第9話 運命の日 2

南方からディース神殿へと通じる一本の大通りがある。この通りを「アルサンドラ通り」と呼んだ。そこに被さるようにして、一つの大通りが交差していた。この通りが俗に言う「レキセイル通り」であり、この通りにディース一の商店街が存在した。


 この大きな通りは商店街と言うだけあって、路店やら商店やらがずらりと立ち並んでいる。休日ともなれば人で一杯になるから、視界は相当悪い。よって、この2つの街道の交差点は、昔から人と人との衝突事故が頻繁に起こった。


 ところが、時代が過ぎ行くうち、どこをどう考え付いたのかはあずかり知るところではないが、「この交差点で人が衝突するところを見たカップルは、末永く結ばれる」という迷信が流行りだしたのである。以来、この交差点は「恋のサザンクロス」という凄まじい俗称がつき、人々から変に親しまれていた。


 太陽がその軌道の頂点に達し、人々が忙しなく行き交うこの通りを、一組の若いカップルが憂いを湛えながら歩いていた。



 ふと、男が歩みを止める。



「なあ、やり直せないのか」

 男が、短く言う。

「……無理よ。あれだけあたしの心を振り回しておいて、よくも今更」


「だから!!」


 女の返答を、男は悲壮な顔をして一蹴する。


「カミラとはもう別れたんだ!! これっぽっちの未練も無い!!」


「別れたって!」


 女も果敢に応戦する。


「あなたが私を裏切った事実は……変わらないのよ」


 男は、やりきれない表情で唇を噛んだ。


 そのようすを横目でこっそり見ていた買い物中のおばちゃん方が、口をそろえて「修羅場よ」「修羅場ね」と神妙な顔でこくりこくりと頷きあっていたことを、このカップルは知る由も無い。


 カップルは再び、歩みを進め始めた。




☆   ☆   ☆





 金髪で目をぎらぎらさせた少年が、ディース神殿の方角から、アルサンドラ通りをえも言えぬスピードで駆け抜けていた。



(頼む、間に合ってくれ!!)



 小さな、しかし心からの叫び声が口の中から漏れる。だが必死の願いもむなしく、まだ赤毛の少女はその目に入ってこない。

 通り過ぎてゆく人々が、おわっとかきゃっとか言って、一陣の風が吹いていった方向を唖然として見送る。

 凄まじいスピードだった。

 やがてレキセイル通りに差し掛かる。アルサンドラ通りをこのまままっすぐ行けば貧民街。右手に行っても商店街の終わりがあるだけで、住宅街はまた逆の方向である。つまり、少女はレキセイル通りを左に行ったに違いなかった。


 そして、


 レキセイル通りに入るために急カーブをかけた、


 正にその時。




☆   ☆   ☆





 マリーは、走るのを決してやめなかった。



 考えてみれば、あの少年ともし幸運にもめぐり会えたとしても、それでもメンバーは2人にしかならない。そのまま3人目が見つからなかったとしたら……やはり大会出場はできなくなる。


 だが。


 マリーはうすうす気づいていた。おそらく、3人目もすぐに見つかるということに。

 根拠は無い。女の感だった。

 だからこそ、走るのをやめはしなかった。

 先ほどぶらついていた商店街が見えてくる。

 少年がまだディース神殿にいるとは思えなかったが、当ても無く走りまくるよりはましだ。少年がいなかったとしても、ディース神殿には先ほどの受付官がいる。彼がいつごろここを離れたのかくらいは聞けるはずだ。


   あきらめるのは、それからだ。


 考えているうちに、商店街も終わりに近付いてきた。


 ここからディース神殿へ向かうには、アルサンドラ通りを北上するしかない。目標はすぐそこだ。そうして、レキセイル通りとアルサンドラ通りを結ぶ交差点が見えてきた。人が一杯いて視界が悪かったが、気にしている暇は無い。



