討伐を果たしたようです。伝令が、たった今到着しました」
「で、どうであった」
「やはり、報告のとおりです……ディースから一時広がった『魔海』の瘴気は……信じられないことですがやはり、一部の生き物に影響を与えています。報告によると、ゴブリンが魔法を使ったとのことです」
「そうか……」
「デュラン隊は不意を撃たれたことが災いし、帰還にはもうしばらくかかります。事態の内容を伏せて騎士を向かわせた甲斐もあり、討伐は極秘で済んだようです。……しかし」
「どうした」
「ここまでする必要があったのでしょうか。まかり間違えば、デュラン隊は壊滅することもありえたはずです。恐れながら、賢明なご判断とは」
「ライオネルのことをお前は知っているか」
「ライオネル……ライオネル・ガレリアは……まさか」
バルムスは、大きく息を吐いた。そしてセリアを見据える。
「そのまさかだ。魔法庁の『革新派』と、奴は手を組んだ。・・・多少の騎士団員も奪われた・・・」
「!」
「騎士団では少数派にしかならなかった革新派も、魔法庁ではその大半を占めている。奴に手を出すことは、魔法庁を敵に回すのと変わらん。手のうちようがないのだ。しかもこの一触即発の状況で、もし黄龍が魔力の吐息のかかったモンスターを討伐しているという情報が流れたらどうする。格好の研究材料をぶち壊しているととられてもおかしくない」
バルムスは、視線を遠くへやり、続けた。
「……草がいることをも、考えた末での決断だったのだ。ソルブレイド卿には気の毒だったが……彼は信頼するに足る男でもある。いたし方あるまい」
ライオネル……と憎らしげに口を開き、セリアはきゅっと口唇をかんだ。
「『魔海』の研究のために、結界のつくりもおざなりにならざるを得ないのだそうだ。『兆し』はすでに見えているというのに、悠長なものだ」
「そうまでして『魔海』を研究することに、一体何の価値が」
「価値は十分にある。『魔海』は莫大なパワーを秘めている。今では、その一部を抽出して、火薬の数十倍の威力を持つ大砲を作っているらしい。魔法の才能などなくとも、誰にでも扱える絶大な兵器」
「愚かな。身の程も知らず……」
「封印が解かれるのが早いか、人間の知恵でもって制御できるようになるのが早いか。結果は明らかだよ」
「どうするのですか。このまま黙っているわけには……」
「そうだ。ラスタバンと少数の弟子たちが、極秘に『魔海』の封印手段を考えているようだが……それも間に合わないだろう」
「『スレイプニル』によれば……」
声を抑えて、黒騎士が言った。目を閉じて、ラスタバンが口を開く。
「ラスタバンには悪いが……これ以上待ってはおれん。『鍵』を使う。……草の根を分けてでも見つけ出せ」
しばらくの間を空けて、セリアが言う。
「……御意」
そして、バルムスに向かって最敬礼をすると、黒騎士は部屋を出て行った。
「国を守るとは、こういうことなのだ、ラスタバン……」
ひとり残された部屋で。
老騎士は静かに、つぶやいた。
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