第5話 マリー・ソルブレイド 2
「な……な……なんですってーッ!?」
太陽も燦々と照り始めた真昼、どこからともなく絶叫がこだました。
ここはディース神殿。変に緊張してしまい早めに眠つけなかったマリーが目を覚ましたとき、すでに日は昇りきっていた。髪も整えずにそのまま神殿へ直行したのだが、マリーを待っていたのは愕然とするような事実だった。
後ろに並んでいた少年が、迷惑そうに咳払いをした。受付の人が耳を塞ぐのをやめ、書類を取り出した。
「だってほら、ここに書いてあるじゃないですか。『レイ17年における国王主催武闘大会はチーム形式団体戦の方式を採用いたします』……ほらね? あ、ちなみにレイ17年は今年です」
そんなパンフレットあったの? と言わんばかりにマリーは愕然とした。
「何で個人競技じゃなくなっちゃったのよ」
「それが……」
受付官……神官服を纏った中年の男性は言った。
確かに個人同士の力を純粋に試しあうのもそれはそれで面白い。しかし、より戦略的要素が含まれるのは明らかに団体戦である。この場合、雌雄を決するのは、個人の力量だけではなくなるから、どちらが勝つか分からなくなる。
一番の理由はここである。実力の低い者も、戦略しだいで大いに役に立つ。チーム全体の団結力も試されることだし、こちらのほうが面白いだろう、と運営委員会は考えたわけだ。かねてから「伝統を覆す」として神殿側から却下され続けてきたこの提案だが、今回やっと、神殿側を丸め込んだらしい。
どうせならもっと他のことに頭使えよとマリーは思ったが、嘆いても始まらなかった。じゃあどーすりゃ参加できんのよ、と言って受付官を睨み付ける。
「とりあえず、あと二人、お友達を連れてきてください」
別段気にする風もなく、パンフレットを見ながら受付官は続けた。
「3対3の団体戦ってわけね?」
「そうです。三人揃ってここにこなければ、参加希望用紙に認印は押せませんから。ちなみに、参加年齢は12歳以上ですからそのつもりで」
「ふーん、それは前回とおんなじね」
「ええ、そうみたいです」
よろしければどうぞ、と言って受付官はパンフレットを差し出した。マリーは一応礼を言い、受け取った。
「まだ受付締め切り日まで時間はあります。焦らなくても大丈夫ですよ、お嬢さん」
「……」
考えて、マリーは、それもそうかなと思った。腹ばかり立てたって、損するだけだ。
「そうね。なんとか3人揃えて見せるわ。ありがとう」
「いいえ、こちらこそ」
言うと、マリーは後ろを振り向いた。先ほどの少年がこちらを見ていたが、お互い気にすることなくすれ違った。
後ろの少年は、武闘会に参加したいんだけど、と受付に話している。「残念、一人じゃエントリーできないのよ」マリーは内心でほくそ笑みつぶやく。しかし歩みを進めつつも、これから誰を誘えばいいんだろう、と迷っていた。
剣術仲間は武闘会に出るって言ってたけど、もうすでに仲間を組んでいるのだろうか。チームが団体戦になったという話を、誰も自分に持ちかけてこなかったのは何故なのかが気になったが、考えて思い当たる。
(そうか、あたしが大会に出場することを当然のごとく振舞っていたもんだから、あいつらも勘違いしていたんだ)
まいったな……とつぶやきながらも外にでたマリーは、しかしあきらめることなく走った。いま道場に行けば、もしかしたら、まだチームを組んでない子も居るかもしれない。
広場を走りぬけようとしたその時、マリーの目の端に、よく知った顔が映った。驚いて振り向き、後ろを歩いていた3人組に声をかける。3人とも腰に木刀を下げていた。間違いない。
「ハッシュ!」
3人のうち、声をかけられた長髪の少年がこちらを向いて、応えた。
「あ、マリーだ」
え、どこどこ、といった風に他の2人が顔を動かす。
「ルシア! レン! ここよ、ここ!!」
マリーがやっと追いつくと、
「お前どうしたのこんなところで」