 そしてラストスパートとばかりに、さらにスピードを上げて急カーブをかけようとした、

 正にその時。




☆   ☆   ☆





「僕って友達づきあい狭いんです」


 あちゃあ、とマスターは思った。隣のおじさんも気持ちは同じだったらしい。すまなそうにしている。デュオは、席を立つと本の入った袋を担いで、「読むかも」と思ってカウンターに出しておいた「スタウト・デリーニ著 実践・攻撃魔法で戦う」を手に持って言った。


「マスター、ありがとうございました……。なんか、今日こそ魔法ができるような気がします」

 とてもそうは見えなかった。

 マスターはなんとも形容しがたい表情を浮かべると、お代を受け取って、また来てねと小さくつぶやいた。ドアの開く音がして、いかにもがっくりとした背中を向けて、少年が出て行った。


「……逆効果でしたかね」

 そうつぶやいて、マスターは席についていたおじさんと目を合わせる。



 そして彼が、出て行ったデュオの方へもう一度視線を投げかけた、


 正にその時、




☆   ☆   ☆





 若いカップルは、ただひたすら歩いていた。


 男はもう、弁解する余地もなく、じりじりと迫ってくる別れの時をただ、待つばかりだった。やがて、二人の足は、交差点に差し掛かる。


 思えば、彼女と初めて出会ったのもこの場所だった。郵便夫のアルバイトをしていた男は、この極めて視界の悪い交差点で彼女にぶつかり、洋服を汚してしまったのだ。


 それが二人が出会うきっかけだった。

 

 彼女との思い出が、走馬灯のように彼の頭の中をよぎる。そしてもう諦めるしかないのだと決心し、分かれのセリフを切り出そうとした瞬間、ふと、彼女が歩みを止めた。


 ねえあれ見てと声をかける。

 男は不思議に思って彼女の指す方向を見た。

 

 アルサンドラ通りを、ディース神殿方面から、一人の少年が風のようにこちらに向かってくる。


「あ、あっちを見てくれ」


 今度は彼が、レキセイル通りの商店街、その終点のあたりを指差した。

 剣をその背に携えた赤毛の女の子が、その顔に「必死」の2文字を浮かべながら走ってきていた。


 少年も少女も、交差点に向かい、徐々にその距離を縮めてゆく。

 うわぶつかる! と二人が思ったとき、さらに交差点に面した喫茶店のドアから、青い髪をしたあどけない顔をした少年がふらりと出てきた。


 金髪の少年は、いきなり目の前に現れた青いものと、そのすぐ後ろの少女を見て、うわぶつかると思って目をつぶった。


 赤毛の少女は、いきなり目の前に現れた眼鏡と、そのすぐ後ろの少年を見て、こりゃだめだと思って目をつぶった。


 青毛の少年は、前方で口をあんぐり空けながら自分を見ているカップルの姿を見て、顔になんか付いてるのかなと呑気なことを思うまもなく、


 両サイドから圧迫されていった。


 次の瞬間、盛大な音が辺りに響き渡り、三人がふっとんだ。


「こ、恋のサザンクロスだわ……」「何言ってんだよ。おい、大丈夫か!」カップルが走り寄って声をかける。


「いってえー……」金髪の少年が呻く。


「あたたたた……」赤毛の少女が頭を押さえて起き上がる。


「……」青い髪の毛の少年は、未だに倒れたままだ。彼が一番甚大な被害を被っていた。

 だが次の瞬間、倒れている青毛の男の子を挟んで少年と少女が向き合って、思い出した様に


 「「あっ」」


 声を上げた。

 同時にうーんと下のほうで唸り声が聞こえたので、二人はそちらに目を向けた。眼鏡をかけた少年はその腕に本を抱えていて、表紙は「スタウト・デリーニ著 実践・攻撃魔法で戦う」と読めた。


(魔法使いだ……!)


 2人は全く同じことを考えた。

 やがて、青毛の少年も目を覚まし、空ろな目で金髪の少年と、剣を背負った赤毛の少女の姿を認識した。


 お互いを見つめあう3人。


 運命の歯車が、軋みをあげて動き出した。

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