第7話 コート・ホイットニー 2


「これはすごい!」


 コートとイリアの向かい側に座りながら、彫像を見たジェフは、感嘆の声を漏らした。

「でしょう? お兄ちゃんだってやるときゃやるのよ」

 イリアが、胸を張って自慢する。

「なあ、これ売ったら幾ら位になるだろう」

 真剣な表情をしたコートが、ジェフに尋ねた。


「ふーん……そうじゃの、10万はかたいのう」

「10万か……」

 100万とかを期待していたコートは、少し落胆した。しかしこの彫像は、コートがこれまで盗んできた得物のなかでは間違いなく一番高価だ。


「これからそれを金に換えて、貧民街のみんなに配るわけだけど・・・それでも少ないな」

「そうじゃな、大体一人当たり1000ガロンってところじゃろう」


 ギルドに入っていれば、情報収集の点で利が得られ、団体行動での仕事ができるようになる。しかし取り分は貧民街全体で分け合う、というのがジェフが定めた決まりであった。結果として貧民街では、盗賊ギルドはかけがえの無い存在であり、尊敬と憧憬の的となっている。


「だがの、個人で働いた結果としてみれば、ギルド結成以来初の最高金額じゃ。よくやったぞ、コート。わしの目は間違っておらんかった」

 コートはへへっと笑うと、顔を下に向けた。照れ屋なのである。

 同じようにイリアが照れて笑っているのを横目で見てコートは「なんでお前が照れんだよ」小突いた。イリアが頭を押さえながら、いいじゃないようと言って拗ねる。


 その様子を見て目じりに皺を寄せていたジェフが言った。

「お前の足は、この世にまたとない黄金の足じゃ。大事にせえよ」

 コートは、はいと応えると、自分の足をいたわる様にぽんと叩いた。


 コートにとっては、走ることが唯一の取り柄だ。そしてその足は、鬼のように速かった。前に一度、ディース神殿を一周してそのタイムを計ったことがある。ジェフはそのタイムを見て驚愕したのを今も覚えている。5分、であった。ちなみにどんなに屈強な若者でも、あれを一周するには、全速でも10分はかかるだろう。今朝の逃走劇でも見られたとおり、そのスピードは、人ごみでも決して劣ることはなかった。コート自身も、はじめは自分の才能に当惑したものだったが、今ではもう立派な飯種だ。


「実はの、コートよ。今日はまた別の話があってここに来たのじゃ」

「? なんかあったのかい?」

「ふむ・・・。一週間後にディース神殿で武闘大会が開かれることは知っておろうな?」

「ああ。」


 世界でも有名な祭典だと聞いたことがある。なんで神殿で殴りあいすんのかねえとコートは常々思っていたが、ディースは戦神であるから問題はない、というのが神殿側の主張だった。安易といえば安易である。

 ジェフが続ける。


「話というのは他でもない。お前にその武闘会に出てもらいたいのじゃ。」

「はー!? なに無茶なこといってるんだよ、あそこは、」

「いや、おまえが貧民街において死に物狂いで身につけた実力は、まがい物なんかではないぞい。わしが一番よく知っておる。この3年で、お前は・・・お前のその足と体術は、他とは比べ物にならんほどにまで洗練された」


 コートに体術を仕込んだのは、ジェフだ。貧民街では、まず己を守れることが絶対に必要だからだ。ジェフは他の盗賊たちにも護身術を教えているが、コートに並ぶ者は皆無である。軽やかな身のこなしで、攻撃すら軽くかわされるのに、反則的な威力の蹴りが飛んでくるものだから敵わない。コートの蹴りを喰らって、立ち上がれたものはまずいなかった。


