第18話 死闘の果てに 2

デュオは、やりきれない思いで洞窟の中を駆けた。


 自分が魔法を使えないことで、誰かを苦しめてしまうこと。それがデュオにとって、一番の苦痛だったのだから。


 あの二人は、無事に抜け出せるだろうか。抜け出した後、二人はなんて言うだろう。武闘会は、あきらめるのだろうか。当然だ。役立たずがいては、優勝なんてもってのほかだろう。マリーは、冒険家にはなれない。コートは、貧民街の人を救えない。


 いくつもの罪悪感がデュオの心に浮かんでは消え、浮かんでは消えてゆく。

 ……僕は一体、なんなんだろう。

 魔法。

 これほどデュオを苦しめているものはない。


 ズドンッ!!


 突然、洞窟全体を揺るがす大きな爆発音がした。

 デュオは足を止める。二人のうちどちらかが、火炎瓶を放ったのだ。デュオは、自分の手の内に納まっていた、火炎瓶を見た。


 二人は死ぬ気なのだ。勝てない戦いをしているに違いない。仮に僕が助けを呼びに行っても、騎士団は信じてくれるだろうか。いや、その可能性は低い。もし来てくれたとしても、その頃はすでに


 ズドンッ!!


 二発めの火炎瓶だ。

 デュオは確信した。

 火炎瓶を二発使っても、なお倒せぬ相手だ。


 だが……

 爆発を二発も食らっているのだから、モンスターはある程度負傷しているはずだった。


 そう考えるやいなや、デュオは、反対方向に向かって走った。

 この火炎瓶が、ある。

 黙って人を、仲間を見殺しになんて、できない!!




☆   ☆   ☆





 マリーが倒れた。


「マリー!!」


 コートが彼女の元へ走る。

 その間にも彼は火炎瓶を手に取り、火をつけた。

 ブルファングは、突進を終え、こちらの様子をうかがっている。

 倒れているマリーをかかえると、近距離にいたブルファングがここぞとばかりに突進してくるのを視線の先でとらえる。


 しかし同時に、コートは点火の施された火炎瓶を投げ、猛スピードでブルファングから離れた。火炎瓶はころころと転がり、ブルファングがその上を通り過ぎようとした瞬間、


 ズドンッ!!


 小爆発を起こした。

 ブルファングが転倒する。

 コートは一瞬「やったか?」と思ったが、願いもむなしく、猛獣はなにごとも無かったかのように再び起き上がった。


 凄まじい耐久力である。


 これでは、マリーの剣でも、その硬さに音を上げてしまうだろう。

 と、腕の中でマリーが目を開けた。


「ちょっとやられちゃったわね……どんくらい気絶してた?」

「いや、ほんの数秒だ。火炎瓶を一つ使った」

 聞いて、マリーは立ち上がる。

「効き目は?」

「さほど効いてないな。よほど硬い毛皮なんだろうよ」

「ひとつ案があるわ」


 ブルファングが二人に視線を向けた。

「コート、奴の口の中に火炎瓶を入れられない?」

「どうやってあいつの口を開けさせるんだよ」

「あいつの牙をもう一度切るわ。痛みでさっきみたいに雄たけびをあげるでしょ?」

「なるほど。開いた口に放り込むわけだ」


 危険だが、それでもやってみる価値はありそうではある。というか、コートには他に手段が見つからなかった。

「オーケー、やってみる。大丈夫なのか?」

「ええ、まだ少し痛むけど。走るくらいなら平気」


 スピードがまだ乗り切らない、至近距離で突進を受けたのが幸いしたのだろう。加えて、すでに二本の鋭い牙も両断されていたから、ブッスリいくこともなかったわけだ。

 気絶こそすれ、マリーのダメージは軽いものだった。

 マリーは火炎瓶をコートに手渡す。

「さっきの要領でもう一度やるわ」


 オッケー、張り切っていこうや、とコートは頷く。

 マリーとコートがポジションについた。ブルファングを頂点として十分な距離をとり、三人で大きな二等辺三角形を描く形だ。


「いくわよ!!」


 マリーが剣を構え、走って前に出た。


 それに気づいたブルファングが、マリーに向かって地を駈ける。

 二人の距離はすぐに縮まった。しかし用意のごとく、マリーは体当たりを避ける。合わせる形で、ブルファングはすぐさまその巨体を素早く止める。


 だが、それを狙っていたマリーにしてみれば、十分切り込める時間だった。

 そして狙い通り、横に振りかぶった剣を、その牙めがけて叩きつけた。


 鋭い斬撃音と共に、白い二本の牙が床に転がる。マリーは、剣のメンテナンスを決して怠らない。それが、この功績であった。

 予想通り、ブルファングは痛みにたまらず、大口をあげて吼えた。

「今よ!!」

 言うが速いか、コートは俊足のスピードでブルファングのもとへ駆け、すれ違いざまに開いた大口の中に火炎瓶を放り込んだ。コートの俊足を初めて見たマリーは、一瞬目を丸くする。


「フルコースをくれてやるよ! それっ」

 すでに火がついた火炎瓶は、吸い込まれるようにして口の中へ消えていく。

 だが。


 吸い込まれたはずの火炎瓶は、猛獣の口から勢いよく出てきてしまった。いや、一度その威力を受けて猛獣はこの道具の効果を学習し、口から吐き出したのだ。


 マリーが、コートが、驚愕の表情を浮かべる。やはり、一筋縄でいく相手ではなかったのだ。

 しかし見ている場合でもない。吐き出された火炎瓶を警戒して、コートは素早く移動する。


 ズドンッ!!


