第4話
渡しそびれていた贈り物(前編)
十二月も終わるというのにこの暖かな陽気はどうしたことか。
「年寄りには助かるけれども、これは流石に風情に欠けるわねえ」
窓脇に移動させた
ちよが顔を向けている窓からは
地球の日本で生まれ育ったちよは生粋の地球人で日本人で名探偵だけれど、いま彼女がいるここはちがう。
その世界はユルノリアと呼ばれている。
名前を覚えるのが面倒な読者は、ゆるいよーろっぱノリの世界、と覚えてくれればいい。これでだいぶ覚えやすくなったはずだ。そんな、球体なのか平面なのか判らない世界には大きな大陸がひとつあった。ジャルバ大陸だ。前に伝えたはずだが、これも憶えてなくとも構わない。国の名前はオングランド。これもまあ今はどうでもいい。ちよのいる街の名前さえ憶えてくれればいい。その街の名は──。
王都リンドン。
日本で生まれた
ちよが最初に転移した村はドが付くほどの田舎だった。ほとんどが平屋の家ばかりで、周りには畑と草と木ばかりだった。そこから、とあることをきっかけにして、リンドンに引っ越すことになった。日本から異世界にちよが転移して一年が過ぎていた。ふたたび季節は巡って十二月になっている。前に住んでいた村での冬は寒さが厳しかったけれど、王都はいまのところ暖かい日がつづいている。
むしろ暖かすぎるくらいね、とちよは思っている。ちらりと視線を外して、部屋の奥にある暖炉を見る。石造りのちゃんとした暖炉だ。この部屋は大通り沿いに建てられた三階建ての
確かに冬にも暖かくなることはある。日本で言えば『小春日和』だし、ドイツで言えば『老婦人の夏』だ。けれども、そういった天気は概ね数日しかつづかない。こんな秋が終わらないような天候ではない。暖かい。暖かすぎるほどだ。ひょっとしたら、これには何か理由が──。
「あら?」
考えていたことをちよは棚に上げる。
ふたたび窓の外の景色を見ていたら、大通りを走ってきたカラブ車が目に入ったのだ。カラブ車というのはカラブと呼ばれる大きな猪に似た獣二頭に車輪の付いた箱を引っ張らせた乗り物である。騎獣車とも呼ばれる。地球で言うところの馬車なのだけれど、この世界には馬といえば
「あらあらあら」
ちよは
蛇口から何も滴ってこない。
ちよは、取っ手をコンコンと叩く。何も起きない。コンコンコン、と辛抱強く叩きつづけると、ようやく蛇口から水が流れ出した。
ちよは溜息をついた。
「やっぱり、安いミルクじゃダメなのかしら……」
王都の良いところは街の隅々にまで上下水道が行き渡っていることなのだけれど、水を低い所から高い所まで引き上げたり、圧力を掛けて押し流したりするような駆動装置はまだ発明されていない。従って、そういう機械的なお仕事はすべて
(……まあ、だから機械が発達しないのかもね)
どっちが良いという話でもないのだけれど、ただ、この
やかんに水を入れて焜炉へと乗せる。
炎熱石で焜炉に火を点けたところで部屋の
ちよの予想したとおりだ。
「はい。開いてますよ」
応えるのとほぼ同時に扉が開いて、まずは少年が飛び込んでくる。
「ばーちゃん! 事件だ!」
ええ、そうでしょうとも。
ちよには判っていた。
「ロッカ、いつも言っているでしょ。ちゃんとしたお客さまが居るときには──」
はっとなってロッカと呼ばれた少年は背筋を伸ばした。
「せ、先生、あのえっと……お客様、じゃなくて、依頼人をお連れしました」
「ええ。入ってもらってちょうだい」
ロッカはいちど廊下へと引っ込むと、何事かを扉の向こうの人物へと告げる。おそらくは「入ってください」とか、そんなような言葉だろう。
ロッカと入れ替わるようにして背の高い男がひとり入ってきた。白い縞の入った
「あら、まあ」
男は帽子を取り、深々と腰を折る。仕草の丁寧さと綺麗さには目を
貴族か、それとも──。
「失礼ですが、ミセス・ティーヨですかな?」
ティーヨというのはちよのことである。どうやらこの世界の人たちは「ちよ」と発音しにくいらしい。まあ、ちよにとっては、掛けられた言葉が自分のことを示していると判りさえすればどうでも良かった。どのみち、どんな相手であれすぐに、ちよの「名前」よりも「能力」のほうを覚えることになるのだ。
