第12話 思惑

 王城ディース城。


 今は、瞬く星と共に、銀色に輝く満月をその背に背負うこの壮大な城の中に、ひときわ静かな雰囲気を醸し出している部屋があった。会議室である。


 室内の中央には、大きな円状のテーブルがあり。その円卓を取り囲むようにして、少数の騎士、貴族、魔道士が座っていた。

その数9人。


 普段この会議室は、大勢の人間が集まるところなのだが、今は事情が違うらしい。この部屋で、いつもとはただならぬ雰囲気を感じているのは、議長だけではないようだ。


「結局のところ、何が言いたいのだ。バルトーア卿」


 議長と思しき人物が、重々しく口を開いた。話を振られたその男――白髪の髪をオールバックにまとめ、片眼鏡をかけた老騎士――は、机の上に組んだ両手を乗せ、静かに、だが重みのある声で言った。


「『鍵』を使い、魔海の封印を最優先と考えるべき、と申し上げている」

 ふんっといらだたしそうに、三人の魔道士のうちの一人が言った。

「黄龍騎士団の団長ともあろう方が、魔海に恐れをなしたか」

「なんだと!?」


 老騎士の両脇に並んでいた男女二人の騎士のうち、男の方が食ってかかる。

「よせ」

「……申し訳ありません」


 だが団長にたしなめられると、魔道士を睨みつけ、席に着いた。

 魔道士側の三人、そのうちの一人が言う。


「魔海……あの絶大な魔力場は、確かにまだ未知数の危険をはらんでいる。だが、それだけに強力な力を包括するものでもある。ディースの結界が破られぬ以上は、我々魔法庁があの力場についての研究を重ね」


「ことが起きてからでは遅いのだよ」


 話をさえぎって、老騎士が続ける。


「なにも『鍵』を行使しろとは言っていない。しかるべき手段で封印を掛けなおすべきだ。…そのための魔法庁であろう。今更になって魔海を研究対象として見るのか?  神の力を継承したそなたらが、自らの力にメスをいれるのか?  答えろ、ネーブルファイン」

 

 そう言われて、魔道士側の長――ラスタバン・ネーブルファインは、穏やかな顔を崩すことなく口を開く。


「ふむ。確かにそなたの言うことも一理あるよ、バルムス」

 大魔道士は続ける。

「神の力を疑っているわけではない。じゃが曖昧模糊とした言葉が蔓延するのもまた」


「論点をそらすな」

「いいや、バルムス。これは本質じゃ。人を幸福にできないで、何が神の力か。魔海は、全ての源じゃ。神も、魔法も、全てはそこにある。それを研究することに、一体なんの罪悪がある。この一万年で、人間は進歩したよ、バルムス。魔海の研究も、徐々にじゃが、進みつつある。  もう魔海なんぞに恐怖することなどはない、ということを人は知るべきじゃ」


 くだらん詭弁だな、とバルムスは一蹴して言う。


「では聞こう。報告でしかその全貌は伝えられていないが、今、ディースや隣国のリューゼンで生まれているもの。あれが何だか貴公らはお忘れか? 神殿の結界が破られない? お粗末だな、魔法庁。絶望的なの間悪さと偶然が一致して、結界は見事にやぶられ、魔海の瘴気はあっという間の速度で周辺に広がったぞ」


「修復は完了した! それに弱体化した結解を破った集団も、現在捜索している!」


 魔道士が叫ぶ。


「黙れ。ことが起こってからでは遅いということが、まだわからんか。

 今、極秘に黄龍を向かわせておる。そなたらの意見を聞きいれ、彼らが何と戦おうとしているかということも、もはや正確には伝えられていない。この上でもし何かが起こってみろ。ただでは済まさんぞ」


 老騎士の言葉に、魔道士はひるんだ。

 ラスタバンは、ふーっと深く息を吐いた。


 会議が決裂であることは、誰の目にも明らかだった。




☆   ☆   ☆





 会議が終了し、誰もいなくなった頃。その部屋に、未だに二人の人間の姿が残っていた。

 黄龍騎士団長バルムス・バルトーアと、魔法庁長官ラスタバン・ネーブルファインである。


「……お前のあの意見、あれは本心か」


「正直に言おう。わしの意見ではない。魔法庁の大半を占める意見を代弁したものに過ぎん。今、庁内が割れておる」


「……神の手を超えるか、封印をするか、ということか」


「そうじゃ。内部の人間は、それぞれ『革新派』と『保守派』というふうに区別して呼んでいるが。わしがあの場でああ言わなかったら、わし自身が魔法庁を追い出されてしまう。それだけは避けたい。わかってくれるか」


「それは重々承知している。魔法庁の無能な役人どもは、お前の本心など知らずに、お前を罷免しただろうな。それは今は不利益にしかならん」


「なぜ『革新派』なんぞという集団が出てきたと思う? じつに自然な成り行きじゃよ。……魔海を封印する手立てが、いまだ発明されておらんのじゃ。にもかかわらず、魔海を研究すること――強力な魔力場を制御し、その構造を推し量ること―――は意外とたやすくできるようになってしまった。それが、対立の原因じゃ。叶いもせぬ望みをかけて、魔海を封印するより、それを研究して利益を得る。こちらのほうがオトクじゃからのう」


 ラスタバンはそう言って、自嘲した。


「……鍵は、どうした」


 黙って聞いていたバルムスが、つぶやくように言った。


「……そのセリフ、二度とわしの目の前で吐くな」


 途端にラスタバンが、普段の温和な顔つきからは想像もつかないほどの険しい顔を露わにする。


 その表情は、怒りとも悲しみともつかない。


 推して量れない。


「……そうか」


 ややあって、バルムスが続ける。


「黄龍騎士団勢力も二つに割れている。魔法庁の人間が、騎士団員に取り入ったのだ。……魔海の研究は、国力の絶大な増幅にもつながる」


「魔海を、兵器として使う、か……。馬鹿げた話じゃよ。国を守ることと、国を侵略することは違う」

「早々に手を打たねば、封印がとかれてしまうだろうな」

「……。あの場ではあれだけの気を吐いたが、魔海の内部構造を研究といっても、未だ全体の数万分の一すら解明されていないじゃろう。

 封印が解かれたら、か」

「ふっ、神が姿を見せるやも知れんぞ……」

 バルムスが皮肉めいて、そう言った。

「ファラ、か」


 ラスタバンはそう言って、ため息をついた。


 夜空には、ちりばめられた群れ星が、ただこうこうと照るばかり。

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