第17話 死闘の果てに 1
「さっきの大部屋までおびき寄せるわよ」
マリーが言った。
「そこでなら思い切り戦える」
コートが頷く。デュオもそれに続く。
「デュオは、何の攻撃魔法が使えるの?」
マリーが言う。この状況では、まあ、当然の質問だが、しかしデュオはあせった。だが、嘘をついている時ではない。デュオは決心して口を開く。
「僕は、実は……」
「……?」
「特異体質で、魔法が使えない……んだ」
静かな沈黙が流れた。マリーもコートも驚きの色を隠せないようだった。だが、マリーは頷いて言った。
「……わかった。詳しい話はあとよ。先に逃げなさい」
「そんな、僕だって」
「生き死にがかかっているのよ。あなたじゃ足手まといだわ」
「おい、何もそんな言い方」
「デュオを、無駄に死なせたくないのよ!」
剣を構えたまま、マリーは苦しそうに言った。
まだ、敵の姿は見えていない。マリーを横目で見つつ、しかしコートも同じことを考えていた。マリーの言っていることの方が正しいのは事実なのだ。デュオのやる気がいかに大きかろうと、魔法が使えないのでは……こんな考え方をしてしまう自分にはとても腹が立つが……正味な話、デュオを守りながら戦わなければならなくなる。
それでは、勝てない戦いが余計に勝てなくなる。
デュオも同じことを考え、そして自分の非力さに口唇を噛む。やがて、悔しさと悲しみの入り混じった声を、絞り出した。
「……わかった」
「いい? わたしは、あんたに、逃げろって言ってるんじゃないの。万が一のときだってあるわ。そのときのために、助けを呼んでこいって言ってるのよ」
だから逃げろってことじゃねえか、とコートは苦笑した。しかし、後方のデュオのほうを向いて、言う。
「デュオ、俺からも頼む。お前は出来るだけ早く走って、王城にでも駆け込め。そんで、騎士団を連れて来るんだ。やってくれるか?」
デュオは、コクリと頷いた。その顔には、涙が少し。
そしてとうとう、目的の大部屋にたどり着いた。
再び大地を轟かす唸り声がした。大分近い。
三人は、部屋の真ん中で止まった。
目の前には、二つの穴。右側の穴から出てきたことになる。後方には、地上へ出るための入り組んだ通路への入り口。
「行きなさい、デュオ」
後ろで、デュオが走りだす音が聞こえた。その音は、徐々に小さくなってゆく。それを確認して、コートとマリーは、横目を合わせる。
「さてさて、敵さんの登場だが……どうするよ?」
「そうねえ、まあ、アンタの腕次第ってところじゃない? あたしは無論強いから」
「ははっ。そいつぁ頼もしいな」
「グルルルル……」
ついに、声の主が二人の目の前にその姿を現した。
「うお、すげぇ怖そう」
「ブルファングだわ……こんなところに隠れ住んでいたのね」
現れたのは、全長2メートルはあろうかというような、巨大なイノシシだった。
茶色い毛皮をその身にまとい、大きく反り返ったその鼻は、野生の豚そのものだ。姿勢は低く、口からはサーベルタイガーを思わせるような大きな二本の牙が、上に向かって突き出していた。そのためあごが出ている。マリーが以前読んだ本に書かれてあったものと、寸分たがわない姿だ。
牙だけには気をつけないといけないと本には書かれてあったが、それは当然だろうとマリーは思った。
「俺があいつを引き付ける」
そう言って、コートが前に一歩でた。
「引き付けるって・・・追いつかれたら終わるわよ? あたしが先に行くから、援護してよ」
「剣ぶん回してる奴を、どう援護すんだよ。まあいいから、見てなって。……足にはちょいと自信があるのさ」
だが言い終わらないうちに、それまで二人を値踏みでもするかのように睨んでいたブルファングが、突然しかけてきた。
「うお!」
「きゃ!」
洞窟中を揺らす大きな足音と共に、物凄い速度で体当たりをしてきた。コートは右へ、マリーは左へ、それぞれ反射的に身を動かす。
避けてすぐに、ブルファングが横を通り過ぎるのがわかる。横切るときに、ものすごい風圧が沸き起こった。
そして、ブルファングはブレーキをかけ、くるりと振り返る。姿勢を低くして、足で地面を蹴っている。突進の合図だろう。
体に似合わず異様に速い。
コートを狙う形で、ブルファングは右斜め前へその巨体を走らせる。
比較的接近した状態からの突進だ。
マリーは、これはいくらなんでもやばい、と思い、コートを援護する準備にでる。
だが突進が来る瞬間、コートは前足を出して素早くステップを踏み身をかわすと、既に浮き上がっていた後ろ足ですれ違いざまに猛牛の腹めがけて蹴りを叩き込んだ。
威勢のいい打撃音があたりにこだまする。
避けながら、攻撃する。単純だが無駄のない自然な動きに、そしてなによりその素早さに、マリーは驚嘆した。
しかし、目の前の猛牛はさしてダメージを受けていないようだった。
コートが顔をしかめる。渾身の蹴りだった。しかもヒットポイントは腹部だったのに。
「マリー! 気をつけろ! こいつ見かけによらず硬いぞ!」
「さすがモンスター、といったところよね。下がってて。私が行くわ」
と、マリーは構えた。この距離ならば、マリーにも避けられる。
ブルファングは三度目の突進にかかった。
速い。
しかし、相変わらずの直線的な突進であることに変わりはなかった。
すれ違いざまに攻撃、などということはマリーにはできない。というより、異常な動体視力を持つコートならではの攻撃方法だろう。したがってマリーは、当たる寸前で横に走って避け、ブルファングがブレーキをかけるその時を狙った。
ブルファングが迫ってくる。十分に引きつけておき、
……避けた!
ブルファングの後を追うようにして、マリーが駆ける。剣を横に構えることも忘れない。猛獣が止まって振り返るのと、マリーが剣を横なぎに振り上げるのとはほぼ同時だった。
「ふっ!!」
マリーが気合と共に、剣を一閃させる。
太刀は、二本の牙をやすやすと両断し、ブルファングの右目にその切っ先が食い込んだ。
痛々しい悲鳴を上げて、ブルファングが顔をのけぞらせた。その隙にマリーはブルファングから離れる。
二本の牙は、今や切り株のような切り口を見せていた。
体が硬いなら、狙うのは目か、口か、である。
だが姿勢の低いブルファングの口をとらえることは、無理な話だ。ならば、一か八か危険な牙を両断し、目を傷つけて視界を奪う。ちょっとかわいそうな気がしたが、そんなことを言ってる場合ではない。
猪の食料になる気は毛頭ない。
ブルファングは、ダメージを受けたためか速度を多少落として、しかしそれでも再び突進を繰り返してきた。マリーが、今度は余裕の笑みを浮かべて難なく避け、反撃のために剣を振りかぶる。
しかし次の瞬間、猛牛はブレーキをかけた。
避ける事を見越して、わざと速度を下げたのだ。振りかぶった体勢のマリーは、完全に無防備だった。
避ける事すらかなわず、マリーは突進を食らった。
「マリー!!」
衝撃に遅れて、鈍い痛みがマリーの身体を駆け巡っていった。
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