そして呼び名も変わる。
「ええ、まあ。未婚ですけれど」
「それは失礼。ティーヨ殿、いや、ティーヨ探偵殿、でしょうか」
「どちらでも。どちらにしても間違っていますし」
名前も、仕事も間違っている。ちよは探偵ではない。名探偵なのだ。
「それで──」
ちよは上から下まで男を観察してから言う。
「王宮にお勤めの方が、私に何の用かしら? お城で何か困ったことでも起きまして?」
「ど、どうしてそれを……」
ちよの言葉に依頼人は目を見開いて驚愕したのだった。
●
訪ねてきた男は自らをベルガモット・タイラーと名乗った。
ちよは
ちよには子どもを立たせておく趣味はないのだ。
王宮の役人だろうが、ここではちよの客である。
というわけでロッカを座らせてからちよは話を促す。
「その前に、なぜわたしが王宮から来たと判ったのですか?」
不思議そうにベルガモットが訊ねた。
ちよは彼の質問に小首を傾げた。なんでいまさら、とばかり。
「だって、その左の胸に付いている飾り──『宝剣に絡みつく竜』は王国の紋章でしょう? その紋を身に帯びることが許されているのは王室の方々か、王宮に出入りする方と伺っていますもの。身分を隠して訪問したいのならば、身元を晒すものを付けてはいけませんよ」
「む」
「なので、たぶん相談事は、わざわざ身分を隠してこなければいけないようなことではないのでしょうね」
「まさに。しかし、その悩み事が城に起こった、と推測なさったのはどのような根拠からなのでしょう。まさかわたしが王宮に出入りしているから、というだけの単純な推理ではありますまい」
ちよは相手を焦らすように香茶を口に含んでこくりと飲み下した。
「ん。今日も美味しく淹れられました。ええと、そうね。今も言ったのだけれど、そういう身分を隠すような初歩的なことはお国の……例えば役人さんや密偵さんだったら身に染みついていることなの。あなたはそれができなかった。つまり、王宮勤めだけれど、王国の政治に関わるようなお仕事をしているわけではない。たぶんそうね……お城の維持管理とかをしてるのだろうと思ったのよ。あなた、お茶を淹れるときのわたしの手元を興味深そうに見ていたわよね。まるで家令の仕事を査定している人みたいに。執事頭とか、そういう人なのかなって。だから、依頼もきっとお城の生活に関係したことだわ」
「ぐ。な、なるほど……確かにわたしは王宮の執事管をしております」
王宮執事管とはつまり執事たちや
「いや、恐れ入りました。最近王都にやってきた老婦人は、謎があればなんでも解き明かしてくれる──と聞いて、半信半疑ながらここに伺わせていただいたのですが、想像以上でした」
ベルガモットは頭を下げた。
ちよは微笑むだけだったが、端でやりとりを見ていたロッカはどうだっすごいだろ、というドヤ顔をしている。
「それで、わたしにどんな謎をもってきてくれたの?」
「はい。まずはこれを見て欲しいのです」
言いながら、ベルガモットは懐に手を入れる。手のひら二枚ぶんほどの大きさの薄い板を取り出して机の上に置いた。
「これは……?」
ちよもこちらの世界に来てから初めて見るものだった。
大きさは文庫本二冊ぶんほど。厚さは小指の第一関節ほどまでしかない。表面には透明な
「本当は現物を一部だけでも持ってきたかったのですが、王宮魔術師が調べたいということで、このような形でしかお見せできないのです」
硝子を嵌めている板の端によく見れば小さな文字が書いてある。その文字はもちろん現地の文字なのだけれど、ちよは異世界に渡るときに授けてもらった能力で、文字をまるで日本語のように読むことができる。「開始」と「停止」とふたつ書いてあった。
ベルガモットは「開始」のところに指を当てると、言葉を紡ぎ始める。
「始むるは籠められし
呪文だ。
日常に広まっている子どもも使えるまじないとはちがう。呪文はより強力である為に、うっかり発動しないよう、日頃使われない古めかしい語彙によって組み立てられているのだった。
砂が、硝子の下の砂が動き始めた。うねうねと動いて、なにやらぼんやりと濃淡のようなものが現れてくる。
