第10話 三つの星 1

「こんにちはー」

「デュオ君!? どうしたんだその傷!!」


 ドアが音をたて、満身創痍のデュオが入ってきたのでマスターは驚いた。

「あら、いい店じゃない」

 ん? と思ってマスターが目をやると、デュオの後方からおさげの女の子と、金髪の少年が続いてくる。

 マリー・ソルブレイドと、コート・ホイットニーである。

「さっきの……衝突記念に飲みなおすのかい?」


 マスターがおどけて尋ねると、デュオは「まあそんな感じかな」と笑って言い、席を見つけて2人に座るよう促した。


 3人がぶつかった後、一人遅れて目を覚ましたデュオは、自分の目の前に覗き込むような顔が二つあって、びっくりした。二人のうち、女の子の方が(かなり美人だ、とデュオは一瞬気を取られた)「ああ、起きてくれた」と言って手を差し伸べ、デュオが起き上がるのを助けると、言った。


「ねぇ、ここでぶつかった記念に、三人でお茶しない?」

 どーゆう記念だそりゃ、とデュオは思ったが、金髪の少年の方も同じ気持ちらしかった。

「ああ。そこの喫茶店でさあ。お金ない?」

 聞かれたのでデュオは、いえ、お金は心配しなくても……と口を濁したが、女の子は目を輝かせて、

「んじゃあ、決まり決まり!! とっとと行きましょ!」

 強引にデュオの腕を引っ張ったので、ついてゆくしかなかった。

 そして、再び同じ店に来ることとなったのである。


「で、お前らどの位強いんだ?」

 細身の体通りの、少し高めの声でコートが聞いた。

 なにコイツ、とマリーは思った。初対面の相手に、いきなりの歯に衣着せぬ物言いである。

 いきなりケンカ!? とデュオは困惑した。

 しかしマリーは気を取り直してコホンと咳払いを一つすると、言った。


「とりあえず、初めて会ったんだし、みんな自己紹介すべきだわ。あたしは、マリー・ソルブレイド」

「ソルブレイド!? あの名門の」

 デュオは驚いた。

「ソルブレイドのお嬢さんだったのか・・・剣のソルブレイドと言うけど、まさか女の子にまで剣術仕込んでるとはね・・・大丈夫か?」

 コートは毒づいた。だがマリーは気にしないといった風に返す。


「あら、腕は本物よ?」


 剣の実力に本当に自信があるからこそ、些細な言葉などは気にならないのだろう。

 なるほどね、とコートは思った。そしてジュースを口に運んでのどを潤すと、言った。


「俺はコート。コート・ホイットニーだ。貧民街で暮らしてる。得意なのは体術だ」

「体術って・・・今どき効率悪いわねぇ」

 マリーがお返しとばかりにつぶやく。

 余計なお世話だと笑いながらコートが言った。

「貧民街で暮らしてるんですか……」


 デュオが言った。あまりいいイメージはわかない。

「まあな。それより次はお前の番だぜ? 魔法使い君」

 言われて、今はローブも着ていないのにどうしてそんなことわかるんだろうとデュオは思ったが、今はそんなこと考えている場合ではない。


「僕は、デュオ。デュオ・ネーブルファインといいます。魔法学校に在籍してます」

「え、もしかして、セイラムズ・ガーデン!?」


 驚いて言ったのはマリーだ。コートはそんなの聞いたこともない、といった表情で尋ねた。

「なんだいその、なんちゃらガーデンは」

 知らないの!? と言ってマリーはコートを見る。

 これからあんたのあだ名は生きた化石よと言わんばかりの表情を浮かべると、マリーは説明した。

「セイラムズ・ガーデンっていうのは、国立魔法学校のことよ。・・・あんた学校って知ってる?」

 マリーにからかれて、コートはなめんなよと一言。


「で、重要なのは、ここが世界中で一番頭のいい魔法学校ってことなのよ」

「へえー! じゃあ、デュオはかなり頭のキレる大魔道士ってわけなんだな」

 デュオの方を向いて、コートは眉を上げながら言った。

 デュオは、実は自分が魔法を使えないなんてことは死んでも言えないと思った。

「そうよ。私たちは金の卵を拾ったようなモンなのよ」

 マリーが熱く語るのを見て、デュオは、自分が長らく聞きたかったことを尋ねた。

「あの、皆さんなんでそんな物騒な話をしてるんですか? 剣が得意とか、格闘が得意とか」

「君は、攻撃魔法が得意なんでしょ?」

 ええ!? とデュオは思った。どうでもいいことだが、マスターは我関せずの顔だ。


「ぶつかった時、君が攻撃魔法の本を持ってたのを見たのよ」

 ね、とマリーはコートを見た。コートもそうそう、といった風に頷く。完璧に勘違いをしていた。デュオは、本の著者・スタウト・デリーニを激しく呪った。


「でね、ここからが本題。君さ、ディースの武闘会に出てみる気ない?」

「え……」


 デュオは、突拍子もないセリフに、言葉を詰まらせた。

「実は俺たちさ……」


 コートのその言葉を皮切りに、彼とマリーは語り始めた。

 二人とも、今回の大会が団体戦になっていたことに気づかず、仲間を探していたということ。


 マリーは冒険者として旅をするための資金を集めるため、コートは賞金を手に入れて貧民街の人々を元の生活に戻すため、というそれぞれ必死にならざるを得ない事情があったということ。


