第15話 異変 1

 暗暗たる闇。その中を、歩兵部隊は進んでいった。松明を洞窟の壁にくくりつけながら歩みを進めているため、彼らの通った後は、炎の光で洞窟の内部がはっきり見て取れた。ごつごつとした感じの、重量感に溢れる岩肌。こういった所にも、虫くらいは生息しているものだが、ここではその気配すらない。


「後方の部隊はちゃんとついてきているか」

 デュランが言った。


「はい。アウラ隊が後方から。ルーベルム隊は洞窟付近の警備にあたっています」

「よし。…注意していくぞ、みんな。こんな洞窟で遭難しましたなんて、世界一笑えない冗談だ」

 デュランが笑いながらそういうと、周囲の兵隊たちもつられて笑った。やがて、奥のほうからぎゃーぎゃーと声が伝わってくる。


 紛れもない、ゴブリンの声だ。


「どうやら私の不安も、何かの間違いだったらしいな」

 デュランはそういうと、軽く胸をなでおろした。

「よし。もう少しで到着するが、いいか、ゴブリン相手とて気を抜くなよ」

 周囲から了解、との声がかかる。


 そしてデュランが剣を抜いたそのとき、遠く後方にどさどさどさっと何かが落ちる音が聞こえた。

 兵隊全員がそちらに向けて剣を構える。

「後方部隊はどの位で到着する」

 デュランが軽装歩兵に尋ねた。

「我々はかなり先をいっていますから、後方部隊が到着するまでは、もう少しかかるでしょう」

「わかった。我々で迎え撃とう。いいか、みんな。口を酸っぱくして言うが、油断は禁物だぞ」


 そう言って、デュラン隊はゴブリンたちのいる方向へと向かって行った。ある程度進んだところで、松明の明かりにその姿を照らす、数匹のゴブリンがこちらの様子を伺っているのが見えた。


「5匹か。これで全部だったりして」


 兵士の一人がそうつぶやいた。そうだとしたら、ディース黄竜騎士団結成以来のとんだ目算違いだ。

 デュランがそう思った矢先に、またもや後方からゴブリンたちが落ちてきた。


「挟み撃ち…か。やるじゃん」

 兵士がそう言った。

 ゴブリンごときに挟み撃ちされても、痛くも痒くもない。それだけの実力ぐらい兼ねそえた優秀な騎士でなければ、黄龍騎士団は務まらない。


「ケイン、デューク、トマス。今落ちてきたゴブリンを頼む。リーゼックと私で反対側を…」

 デュランがあわてることなく作戦の指揮をとったその時。

 奇妙な出来事が起こった。


「揺らめく火 崩落の起にして再生の祖たる汝に請う」


 魔法の詠唱だった。


 いったい誰がとデュランが思う暇もなく、

「猛き力を手に添えし 汝の赤を我に貸せ」


 詠唱は続いた。


「まさか!」

 ゴブリン達の方向を見て、騎士団は驚愕した。

 詠唱は、紛れもない、ゴブリンたちによるものだったのである。 


「そは滅びの使徒となりて 全ての穢れに火を灯す」


 辺りの松明全てが詠唱に反応して、一斉にその輝きを増す。もう間に合わない。

「いかん!! みんな伏せろ!!」

 デュランが叫ぶと同時に、


「浄化の矢―――フレアボルト」

 詠唱が結句を添えた。

 途端に全ての松明から拳ほどの火球が飛び出し、群れを成す。

 ひゅるるるっという嫌な音を立てながら、それらは伏せている兵士達に、一斉に降り注いだ。


☆   ☆   ☆



「うおーっ!!」


 洞窟の中、コートが叫び声をあげた。


「うっさいわね、庶民」


 マリーがつぶやく。その手には、すでに2個の水晶キノコが納まっていた。


「いや、でもこれはすごいよ!」

 デュオが感嘆の声を漏らす。

 洞窟に入ってまだ間もないというのに、レアアイテムとして名高い「水晶キノコ」が2つも見つかってしまったのだ。コートが叫ぶのも無理はない。


「だーから言ったじゃない。ここは秘密の場所なのよ」

「入り口付近ですでにコレだろ? 奥へ行ったらどういうことに……」

「うん。絶対もっとあるよ!」


 デュオが言った。

 三人の前方には、地中へと続く自然の階段が広がっている。

 

