第19話 勇者の帰還 1
「ここがあたしの家よ」
案内された二人は、息を飲んだ。
「これが……名門ソルブレイドの屋敷か」
コートが驚嘆した。
「ふふん、ソルブレイドをなめちゃあいけないわ」
「すごいねこれは」
デュオが言う。
「これでも質素なほうなのよ?」
ブルファングを倒した三人は、とりあえず洞窟を抜けることにした。
その途中で、そのまま帰るのも難だからというわけでまあ冒険の見直しを兼ねたミーティングでもやろう、ということになったのだ。ルッツェルン街道に一番近いのがマリーの家だったので、三人はここを会議の場と定め、今に至る。
ソルブレイド家が代々続く騎士の名門であることはすでに述べた。したがって当然その居宅も並々ならぬものであった。
まず、通用門を開けると、館の周りを覆う広い庭を通ることになる。庭のど真ん中に二階建ての、ペンションと間違えてもおかしくないような家屋がそびえ立っている。どこか気品を漂わせた、不思議な感じのする建物だ。マリーはこの家で、両親と二人の兄弟、そしてメイドと暮らしているのだという。それでもなお余りあるような広さだった。
「ま、とりあえず入ってよ」
ようやく玄関までたどり着いた二人に向かって、マリーが明るく言い放った。
「いや、入ってよって……なあ?」
言いながら、コートは横目でデュオをちらりと一瞥した。
デュオも同じ気持ちだったらしい。この豪邸に入るのは、少しばかり気が引ける。
「なーにくっだらないこと言ってんのよ! 仲間なんだからいいの! 遠慮しなさんなって」
そう言うと、マリーは玄関のドアを開けた。
まるで異世界に迷い込んだネズミのような心境を味わっていた男二人組であったが、とうとう観念したらしく、おじゃましまーす、と小さく言って、玄関へとあがっていった。
外側もきれいに出来ているが、内側も負けないくらい気品に満ちている。壁に掛けられた鹿の剥製なんかが、それをありありと物語っていた。
と、ふいに女性の声が聞こえた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。あら、そちらはお友達ですか?」
言って奥のほうから出てきたのは、落ち着いた感じの、若いメイドだった。デュオがおわ美人とかつぶやいたことは言うまでもない。コートは、こいつ結構大胆だなとか思った。
「うん。紹介するね、この二人が、私と一緒に武闘会で戦うチームメイトなの」
「まあ、そうですか。わたくし、ソルブレイド家の家政婦を勤めさせていただいております、マアナと申します。どうぞよろしく」
そういって、マアナは優雅に一礼した。
デュオとコートもあわてて会釈をする。その姿が面白かったのであろう、マアナは口元を押さえて、クスリと笑った。
「まあ、自己紹介はこのくらいにして。ミーティングはあたしの部屋でやりましょう。マアナ、適当にお茶菓子かなんか、用意してくれない?」
「ええ。ちょうど今チーズケーキが焼きあがったところですわ。お持ちいたしますから、しばらくお待ちくださいませ」
「わかったわ。んじゃ、いくわよ! ホラ、何ボーっとしてんのよ二人とも!!」
☆ ☆ ☆
「まあ、なにはともあれ、強敵とされているモンスターを撃破したのは紛れもない事実なのよ」
マリーが言った。
ここは、ソルブレイド家長女の部屋。二階なのにもかかわらず、天井がとてつもなく高い。しばらく部屋の中をうろつきまわっていた二人であったが、いい加減マリーが抗議したので、真面目なミーティングを行っているというわけだ。
「デュオ、よくあの場であんな戦法を思いついたな」
コートが感心して言った。だが、デュオは下を向いたままぼそっと答えた。
「うん……まあ」
デュオには、しかしそのほめ言葉を胸を張って受け取ることなど出来なかった。なぜなら……
「ねえ、武闘会は……みんな参加するの?」
「どうしたんだよ、急に」
コートが返した。デュオはうつむいた。
「だって、僕が魔法を使えないってこと、ばれちゃったし。……このまま三人で挑むよりは、僕の代わりの人を見つけたほうが」
「それはないって! デュオ」
コートの言葉におどろいて、デュオはそちらを向いた。そして返す。