 そして二人がディース神殿ですれ違ったことを思い出し、お互いがお互いを追いかけていたところにデュオが偶然現れたということ。


 しかも所持していた本から攻撃魔法の使い手だと分かったので、仲間に誘うことにした、ということ。


「そうだったんですか……」

 デュオは言いながら、なんたる偶然だろうと驚いていた。

 自分も大会に出たくて、仲間が欲しくて、それができないとわかった矢先に2人と出会ったわけなのだから。


「どうよ、デュオ。俺らといっちょやってみる気ないか?」

 陽気な顔をしてコートが聞いた。

 彼の三白眼を見て、うわ悪人相だなーと最初デュオは思ったが、こうしてみるとこれはこれで愛想がある。デュオは、しばらく黙って考えてみたが、断る理由が見つからなかった。大会の準備でしばらく家に戻ってこないおじいちゃんには、自分が大会に出ることなんて報告できないけれど、きっと許してくれるだろう。武闘会といっても、それほど危険な目にあうようなものではないからだ。


「わかりました。僕も、チームに入れてください」


 デュオが、決心したように言った。

 聞いて、マリーとコートは顔を見合わせると、「「よしっ」」と声を重ねた。

 だがマリーは、ちょっと待ってとデュオに尋ねた。


「頼んでおいてなんだけど、デュオはどうして私たちと大会に出場することにしたの?」


 コートがそういえばそうだな、とつぶやく。デュオは答えた。


「僕は、おじいちゃんみたいな魔法使いになりたいんです。大会では、普段では見られないような危険な魔法が見られるそうですから、それを見て、少しでも自分の研究に役立てたいと思ってます」


 コートは、黙ってジュースを飲んでいる。マリーはふんふんと耳を傾けていた。


「実は、ついさっきまで観戦用のチケットを持ってたんです。それをなくしちゃって。でも、大会の予選に参加できれば、魔法は見られるということを聞いて僕も参加したいなあと思っていたんです。」


 お前それはおしいことしたなーとコートが苦笑いしながら言った。

 マリーがやめなさいよとたしなめた。デュオは続ける。


「そう思ってた時でした。マリーさんとコートさんに出会ったんです。すごい偶然だと、はっきりいって驚きました。だから、その、僕も大会に参加するつもりは十分あったんです」

 マリーは頷きながら、なるほどねとつぶやく。そしてデュオに言った。

「デュオ君の気持ちはわかったわ。でも、「さん」づけはやめてよ。あと、敬語も。あたしのことは気軽に、マリーって呼んで。あたし達はもう一蓮托生の仲なんだから」


 コートは早ッ! とか思ったが、口には出さずに黙って聞いていた。

 デュオは、わかりました……いや、わかった……と、恥ずかしそうに答える。


「あとね、参加したからには、優勝する!! そんくらいの気持ちでいましょうよ。そうじゃなきゃ、勝てる勝負も勝てなくなっちゃうわ」


 それもそうですね、いや、そうだねとデュオは笑いながら言った。

 そこで思い出したようにマリーがみんなに聞いた。

「ねね、チーム名どうしよっか!?」


 黙々とジュースを飲んでいたコートであったが、それを待ってたんだと言った。


ところが次には「ここは優秀な頭脳をもつ坊ちゃまに聞いてやろうじゃない」と意地の悪い視線を二人に向けられ、デュオは顔を引きつらせた。しかしそこは世界最高峰の学校で学ぶ学生である。

 少し考えたあと、そうだ! と叫んで言った。


「スリースターズ」


 神明語である。日常生活でも多々見かけることはあるが、それでも二人には説明が必要であろう。そうデュオが思っていると、案の定、二人はその意味を尋ねてきた。


「スリーは、3を表す神明文字なんだ。スターは、星を表す。ズをつけると、スターに複数の感覚が生まれることになるから……」

「3つの星……ってことかい?」

「そう。星は・・・まあ、僕達のことだよ」


 デュオは照れながら言った。

 二人はしばらくスリースターズ……スリースターズ……とうわ言のように繰り返していたが、やがて口元を嬉しそうに歪めて、

「いい! これがいいよ! スリースターズ!」

「ああ、かっこいい!! スリースターズ!」

 デュオはえへへといいながら、頭をぽりぽりと掻いた。

「じゃあ、スリースターズで決まりだな!!」

 コートが嬉しそうに言う。


「リーダーはどうするの?」

 デュオが尋ねる。

「そりゃ、マリーだろ」

「なんでよ!」

「押しが強そう」

「……」

 現に押しの強いマリーは、黙りこくった。


「でも、僕もマリーをリーダーに推薦したいな。リーダーって言うのはみんなをひっぱっていくものだから、マリーは適任だと思う」

 デュオにそういわれたので、さすがのマリーもしょうがないわねといった表情を浮かべ、「わかったわよ……そのかわり、あたしをリーダーにしたからには、こき使ってやるからね~!」


 言って、マリーは笑った。

 つられてコートもデュオも、笑った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る