短い髪を、真っ赤にそめた少年が聞いた。一見すると不良のような顔。その通りのぶっきらぼうな声だった。マリーが彼に向かって言う。
「受付に行くんでしょ? レン」
ああ、ときょとんとした表情でレンが頷いた。「マリーはもう行ったんでしょ」と、短髪のボーイッシュな女の子が声をかける。だが彼女の大きな目にうなだれるマリーの顔が映ったので、驚いて問い直した。
「行ってないの!? どうして!」
「実は……」
マリーは事情を説明した。説明し終わると、間抜けにもほどがあるわよと悔しそうにつぶやいて、また顔を下に向けた。
しばらく彼女の耳には、広場に響く噴水の音しか聞こえなかった。
「それは困ったな」
ハッシュが深刻そうに言った。
てっきりお前は他の誰かと組んでるのかと思ったぜ、とレンが続く。
「他のみんなは? まだチームを組んでない子もいるわよね?」
マリーは、今この世で一番聞きたいことを尋ねた。
しかし、ハッシュは残念そうに首を振った。
「剣術道場の子達はみんな組んじゃってるよ。……といっても、師匠に大会出場を認められた門下生の数なんて、限られてるからなあ。そうじゃないのを連れてくるのはご法度だし……」
「なるほどね・・・」
マリーはつぶやいた。
どうやら大会に出るのは、絶望的らしい。
と、マリーが顔をあげる。いつまでもこの3人を引き止めて迷惑をかけてはいられない。やがて3人に、明るく言い放った。
「まあ、まだダメだと決まったわけじゃあないわ。その気になったらオヤジ引っ張り出してきても参加してみせるから。勝手に引き止めてゴメンね。じゃ!」
一気にそう言うと、マリーは駈けだしていった。
マリーが去っていったあと、
「なんでアイツはいつも肝心なところでああなんだッ!?」
レンが毒づいた。怒りと悔しさが混じりあったような、複雑な表情だ。
「マリー……」
ルシアがつぶやく。
暗い顔をしていたが、気を取り直したハッシュが二人に言った。
「ここでぼやいててもしょうがない。マリーは……マリーだったら、なんとかするだろう。とりあえず僕たちは、早く受付へ行こう」
それにとりあえず同意の意を表すと、一行はしぶしぶとディース神殿へと向かった。
☆ ☆ ☆
商店街辺りまでいったところで、マリーは走るのをやめた。
その頬は涙で濡れていた。
目は霞んでいてよく見えない。
みんなに涙を見せるのだけは、嫌だった。
自分の馬鹿さ加減にあきれると同時に、今までの稽古が、無に終わってしまったような無気力感が一気に襲ってくる。
涙を拭くと、マリーは、歩きながら思った。
泣いていても始まらないな。
いくら強がっても、まだ内の脆さを隠しきれないこの少女は、どんなに辛いことがあろうとも、こう考えて耐えようとする。
そこが健気にも、哀れなところだった。
周りに目をやると、賑やかな商店街を、人がごったがえしているのに気づく。そのうち食べ物を売っている路店が目に入り、マリーはそこでディース名物のお饅頭を買い、ぱくつくことにした。
悲しいときは、やけ食いに限るわね。
おいしそうに饅頭を食べるマリーの表情に、徐々にいつもの表情が戻っていった。
そしてマリーが、あともう3個くらい買ってもよかったかなと食い意地を張ったその時、
ある一つの考えが頭をよぎり、少女は饅頭をくわえたまま立ち尽くした。
ディース神殿ですれ違った、あの少年のことだ。
彼は、独りだった。すれ違ったマリーの後ろで、大会に参加したいとも言っていた。だが大会参加は、チームメイト全員で来なくては認められないのだ。そうだとすれば、今はあの少年もおそらく、マリーと同じように落胆しているはずだった。
思うが早いか、今はもう見えなくなってしまったディース神殿へと、マリーは走っていた。
彼の実力がどれほどかはわからない。でも、賭けてみるしかない。
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