砂の濃淡が白黒の一枚の絵を描き出していく。
「何処かの風景……でしょうか」
「城の城門です」
なるほど。言われてから見れば何が描かれているのか判る。
ただ、ちよは白黒映画の時代も
驚いたのはその映像が動いているということだ。
魔法の撮影機はお城の城門らしきところを少し離れて映している。距離にして二十歩ほどはあるだろうか。その位置から見ると、左右に広がる城壁と大きな両開きの門が見えているだけだった。門の大きさは門番との比較で判る。縦がおとな三人分ほど、つまり六
撮影機の持ち主は徐々に城門へと近づいてゆく。右側の扉のほうへと近づいているようだった。六歩、五歩、四歩あたりまで近づいたところで、ちよは撮影者が何を映そうとしているのかを理解した。門の扉に大きな染みのようなものが見える。映像が粗い為にその正体はわずか二歩の位置にくるまで判らなかった。
手型だった。
扉の、大人が手を伸ばしても届かない辺りにべったりと絵の具を塗ったような手型が押されていた。色は、白黒の砂絵なので判らない。だが、映像に映り込んでいるひとの大きさから考えても、おとなの手の倍ほどもある。
「これは……もしかして……」
「
ちよには妖精の名である「デュラハン」と聞こえたが、もちろんユルノリアでの呼び名はちがうのだろう。けれども、ちよに授けられた翻訳能力によって、地球にほぼ似たものが存在する場合は、日本語に翻訳されるのだった。。
首無しの騎乗者デュラハンは元々はアイルランドに伝わる妖精の名である。頭が無く、黒馬に乗り、家々を訪れては死を予言して回るという。
──ん? 黒馬に乗って?
「あの……その首無しの
ちよの唐突な問いにベルガモットはとくに気にすることもなく素っ気なく答える。
「カラブですが?」
「あー、猪の」
それはそうか。だって、馬がいないし。ちよはひとり納得していた。
「猪ではありません。カラブです。お間違えなきよう」
「あ、はいはい。そうですね」
でも、そっくりだし、とちよは内心では思っていたが口には出さなかった。カラブと猪の差なんて、大きさくらいなものなのだ。ああ、それとカラブには額に角がある。でも、それだって大した差ではない──と、ちよは思っていた。
「こほん。ええと、それでそのデュラハンさんですけど、訪れた家に死者が出ると予言して回る首無し妖精──ということで合っているのかしら?」
「ええ」とベルガモットが頷いた。
「私の知るものでは、その家の死すべき定めの人物に指を突きつける、という説話もあるのですけど?」
「それは初耳ですね」
なるほど。
「では、家々の戸口に手型をべたりと貼るまで、というのが妖精のお仕事なのですね」
「手型はべったりと血の色をしておりまして」
ちよは顔を顰めた。隣で聞いていたロッカが顔を青ざめさせている。この年頃の子にはあまり聞かせたくない話だ。とはいえ、血の色というだけで血を塗りつけたとは言っていないから──。
「大昔は本当に血の匂いが立ち込めていたものだそうです」
ロッカがひぇと叫んだ。冷や汗が頬を伝ってつうと流れている。
「あたりには獣の死骸が転がっていることもあったとか」
「今はちがう、と?」
こくりとベルガモットは頷いた。
「予言ひとつでいちいち獣を殺していると野山から野生の獣が居なくなりますゆえ」
「あー」
王族に死者が出るような予言がなされたのならば、それは政治的大ごとである。王宮執事管の出る幕ではないはずなのだ。
ということは──。
「王宮では、誰の死の予言が為されたと思っているのですか?」
「王宮庭園の庭師か王宮の宝物管理官ではないか、と」
「……は?」
「庭師か宝物庫の……まあ、番人ですな」
だから、わたしが来たのです、とベルガモットは言った。
●
「ベルガモットさん。予言が指しているのは、そのふたりだろうっていう根拠はなに? 大怪我して伏せっているとか、大病を患って危篤だとか、そういうこと?」
「いえ、ふたりともピンピンしておりますな。なんなら百まで生きそうです。二百だって可能かもってほど元気です」
「はげしく元気なのね」
「庭師はエルフで宝物管理官はノームなので」
言葉通りの意味だったか!