「なんで? だって僕は攻撃魔法すら使えないんだよ? ・・・・・・生まれながらの魔法音痴なんだ」
顔をしかめ、デュオは続ける。
「僕はマリーみたいに剣の腕もないし、コートみたいに格闘術に長けているわけでもない。僕は足手まといのはずなんだ。僕がチームにいたら、優勝なんて出来ない。マリーは冒険者にはなれない。コートはお金を稼げない」
悔しそうにうつむくデュオを見て、マリーが答えた。
「まあ、それはあたしたちが勝手にデュオを誘っただけなんだから、デュオが罪悪感を感じる必要はないと思うわ。それに」
言って、マリーはコートと目を合わせた。
コートが頷く。デュオは、顔を上げ、不思議そうにマリーを見た。
「デュオ。あなたは魔法が使えない。でも、それは役に立たないってわけじゃないわ」
マリーの言葉にコートが頷いた。そして言う。
「お前にはその頭があるじゃねえか。土壇場で振り絞れる勇気だって、兼ねそろえてる。凶暴なモンスターを相手にひるむことなく、おまけに知恵でやり込める奴なんて、そうそういないぜ。お前は立派な大将だよ」
その言葉を聞いたデュオは、ぽかんと口を開けた。
仲間に、認めてもらえた。
魔法なんかがなくても。
目の前の二人は、僕を、デュオ・ネーブルファインとして、認めてくれた。
うれしさのあまり、デュオの目は潤んだ。
「そういうわけよ、デュオ。これからもずっと私たちは一緒ってこと。優勝云々は一旦置いといて、とりあえず行けるところまで行って見ましょうよ」
マリーが、拳を胸の前で固めて、言った。
デュオは、目をごしごしこすって、うん、とただ一言言った。
コートがそれを見てうなずく。
「お待たせしました」
後ろのほうから声がかかったので、一同が目をやると、そこには大きなお盆をもったマアナの姿があった。ふんわりと暖かで、とてもいいにおいがする。
「マアナのチーズケーキは、格別よ。お菓子屋さんにだって負けないくらいなんだから」
マリーが胸をはって答えた。
お前も少しは見習えよ、とぼそっと言ったコートが、次の瞬間マリーの蹴りを食らったのは言うまでもない。
テーブルの上に並べられたお菓子と紅茶を囲んで、三人が座った。
早速ケーキに手をつけたコートが、一声。
「うまい!!」
デュオがそれに続いてシアワセーと声を上げた。
でしょう、とマリーが自慢する。
「よろこんでいただけて、光栄ですわ」
では私はこれで、とにこやかに言って、マアナは退出した。
「ところで」
マリーが言った。ケーキをつついていたコートとデュオが、マリーのほうを向いた。
「デュオ、魔法が使えないのなら、何か武器を持って戦わなくちゃいけないわ」
デュオは頷いた。
「そこで、よ。あたしがあなたに剣術を教えてあげるわ。無いよりはましでしょ?」
「それもそうだな。魔法を使うふりして剣を振り回すのか。うん、素敵だ」
デュオはいやそれは素敵っていうか卑怯なだけなんじゃとか思ったのだが、マリーの言うことは一理も二理もあったので、素直に従った。
剣を格好よく振り回す自分の姿にあこがれてしまったのも理由の一つであったが、まあそれはこの際しょうがないだろう。
「じゃあ、早速今日から始めましょう。残された時間は少ないからね。デュオ、いいわね?」
その言葉に、デュオもきりりとした顔でコクリと頷く。
「俺も混じるぜ。家の奴には大会直前のトレーニングだって言っておく」
「あら、殊勝じゃない。感心するわ」
マリーが紅茶をすすりながら言った。コートが、俺はいつも殊勝だよ、と返す。
「じゃあ、今夜。場所は……そうねえ、この町を出てすぐのところに、小さな丘があるの。そこにしましょう」
マリーが適当に地図を書いて、デュオとコートに手渡す。オッケー、とコートが言った。デュオもうんわかった、と頷く。そうこうしているうちに、みんなのお皿はいつのまにかきれいになっていた。
窓をみれば、もうすっかり夕陽がさしている。
黄金の光が三人を包んでいた。そろそろ、の時間だ。
「じゃあ、ご馳走様。俺はもういくよ」
「うん、僕も。学校の予習があるんだ」
「じゃあ、また今夜会いましょうね」
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