第11小節目、明石さん
美術室に行くはずだったあたしの足は、この時は既に、体育館に向かって真逆の方角に進んでいた。
併設されているバレエスタジオで、明石さんがひとりで自主練に励んでいるはずだから、と聞いたから。
「俺の口からは言えない」
あたしの前で散々恥をかかされたって、恋人を気遣う事だけは忘れない、あいつ。
なら、聞いてきてやろうじゃないの。
この二人に付き合うしか選択肢のないあたしにだって、少なくとも納得できない部分について知る権利くらいは主張したっていいはずだ。
あの後、屋上に取り残されたあたしと西園寺は、明日からの事をさらっと打ち合わせて、今日のところは拍子抜けするくらいにあっさりと別れた。
…ひょっとして、明石さんとあたしを会わせる事が目的だったとか?
…それもきっと、あの娘を想っての事なんでしょうけれど。
あの後、
あたしが「彼女」でいる期間は夏休みまで。
登下校、及び、学校に居る時間だけで構わない。
休日はあたしを一切拘束しない。
LINE等の通信手段は、この件にのみにしか使用しない。
そして晴れてこの大役を全うしたら、例の画像はあたしの目の前でただちに消去し、念書を交わした上で、あたしを解放してやると。
「それまでの期限付きの関係だ」
茶番劇のスタートは明日から。
「じゃあな、ハニー。 明日は黒塗りのベンツでお前んちに乗り付けるから、待ってろよ」
(ばか、 死んじゃえ!!!!)
明日の朝からは、あいつん
大変な騒ぎになるだろう。
それを考えると、今から胃が痛い。
★★★
スタジオ内の端から端を、対角線状に、流れる様に、滑る様に、くるり、くるり、と回りながら移動する。
明石さんだった。
戸口に半身を隠すように突っ立って、噂にたがわぬ華麗な姿にうっかり見蕩れていると、端まで辿り着いてからトゥシューズのリボンを結び直していた彼女と鏡越しに目が合った。
反射的に身を隠す。
あたしが隠れる必要なんて、本来なら全くないはずなんだけど。
入り口の壁に背中をくっつけるような体勢で、どうやって切り出そうかを考えあぐねていると。
「さっきはごめんね」
背後から突然話しかけられて、あたしの背中の毛穴が全部開いて、冷や汗が吹き出した。
「び、びっくりした…驚かさないで」
「やだ、驚かすつもりなんて、全然ないよ」
今、彼女に屋上での脅えた様子は微塵も感じられない。
「
シャワーに入ったら直ぐに向かうから、校門を出た先の一本杉の公園で、少し待っててもらえないかな」
「…いいの? あたしといるとこ、他の人に見られても」
明石さんは腕を組んで入り口にもたれかかり、少し右に首を傾げる。
「そうだなあ。
あなたは体育館に忘れ物を取りに来る途中、わたしの完璧なピルエットに、ついつい見蕩れてしまった。
わたしは目をハートにしたその
そして二人の交流が始まった・・・ってのはどう?」
「何、その百合っぽい展開」
「…あなたとは、やっぱり少し話さないとね」
ついさっきの様子と、目の前の
やっぱりこの
あたしは言われたとおりに、その場所に行く事にした。
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