 重い音が空しくも響き渡る。それは二人に絶望をもたらす音だった。

 万策尽きた。

 あとは、もう、がんばるしかないな。そう、マリーとコートは思った。


 だがその時。




☆  ☆  ☆





「やーい! バカモンスター!! こっちだこっち!!」


 なんだ? と思って声のするほうを二人が見やると、

 デュオだった。

 二人が連携で攻撃している最中に、この部屋へ侵入し、いつのまにかブルファングの後方に回り込んでいたのだ。

 遠く離れたところから松明を振りかざし、挑発している。


「デュオ! なにやってんの!? 逃げなさい!!」


 マリーが必死の思いでそう叫んだ。

 しかしデュオは構う事なく挑発を続ける。


「ほらほらおいで!! お前の母ちゃんでーべそ!!」


 陳腐なセリフ回しだなァとコートは呑気にも思ったが、ブルファングが、挑発に乗ったか乗らないかは知らないけれども、デュオめがけて突進した。

「駄目! デュオ!!」

 と、デュオは身をひるがえして逃げた。

 追いかけるブルファング。

 デュオはそのまま左の洞穴に逃げ込んだ。

 

「どうしよう」


 マリーが、青ざめた表情でぼそりと呟く。

 コートも苦い顔をしていたが、やがて言った。


「今ならまだ間に合うかもしれない、追うぞ!!」


 その言葉に、はっとしてマリーが立ち上がる。

 二人が走り始めたその時。

 

 ズドンッ!!


 左の洞穴からゆったりとした爆発音が聞こえた。デュオが、残り一個しかない火炎瓶を使ったのだ。しかしブルファングに火炎瓶では、転倒がいいところだ。その威力は、致命傷を与えるには及んでいないはずだった。


 デュオにはもう打つ手は残っていないだろう。


「あきらめんな!!」

 コートに叱咤されて、マリーは、はっとした。

「あきらめるな。いくぞ!!」

 言うが早いか、コートが走り出す。マリーも地を蹴った。

 

 デュオ、無事でいて……!!

 

 目を閉じて、マリーが祈った。




☆  ☆  ☆




 かかった!!


 走りながらも、そうデュオは思った。後ろから猛獣が追いかけてくる。大部屋と違って、ここは真っ暗である。松明の明かりだけが頼りだ。


 グオォォォォ!!


 近くで猛獣の咆哮が聞こえた。「頃合だな……」呟くと、デュオは火炎瓶に火をつけ、後ろへ投げた。

 

 ズドンッ!!


 大きな爆発音が洞穴中に轟いた。

 やや遅れて、どさっと物が倒れる音がした。だが直後、再び遠くから咆哮が聞こえた。倒れた猛獣が、追撃を再開したのだ。しかしこれもデュオにとっては計算のうちだった。火炎瓶の与えるダメージが、さほど大きくないことは、予想していた通りだ。したがってデュオは火炎瓶を、距離をとるための手段として用いた。


 地面を駆け抜ける音が、遠くから徐々に近づいてくる。

 にもかかわらずデュオは、ふいに立ち止まった。

 口元には、小さな笑み。


 明かりに照らされて、猛獣がやってくるのが見えた。

 ものすごいスピードだ。


 デュオは、猛獣に背を向けながら大きく深呼吸すると、松明を力いっぱい前方に投げた。


 そして、すぐさま洞窟の壁にその身を寄せる。


 投げられた松明は灯火を名残惜しそうに揺らめかせながら、闇の中を進んだ。


 次の瞬間、暗闇の中で突風がデュオの頬を掠めた。猛獣がデュオの側を駆け抜けていったのだ。

 猛獣が突進のターゲットにできるのは、この暗闇の中では、松明の光しかありえない。デュオはそう考えて、最後に松明を前へ放り投げたのだ。

 案の定、猛獣は松明を追うことに必死で、デュオの存在には気がつかなかった。

 ……結果として。


 ざっぱーんっ!!


 下のほうから、猛獣が威勢良く水に叩きつけられる音が聞こえた。

 作戦は成功だった。

 緊張がほぐれてなのか、さっきまでは聞こえてこなかった音が、デュオの耳に流れてくる。


 はるか下のほうから、静かに轟いてくるそれは、唸る様な滝の音だった。


 先ほどデュオが落ちかけた滝つぼまで猛獣をおびき寄せ、見事にその中へと落としたのである。


「デュオ!!」


 デュオが、ああマリーの声がする、と思って、その場にへたり込んだまま後ろを振り向いた瞬間、

「デュオ!!」

 デュオはマリーに抱きしめられていた。

 そのままうわーんと大泣きするマリーにびっくりしたが、やがてデュオは微笑んで、その手をマリーの背に回した。心配かけてごめんね、と謝った。


 目の前にはコートが、しょうがねえなあと言わんばかりに苦笑していた。だがおもむろに腕をデュオのほうに伸ばすと、親指をビシッと立てて見せた。

 

 それを見て、デュオは満円の笑みを浮かべた。マリーの背越しながらも、同じポーズでコートに返した。


 こうして、スリースターズ初の洞窟探検は、かなりスリル溢れる結末を迎えたのだった。

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