第16話 異変 2
ごろごろと転がる数十匹のゴブリンの死体。その中で、15人程度の騎士が、その場に座り込んでいた。
どの兵士も顔には疲労の感がぬぐえない。みな、茫然自失といった感じである。
デュラン隊は、ほぼ壊滅状態にあった。
最終的には、数十匹のゴブリンが一斉に「浄化の矢」を、狭い洞窟の中で唱えたのであるから、それがもたらす損害は計り知れない。ケインとデュークとトマスは、重傷だ。膨大な熱が鎧に移って、体のあちこちが焼け焦げたのだろうか。うう……と時々うめき声が聞こえるのが、痛ましい。
リーゼックとデュランも、他の三人までとはいかないが、かなりのダメージを負っていた。後方の部隊が時間差でやって来てくれなかったら、今頃は全員死んでいただろう。
かくいう後方部隊――アウラ隊だけではない、警備にあたっていたルーベルム隊すらかけつけた――も、果敢にもゴブリン達をやり込めたが、その魔法をたんまりとご馳走になっていた。
「こいつらは……一体何なんだ!?」
アウラが、苦痛で顔をしかめながら怒鳴った。
「なんでゴブリンが古代語を……あまつさえ、呪文の詠唱まで……」
デュランにも、それは理解できなかった。
だが……大体の察しはつく。
これから、どうすればよいのだろう……
そうデュランは思った。
恐らく部下たちは、今回の遠征について、ディースに戻るまま、抗議をするだろう。だが、それはあまり賛成できる行動ではない。「このこと」は、恐らく、国家の重要機密なのだ。
下手な出方をして情報が漏れることのほうが恐ろしい。
そうしてデュランは、のしかかる様な疲労感を覚え、考えるのをやめた。
とりあえず、今は、体を休めるしかない。
騎士たちは、もはや一言も語らない。
どこかで、ぴちょんと、水がしたたり落ちるのが聞こえた。
☆ ☆ ☆
「おわ、あった!」
デュオの嬉しそうな声が、洞窟の中で響いた。本日4個目の水晶キノコである。ちなみに、先ほどの運命の瞬間は、彼の頭の中では、すでになかったことになっていた。
順調、順調、とマリーが言った。
三人は先ほどの道を戻って、分岐点まで引き返し、まだ行っていないほうの道――右側の通路―――を現在歩いていた。気分はすっかりベテランである。
「これ売ったら、お金どうするんだ?」
コートが言った。
「当然、皆で山分けよ。なにに使うかは個人に任せる」
「マリーは、何に使うの?」
「あたしは、そーねえ。剣でも一振り買おうかしら」
「アブねー女だな」
うっさい、とマリーは声色を荒立てた。
「デュオはどうするよ」
「ん? 僕は……そうだなあ」
と、デュオが考えを口に出そうとしたその時、
洞窟全体を轟かす様な、大きな唸り声が聞こえた。
「何!?」
狼の遠吠えにも似たその声に表情をこわばらせながらも、マリーは慣れた手つきで背中にしょっていた剣を抜いた。
「モンスターなわけないよな」
コートが身構える。
すでにその額からは、あぶら汗が滝のようにでている。
「この先からだよね」
そう言ってデュオは、火炎瓶を取り出した。
三人はじりじり後ずさった。モンスターなんかと戦っても、勝ち目はありえない。
逃げるが吉だ。三人はコクリとうなずきあった。
遠吠えが一段と近づいて聞こえる。徐々に三人の元へ近づいてきているではないか。
「どどどどど、どうしよう」
デュオが最後尾から話しかける。腕は震えてて、松明が今にも落ちそうだ。
もちろんマリーとコートが前列で、まだ見ぬ猛獣の方向を睨みながら少しずつ後退している。
「とりあえず、下手に刺激しないように。火炎瓶はまだ使わないで」
三人は洞窟の曲がり角を曲がる。
後退しながらマリーは、考えていた。
洞窟の通路は、戦うには少々狭い。剣を無闇に振れば、二人が巻き添えを食う危険性も十分ある。だとすると、戦うとしたら、さきほどの二手に分かれたところの分岐点だろう。あそこもさして広いとはいえないが、この通路よりは幾分ましだ。
勝てる自信はなかったが、後ろを向いて逃げるほうがよっぽど怖かった。
コートも同様のことを考えていた。足では追いつかれはしないだろうが、自分だけ生き延びたところで、それはそれで寝覚めが悪すぎる。マリーの得物はかなり魅力的だが、こんなところで振り回せそうな代物ではない。とすると、分岐点まで後退して、そこで戦うのがベストだ。
マリーと目が合う。どうやら、マリーも同じ魂胆の様だった。
……やるしかないな。
いい腕試しだ。
火炎瓶もある。
大丈夫。勝てる。
勝てる!
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