第13話 遠征 1
日の光も届かない鬱蒼とした森林の中を歩く、大規模な集団の姿が見受けられた。それぞれが、白銀の甲冑に白いマントという出で立ちで、マントには黄色い竜の紋章が大きく刺繍されている。
ディース王国が誇る、最大にして最強の軍事力、ディース黄龍騎士団である。
深緑を進む集団は、二部構成になっていた。すなわち、機動力のある騎馬兵が前方に配置され、それに続くようにして後方と左右を歩兵が固める。騎馬兵と歩兵の間には若干距離が開いており、騎馬兵の機動力を最大限生かせるような陣形である。
この視界の悪い森林では、奇襲攻撃が大いに効果を発揮する。それへの対処が、この陣形では最優先に行うことができる。
「隊長」
「ん、どうした」
ふと、一人の騎馬兵が、隣を進んでいた師団長らしき男に尋ねた。
「今回の遠征は、ゴブリンを討伐することが目標だと事前に説明を受けました」
「そうだな」
「畏れながら……信じられません」
「なぜだ?」
「何故、たかがゴブリン討伐に黄龍騎士団が派遣されるのですか」
「……」
「ゴブリン程度ならば、隣国のリューゼンにでも任せておけばよいでしょう。それに、すでにここはディースよりもリューゼン王国のほうに近い」
「……」
「我々は、この森に入ってから丸二日歩き続けています。・・・ゴブリンは、こんなに深いところにまで住む習性はない」
師団長は、黙ったままだった。
「師団長、答えてください。今回の遠征が国家機密の元に――隣国の領域に勝手に侵入してまで――行われていることと、何か関係があるのですか」
「口が過ぎるぞ、リーゼック。我々の任務は、この森に住み着いたゴブリンの群れを殲滅すること。余計な事に口を出す前に、するべきことを考えろ」
「……申し訳ありません」
そう一喝されて、リーゼックは後ろへ退いた。
師団長――デュラン・ソルブレイドは、顔には出さないものの、しかし一抹の不安を抱いていた。彼の部下が言った通り、この遠征は、ただのゴブリン討伐にしては少々、国の対応が過敏過ぎている。極秘で任務を行うこと、これが上から支持された最重要の命令である。そのため、普段とは比べ物にならないほど小規模の兵力でこの遠征は行われていた。
さらに具合の悪いことに、ゴブリン討伐という事実以外のことは、彼ら黄龍騎士団には伝えられてはいなかった。騎士団は今まさに、目前の相手を闇に包めたまま戦おうとしているのである。
……馬鹿げた話だ。
そうデュランは思った。彼ですら、今回の敵はゴブリンの群れとしか聞かされていない。だが、デュランの不安を他所に、騎士団員達はさして不信がってはいなかった。ゴブリン相手、という事実が、彼らの緊張を解きほぐしていることは言うまでもない。
「隊長」
一人の軽装兵がデュランに並んだ。その後ろに続くようにして、三人の軽装兵がついてきている。
「どうやら、目的地に着いたようです」
「ああ。……しかし大きな洞穴だな」
騎馬隊の前には、いつのまにかすべてを飲み込まんとするような、大きな洞穴が広がっていた。ディース神殿の入り口に匹敵するくらいの大きさだ。騎馬隊はみな馬を止め、その光景に我を忘れていた。愚者を待ちわびていたように開いた口の中には、底知れぬ闇が渦巻いている。
「よし、後続する歩兵隊に伝えろ。目的地に着いた。中は広いが、室内戦用の装備に切り替えてから突入すること。先頭部隊が洞窟の壁に松明をかけてゆく。中では何が起こるかわからん。細心の注意を払え」
わかりましたと言うと、軽装歩兵達は、すばやく歩兵部隊の元へと走っていった。騎馬隊たちは馬を下り、隊員達と陣形を組む。
そして、一向は闇の中へとその姿を消していった。
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