「武闘会へ行って、勝って来い。わしも若い頃何度か出場したが確かに、楽に勝たせてはくれんかった」

「だったら」

「いや、しかしお前は別なのじゃ。いまでは、盗賊のギルドなんぞをまとめておるわしも、かつてお前ほど強くはなかった」

 彼がここまで言うのだ。おそらく自分に大きな期待を寄せているのは本当であろう。


「優勝賞金は、一千万ガロンじゃ」

「一千万!?」


 今までおとなしく二人の会話を聞いていたイリアが大きく声を上げる。

 コートの顔つきも変わる。その金があれば・・・

「そうじゃ。貧民街の衆も、それを元手にして、もとの生活に戻れるやもしれん」

 一人当たりおよそ10万ガロンが分配されることになるのだ。贅沢を言わなければ、十分足りる金である。

 コートはやがて、決心したように頷くと言った。

「わかった。参加しよう」

 なによりコートを動かしたのは、自分を信頼してくれるジェフの心であった。


「うむ。頼んだぞい。……三年前もわしの門下を参加させてみたんじゃが、予選すら通過しなくてのう」

 言って、ジェフは失笑する。

「早速で悪いが、今日からもう受付がはじまっとる。早めに行っといたらどうじゃ」

「わかった。そうするよ」

「それでは、わしもお暇するかのう。イリアちゃん、またの」

「んじゃイリア、俺行ってくっから」

 そう言ってジェフとコートは席を立った。


「うん。二人とも行ってらっしゃい。お兄ちゃん、家のことは心配ないからね」

 イリアはいつもおなじみのセリフを言い、コートは安心したように手を振った。コートが出かけるときは必ずこう言って送り出すのが、この少女の常である。


 ドアが開き、話をしながら老人と少年は家をあとにする。


 二人が出て行った後、イリアは、おんぼろで殺風景な、それでも変に懐かしみのある部屋を見渡し、あるところでその目を留めた。それに向かって元気そうに微笑むと、家事をするため別の部屋へと消えていく。


 さきほど少女が目を向けた先には、写真におさめられた美しい女性が、静かな笑みを湛えていた。




☆   ☆   ☆





「はー!?」


 コートは、受付官の説明を聞き、呆気にとられた。


「いや、ですからね、ほらここに書いてあるでしょう。『レイ17年における国王主催武闘大会はチーム形式団体戦の方式を採用いたします』ね? ……これ、今の女の子にも説明したばっかりですね」

 本日付けで参加を思い立ったコートに、そんなことは知る由もなかった。

「え、じゃあ一人じゃ参加はできないってことかい?」

 コートは尋ねる。

「ええ。それは当然。・・・ちなみにどうして団体戦形式になったのかもお教えしましょうか?」

 中年で神官服をまとった男の言葉に、しかしコートは首を横に振る。

「それはいい。・・・まいったな」

「でもまあ、まだ受付始まって間もないですから、2人連れてここにくるのだって、そう難しいことではないと思いますが」


 そっかあといいながらコートは、受付の真向かいにあった椅子に座り、闘技場へと続く螺旋階段を眺めながら考えた。それを見て受付官は、自分の机の書類を片付け始めた。

 確かに、ギルドの連中を引っ張り出しても来れよう。

 だが問題は奴らの、強さの質があまり良くないことであった。

 ジェフの言うとおり、ギルドで一番……純粋に体術だけを取ってみればの話だが……強いのはコートである。彼は今まで、イリアを守るときのことを常に念頭に入れて、体術に励んできた。だがギルドの連中は、あくまで追われた時、からまれた時に対処できるように、という心構えでしか(彼らは盗賊であって格闘家ではないから、それで十分なのだが)ジェフに教えを請うていない。そこにコートと他の連中の、技の伸びの差が明確に表れてきている。


 したがってコートは、ギルドの連中からこの大会への選手を引き抜くのは、酷だと悟った。


 そのまま時間ばかりが無駄に過ぎ……

(くそっ、どーすりゃいいんだ!)

 と、髪の毛をかきむしりながら毒づいた。


 しかし次の瞬間、コートはあることに気が付いた。

 先ほど自分の前に並んでいた女も……剣を背負っていた、あのうるさいおさげの女……確か仲間が足りないから参加できないとか言っていた。ならば……


 思うより早く、コートは走り始めていた。

 今ならまだ、間に合うかもしれない。いや、間に合ってみせる。


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