第10小節目、屋上での提案
階段を、一段づつ踏みしめながら上へ上へと向かう。
少し薄暗い最上階に辿り付いくと、鉄製の扉にはめ込まれた磨りガラスから滲む日差しが、なんだかやけに目にしみた。
…多分。
この扉を開けたら、あたしの世界は変わる。
決して派手じゃない人生だけれど、あたしは自由を愛している。
だから、生まれてこの方、人に服従して生きるなんてした事がなかったんだから。
重い扉を数センチ開けると、隙間から、屋上の強い風が一気に吹き込んでくる。
そこから大分離れたところに、制服の男女が、少しよそよそしい程の距離を保って手すりにもたれかかっているのが見えた。
(明石さんだ)
大方、無理矢理連れて来たのだろう。
「来たか」
「あたしはあんたに逆らう事なんて出来ないんだから、心配は無用だよ。
用件は手短に。 補習に行きたいの」
「ああ、分かった」
西園寺が、脅えた風にきょろきょろしている明石さんに気付かれないように、スマートフォンを指差してあたしにサインを送る。
あたしはそのゼスチャーが意味するところを瞬時に理解し、ポケットから自分のスマホを取り出して、小さな液晶の画面を開いた。
[鬼畜]
さっきの事、美優には絶対言うなよ
あたしは顔をあげる事なく、そのまま小さく頷いた。
★★★
「単刀直入に言う。
(…なるほど、そういうこと?)
「あたしに、スケープゴートになれって訳か」
「正確に言うと、付き合うフリをするという事だけど」
「どうしてそこまでする必要が? あたしがバラしさえしなければ、別に良くない?」
「以前から、俺たちの周りを嗅ぎ回ろうとするうざい奴らが結構いるのさ。
だから、俺が他の
怒りと憤りで、あたしは震えた。
この男は、最初からそのつもりだったんだ。
口止めなんて言っていたけど、それだけじゃない。
最初っからあたしを利用するつもりだったに違いない。
「明石さんは構わないの? それで」
声を振り絞ってそう聞くと、明石さんは
そして、ようやくあたしの前で口を開いた。
「ねえ、
このタイミングで、この微妙なメンバーで、こんな所を誰かに見られたらと思うと、気が気じゃなくて」
明石さんは私の方に一歩踏み出し、両手であたしの手をギュっと握ると、目を見て、頷きながら言った。
「
「おい
「じゃ、わたしはこれで!」
そして、その場から、ずらかるようにして、さっさといなくなってしまった。
結局屋上には、あたしたち二人だけが、ぽつんと残された。
自分の事となると必要以上に脅えた態度を見せるくせに、あたしのことに関しては妙にあっけらかんとした
「ねえ。明石さんはあんたの事、好きじゃないの?」
「えっ。そんな事は、ないはずなんだけど…」
少し気まずそうに、鼻のところに手をやる。
明石さんが先に帰っちゃった事に、気落ちしているように見える。
どうみてもこの二人に、温度差みたいなものを感じてしまう。
「繰り返すけど…本当に、そこまでする必要があるの?」
「…
急に『ちゃん』づけで、親しげな声色で呼ばれて、あたしの心臓は不覚にも小さく跳ねた。
この人は、どういうわけだかあたしと二人きりでいる時、普段被ってる「殿下」な仮面を何の躊躇もなく外してしまうように思う。
この事が、あたしを戸惑わせるのだ。
いちいち戸惑わせ、迷わせるのだ。
「な、何…」
「今回のこと、無理なお願いだって事は百も承知なんだ。
俺らも必死なんだ…手荒なマネするつもりは、全くないんだよ」
(どの口が言ってんの! 充分手荒じゃん)
西園寺は再び、坂の途中で見たやるせない様な、切ない様な、苦しそうな顔を浮かべた・・・だけど。
(・・・教室で、キスなんかしてたくせに)
そう思うと、あたしは酷く
だから、追い打ちをかけるようにまた、同じ質問を繰り返す。
「あんた達、普通じゃないよ。 なんでそこまでして隠し通す必要があるの?」
「なんでって、それは・・・」
西園寺は何かを言いかけたけれど、やめた。
そして下を向き、ボソボソ声で言い換える。
「ごめん。 こっから先は、明石に直接聞いてくれ。 俺の口からは言えないから」
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