 その階段をずっと下がってゆくと、少々広い通路が姿を現した。広いといっても、人が横に十人くらい並んで、行進できるくらいだったが。

 天井は、大人の身長の三倍の高さはありそうだ。すぐ前方に、曲がり角があった。

 どうやらこの洞窟、まっすぐ、という素直な構造ではないらしい。


 マリーが口を開く。

「奥はね、さっきも言った通り、まだ探索してないの。…だからこうして三人で探検してるわけなんだけどね…」

「まだまだキノコ、ありそうな雰囲気がするね」

 手に持った松明をあちこちに動かしながら、三人は進んでいった。


 辺りに広がるのは、灰色の岩肌。ぴちょん、という音が時々遠くに聞こえるから、どこかに鍾乳洞でもあるのだろう。壁には小さなキノコやら、虫やらがへばりついていた。


 入り組んだ洞窟内をしばらく三人が歩いていると、やがてひときわ大きな部屋にたどり着いた。

「あれ、分かれ道だ」

 デュオが声を出す。

「お」

「あら」


 大きな部屋の、前方の壁には、大きな穴が二つ、ぽっかりと開いている。

 どっちに行く? とデュオが言った。


「左」


 マリーが即答した。多分、根拠なんてないんだろうなあとデュオは密かに思った。

 左の穴へ一行が進んで間もない時、「おお! あったぜ!」と最後尾を歩くコートが言った。洞窟の中なので、声がよく響く。


「これで三つね! いくらくらいになるのかしら」

「10万はかたい」

「詳しいね?」


 言ってしまってからコートはしまったと思った。実際このキノコを3万で質屋に入れたことがあったから、即答できてしまったのだ。盗みを働いていることがばれてしまったら、警察に突き出されかねない。

 必死でごまかした。


「いやいや、貧民街にやたらとそーゆーのに詳しいやつがいて……」


 へー、と前の二人が感心した。貧民街にそんな余裕のある奴が住んでるわけねーだろ、とコートは思った。


 だがまあそれでも、二人が自分に警戒心を抱いていないことは確かなようだ。そう考えると、嬉しくて、コートは小さく笑った。


 気をよくしたコートが言う。


「マリーの父さんは騎士団なんだろ?」

「あら、めずらしくまともな質問するじゃない」


 めずらしくとは何だよとコートが返す。


「そうよ。今はリューゼンに住むゴブリンを討伐しに行ってるわ」

「リューゼンか。近いな」

「……」


 マリーが一瞬肩を落としたので、コートは尋ねた。


「ん、どうした? 悩み事?」

「うん……今回の遠征だけは、うちのお父さん変だったのよ」

「変態だったのか」

「黙れ」


 隙を与えずマリーが一蹴した。


「っていうかね…今回の遠征のことはなんにも言ってくれなかったの。仕事のことになると、いつもは自慢げに話すのに…」

「そりゃあ、親父さんにも都合ってもんがあるだろうよ」 


 うーんそれはわかってるんだけどねーとマリーがため息をついた。


「だから、今回のお仕事に関しては何も言えないの」

 そんな雑談を聞いているうちに、デュオはどこかから音がするのを聞いた。

 ごーごーという、しかし微かな音だ。

 大量の水が、落下していくような……。


 それはコートもマリーも一緒のようだった。

 三人がお互いの顔を見合わせると、コートが言った。


「滝か…?」


「うん。多分そうだと思う」


 滝って洞窟の中にもあるのか、とデュオは思った。

「まさかこんなところでお目にかかれるなんてね…」

 マリーが目を丸くして言った。しかし実際それほどめずらしいことではない。海から流れ込んだ水が、地下に潜りこんで水脈となり、それが洞穴という空間に行き着いただけのことだ。


 しかしそれでも、彼らにとってはとてつもなく新鮮なことのように感じられたようだった。


 感心しながらも三人は歩みを進める。


「デュオは、お父さんは魔法関係の仕事?」

 そう聞かれて、デュオは言葉を詰まらせた。

 その気配を察知してか、コートが言った。


「ワケありみたいだな」

「いや、あの、僕、両親いないんだ」


 数瞬の間が空いた。


 気がついたようにマリーは横を向いて、きりりとした眉を下げて、ゴメンと一言いう。

「あ、いいんだ。気にしないで。父さんも母さんも、僕を生んですぐに交通事故で死んじゃって。…今はおじいちゃんと、家政婦さんと三人で暮らしてるんだ」

 後ろを歩いていたコートが、お前も苦労してんだな、と深刻そうに言った。

 横を見やれば、松明に照らされたマリーの顔。その表情がちょっとだけ、憂いを帯びていたので、デュオはすまなく思った。


「でもさ、なんだかんだいっても今は幸せなんだ。だから僕はあんまり気にしてない」


 デュオがそう言ったので、二人は安心したようだ。


「俺のおふくろも」

 後ろから声が聞こえたので、デュオとマリーは歩みを進めつつ振り返った。

「3年前に死んじまってさ。親父は5年間出稼ぎに行っちまって帰ってこねえし。だから、その、デュオ。お前の気持ちはよく分かるよ」

 コートの声に、デュオはありがとうと小さく言った。

 一部始終聞いたマリーは、顔を引きつらせて言った。


「何か……辛気臭いわね……」


 その言葉を聞いて、デュオとコートは苦笑した。


 笑うのをふと止めて、だんだん滝の音が近づいてきたななどと先頭を歩いていたデュオが思ったその時。


「危ない! 止まれデュオ!」


 へ? と疑問符を浮かべてデュオは止まる。

 ぱらぱらっと音がしたので足元を見て、デュオはそこからすっ飛ぶようにして離れた。

 デュオが飛びのいたところの一寸先は、もう底が見えなかった。崖である。

 あわ、あわわ……と涙を浮かべながら、デュオはマリーにすがりついていた。


「……まあ、こんなこともあるさ」

 デュオの頭をぽんと叩き、マリーが言った。


 遺言…という言葉が、デュオの脳裏をふっとかすめた。


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