第2小節目、お昼休みの哀憐
先生の急な呼び出しに、ちょっと不吉な予感はあった。
けれどさっきの一件で、あたしはそれより絵麻から来たまま放置していたLINEの方が気になり出していた。
(なんだろう……鍵の他に、まだ何かあるのかな)
先生が今日一日の簡単なスケジュールを黒板に書き写している隙に、スマートフォンを教壇から死角の位置にセットして、それを呼び出してみる。
[眼鏡美人]
--------今日あたし休んじゃったけど・・・大丈夫だった?
[眼鏡美人]
--------もしかして寝てる?
--------昨日聞きそびれちゃったんだけど、ちょっと気になる事があって
--------あんたが昨日倒れた時のことなんだけどさ
[眼鏡美人]
--------殿下が血相変えてかけつけてきたってだけでもびっくりだけど
--------介抱してるあたしに向かってへんな事聞いてきて
[眼鏡美人]
--------あんたに持病か何かあるのかって
--------普段もこうして倒れる事があるのかって
[眼鏡美人]
--------その時の様子がまたおかしくて
--------顔が真っ青で、声も震えちゃって、見てて怖いくらいだった
[眼鏡美人]
--------お医者さんの息子だからそんな事言うのかな?
--------だったらあの取り乱し様はますますおかしいし
[眼鏡美人]
--------あんたと、本当に何も関係がないの?
--------病人を目の前にして、ビビったってだけ?
[眼鏡美人]
--------しつこくて&激長でごめん
--------いいや、明日で。またね。
(……と)
あたしの親指が、液晶からほんの1.5センチ程浮いたところで、上下左右を
『顔が真っ青で、声も震えちゃって』
あいつがそんな風になったのをこの目で見たことがあるわけじゃない。
だけど、今まで見聞きしてきた、万華鏡のように移ろう姿の断片をパズルのように組み替えてみると、頭の中ではっきりとその光景を思い浮かべる事ができた。
そうなった理由とか、それに対する疑問とかを掘り下げて考えるという事よりも、もっと…。そういうのを嘘みたいにすっ飛ばして、心にじくじくとした疼きのような感覚が湧き上がってくる。
あたしの脳内の産物でしかないはずのそれに、何故だかとても、とても、胸が痛むのだ。
--------ごめんね。
--------彼にはいろいろあって、今は言えないの
散々迷った挙げ句、そう入力するに留めて、あたしはその端末を制服のポケットの中にそおっと収めた。
★★★
お昼のチャイムが鳴ると、あたしは絵麻にだけ断りをいれて、「彼」と落ち合う約束をしていた、例の黄色いベンチの方に向かった。
その人物は、周りに人影が無いのをいい事に、長いアーチをこれでもかっていうくらいベンチの背もたれいっぱいに広げて、組んだ足を遠くに放り投げて、大きな口をあけて欠伸をしている。
(超間抜けな顔。今なら
けれど、それを二回ほど繰り返すと、その緩んだ横顔が、一秒前の残像を少しも残さずに、突然きりりとしたものに変わった。
「へんなの。急に真顔になってどうしたの」
脇から近づいてそう声を掛けると、そのまま僅かに顔の向きをかえ、眉を少しだけ動かす。
「あぁ?」
「ああ、昨日食べた卵焼きが異常に美味かったからさあ。今日はどれをいただこうかって考えてたのさ」
そう言って気持ち目尻を下げると、中央にあった腰をずるずると左に寄せ、右手でその空いたスペースを指差し、あたしを隣に座るよう促した。
あたしは指定された位置から、意図的に
今、なぜ、あたしたちがこうしているのかを、あたしは絶対に忘れてはいけない。
……うっかりすると、忘れてしまいそうなんだ。
……この人の言うとおり、脳に思い込ませているから?
なんだかこうして肩を並べている事がとても自然で、今迄もずっとこうしてきたような、愚かな錯覚に陥ってしまうのは。
(だからこの、
あたしが自分の膝の上にお弁当を広げると、横で小さな歓声をあげる。
「なあ、どれが美味い?」
「うーんと、どれも絶品なんだけど……しいてあげるならコレかな。
鶏をコーラで煮たやつ」
「コーラだって? どれどれ」
何の躊躇もなく、綺麗な指先を使って、器用にそれをひとつつまみ上げ、口の中に放り込んだ。
「おお、美味い! 何でこんなに美味いんだ?」
そしてそうやって昨日とまったく同じセリフを繰り返すと、口をもぐもぐ動かしながらも、話題は本題へすかさず移っていく。
「おまえのクラスの連中、あれで、大人しくなったろ?」
「うん!完璧。ノープロブレム。
…あんたって、本当に、知れば知る程、随分な奴だよね。
要領の良さ半端ないっていうか」
そう嫌味ったらしくあたしが答えると、さっきあたしのおかずを奪ったその指で、おでこをコツンと小突いた。
(ーーーこういうのも、らしく見せる為のお芝居なのかな?)
たいして痛くも痒くもないが、それが当然のリアクションだと言うふうに、あたしは大袈裟に、おでこを両手で抑えた。
「…あんたたちの方は? 嗅ぎ回ってる
「さあなあ」
「さあなあって…じゃあ、あたしは何のために」
「そんなに単純にいくかよ。おまえのクラスの奴らと違って、こっちのは積年の想いっつうか、
美優に聞いただろう?詳しく」
「あ。うん…聞いたよ」
これから2ヶ月、この下手な芝居を続けて、とりあえず今後何を追求されても美優に言い訳がたつのであればそれでいい、と、いかにも不愉快といった様子で呻く様に呟くと、吐き捨てるように続けた。
「どっちにしたって別れるには変わらないしな」
(やっぱり)
やっぱり、この人もまた、別れる事を決めてるのだ。
この間、あたしが目撃したキスは、それに対しての最後の悪あがきといったところなのかもしれない。
(だから、あんなに)
「要領の良いって言うけど、実は何ひとつ思い通りにはいかない人生なんだよ、俺たちは」
その言葉を聞いたとたん、あたしはなんだか胸の空気穴を全部塞がれたように苦しい感覚に襲われる。
…しばしの沈黙。
それは、いいようもなく、堪え難い沈黙だった。
「あたし、もう行くね。 それ全部食べていいよ」
あたしは隣にある膝に、まだほとんど口をつけていないお弁当をナフキンごとのせると、やっとの思いで、それだけを告げた。
「おお、サンキュー。って、おまえ」
西園寺新は、そこから立ち上がったあたしを見上げると、まるで珍獣に遭遇したかのように、眉をひそめた。
「おい、何でおまえが泣くんだよ?」
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