第14話 遠征 2

 ルッツェルン街道。


 王都ディースの南に位置するこの街道は、隣国リューゼンとこの国を結ぶ唯一のものである。ディース周辺は比較的平地が続くので、この辺りでは見渡す限りの野原が広がっている。

 この街道には、途中通り過ぎなければならない大きな森があったが、今ではすっかり整備されており、両王国の交易も盛んに行われている。

 

 日が昇ってまだ間もない頃、その街道を歩く三人の人影が見えた。


 三人はそれぞれリュックサックを背負っている。

 一人はリュックサックと一緒に剣も背負った、赤毛の少女。

 もう一人は身軽な格好の金髪の少年。

 最後に、魔術師らしくローブをまとった青い髪の少年。

 

 デュオとマリーとコートである。


「ねみい。ったくよお、こんな朝早く呼び出しといて何するかは秘密って何なんだよ一体」


 コートがふてくされた。


「ふふふ……今のうちにほざいておきなさい。びっくりするわよ」


 マリーが目を細めてコートを見やった。

 けっ、気持ちワリーとコートが言う。


 なぜ三人が朝早くからこんなところを歩いているのかというと、それは昨日、別れ際にマリーが二人に向けて放った提案がそもそもの原因だった。


「デュオ、明日学校ある?」

「いや、ないよ。明後日から始まる」

「コートは?」

「俺は学校になんて行ってねー。てか行きたくない」

「あっそう。ま、あたしも学校休みだからさ、三人で明日も会えるわね。ってことで、ちょっと明日は冒険してみましょう?」


 デュオとコートは顔を向かい合わせた。その表情には疑問符が浮かんでいる。

「冒険って…危険じゃないの?」

 デュオが不安そうに尋ねる。冒険者という職業があることは前々から知っていたが、自分とは別の世界だと思っていた。

 マリーは笑って言った。


「冒険っていうか…まあ、危険じゃないことは保障するわ。それに、私たちならなんとかなるでしょ」

 コートとデュオがいくら尋ねたところで、マリーはそれ以上のことを口にはしなかった。 彼女曰く、お楽しみ、ということらしかった。

 そして今日に至る、というわけだ。


 ある程度街道を行ったところで、マリーはここから右に曲がる、と言い出した。

 三人の右手には既に大きな森が、遠目から見えた。


「……森に入るの?」


 森に向かって歩くマリーの後ろを追いかけつつ、デュオがおそるおそる尋ねた。森に入るのはこれが初めてだ。

「そうよ。私が見つけた洞窟があるの。秘密の洞窟ってやつよ」

「って、危険じゃねえのかよ。まあ森っつっても、この森に生息する動物は大人しめの奴らばっかだけど……大量虐殺でもすんのか?」

「するかっ!!」


 マリーがキレた。


「だって、モンスターなんてこの森にはいないぜ?」


 目前に迫った森を見上げて、コートが言った。中はけっこう明るい。普通の動物と比べはるかに凶暴性が高く、人間に害をなすような生き物をモンスターと呼び、区別する。


「だから…それじゃあたしがまるで、血に飢えた殺人鬼みたいじゃない! モンスター狩りなんて誰がするか!」

 言いながら、マリーは先頭を歩いてゆく。

 ぱきりと枝の折れる音がした。

「じゃあなにすんだよ! 大体お前はきのうからなー……」

 コートが歩くのをやめ、マリーも後ろを振り返ってなにようとコートを見据えた。

 二人の言い争いが始まろうとしたその時、デュオが間に入って二人をなだめた。


「ちょ…こんなとこで喧嘩なんてやめようよ…」


 二人はデュオを見ると、ふん! と言ってお互いに顔を背ける。

 デュオが言った。


「で、その洞窟には何が?」


 気を取り直したマリーが答える。


「うん、実は昨日あの場で言えなかったことにはわけがあったの。コート、水晶キノコは知ってる?」

「ああ、あれなら昔…っと、見たことはあるぜ」

 盗んだことがあります、なんてことは言えない。盗賊ギルドに自分が所属していることは、まだ二人には秘密だった。

 マリーが歩き始めたので、コートとデュオもそれに従う。

 デュオが、歩きながら口を開いた。


「僕も本で読んだことがあるよ。強力な眠り薬が作れるそうで…高く売れるんだよね?」「そうよ」

「まさか…」


 コートが口をあけた。水晶キノコ…昨日盗んだ彫像とまではいかないが、売ればいい金になることは確かだった。


「そ。あたしがもう昔、5年前くらいかな? 見つけたの。水晶キノコの洞窟」

 まじで!? とコートが言った。

「キノコはあったの?」

「うん。でもその時はまだ子供だったしね。商人のところに持っていっても怪しまれるだけだと思ったから、まだ取ってないんだ」

 おいおい、なにやってんだよとコートは声を上げた。もう他の奴にとられている可能性だってありうる。

「でも、その時に目印つけといたから、今ではわりとあっさり行けるわ」

 ほらこれこれ、とマリーは近くにあった木に付いていた、切り傷を指して言った。「マリー」と彫ってあった。

「最初に行ったあとは? それ以降はもう、そこへは行ってないの?」

「うん。剣術仲間誘って行こうとしたんだけど、信じようとしなくてさ。あたし一人で行ってもよかったんだけど、ド強いモンスターがでてきたら敵わないし」


 おいおい、とデュオは思った。

 そのド強いモンスターが出てこられたら、たまったもんじゃない。

 そんなデュオの気配を察知してか、マリーは笑った。


「うそようそ! 世界で最も平和な、天下のディースよ!? モンスターなんているわけないない!」

 コートも、うーんまあなと腕を組みながら答える。

 ディースに住む人間のなかでは、モンスターを見たことのある人を探すほうが難しい。

 そういった点からしてみても、マリーの言ったセリフは本当のことであった。

 でもまあマリーも一応、女の子だ。さすがに真っ暗な洞窟を平気な顔して一人で歩けるほど勇敢ではないのだろう。

 そうこうしているうちに、森の中に洞窟が現れてきた。


 マリーが、おおあれだあれだと声を上げた。

 三人は洞窟の前で止まった。

 マリーは、背中に背負っていたリュックを下ろすと、中身を取り出し始めた。


「これが傷薬。これが松明。念のために5本は用意してきたの。これがマッチ」

「おいおい、用意がいいじゃん」

「そりゃ当然でしょ? あたしの夢は冒険者になることよ。こういう『ごっこ遊び』は、数多くこなしてきたわ」

「ふーん」


「まあ、説明をつづけるわね。これは、火薬瓶。何かあったときの一撃必殺アイテムよ。火をつけて、5秒後には爆発するわ。ひとり一つづつ。OK?」

 そう言っててきぱき行動するマリーの姿を、デュオとコートはただ呆然と見守るばかりだった。

 趣味もここまでいくとすごい。

「ホラ、かばんに入れなさいよ。用意ができたら探索開始よ」

 マリーは、すごく張り切っている。

 デュオとコートもしばらく顔を見合わせていたが、やがて準備を始めた。


 スリースターズ結成後、初の洞窟探検が、今始まろうとしていた。

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