ちよは喉の奥で唸った。これだから幻想世界の住人は面倒なのだ。考えるべきことが増える。ちよは推理の幅を広げる可能性を迫られた。なに、そんなのは名探偵ならば容易いことだ。ちよは古典推理小説だけではない、なうな異世界転生幻想小説だってちゃんと読んできている。
ベルガモットはちよの内心には気づかずに問いに対して答え始める。
「庭師のほうはセラと言いまして、植物を育てるのが得意でしてな。なにしろ緑の指を持っております」
「あら素敵」
「ですが今年は冬咲きの薔薇を枯らしてしまいました。例年ならばちょうど冬至の祭りの辺りに綺麗に咲き誇るのですが」
「クリスマスローズかしら。あれ、綺麗よね。花言葉は追憶。まあ厳密に言うとクリスマスローズはバラの仲間じゃないけど」
「そのクリスマスというのが何かわかりませんが薔薇です」
おおっと。
ちよは自分の
ベルガモットが話を続ける。
「今年は冬が訪れませんでしたから、薔薇もうまく育ちませんでして」
「でもそれでなんで死ぬことに?」
「お妃様はたいそう冬咲きの薔薇が好きなので」
「『その者の首を
どこかのトランプの女王みたいに。だとしたら、だいぶ暴君だ。怖い。
「いえ、決してそのような方ではありません。それでも、庭師のセラはたいそう落ち込んでしまっておりまして。いつ首を切られるかと怯えております。このままでは、そのうち心労で病になってもおかしくない」
「うーん」
役に立つのか立たないのかちよにとってさえなんとも判断しづらい情報だった。
「もうひとりの宝物管理官のほうですが」
「はいはい。そっちは? ノームのひとって話だけど」
「ノーム族のカルムーチョと申します」
「かる……なんですって?」
「カルムーチョ、です。彼女は──」
「女の子なの!?」
話の腰を折られてさすがにベルガモットがむっとする。ちよはお口のファスナーを閉じる仕草をして黙るが、ベルガモットはちよの仕草が理解できなかったようだ。ユルノリアではまだファスナーが発明されていなかった。ファスナーの発明は地球では一九世紀中頃──一八五一年である。だから中世風幻想小説には登場しない。ちなみにボタンも起源は古いが普及するようになったのは一三世紀らしい。欧州中世は五世紀頃から十五世紀頃までだから、実は中世風幻想小説というだけではボタンを描いて良いかどうかは微妙なのだった。ともあれ、ユルノリアにはボタンはある。ファスナーはない。なので、お口のファスナーを閉じるという仕草はベルガモットには伝わらない。
「カルムーチョはノーム族出身ながらこの王国の大学を首席で卒業しまして。まだ五十六という若さで王宮の宝物庫の管理を請け負っております」
「いいわね。五十六の若手。うん。とてもいいわ。だったら八十は中堅ってことね。まだまだこれからってことだもの」
「ノーム族としてはそうなのでしょうな。ヒト族の八十はさすがに……」
「うん」
「さすがに……。そう、中堅ですな!」
「でしょ!」
ちよの無言の圧に押されてベルガモットは毛ほども信じていないことを言った。
「ともあれ、彼女はそれまでは立派に宝物管理官の仕事をこなしておりました。しかしあれは……、十一月の初旬でしたか。その日も晴天が広がっており汗ばむほどの陽気でした。ちょっと暑すぎる感じではあったのですが、例年どおりに宝物庫の品を庭に持ち出して日陰で虫干しをしたのです」
「ははあ。年末の煤払いみたいなもんね。まあ、古い本とかたまに虫干ししないと
「その日を境にカルムーチョは呪われてしまって」
ベルガモットの顔に陰が指した。
「呪い、とは穏やかじゃないわね」
「はい。誰も居ないはずの宝物庫から女の泣き声がする、と言い出したのです」
「女の泣き声……」
「はい。そもそも、宝物庫は一年中施錠されておりまして、気軽に中に入ることが許されているのはカルムーチョだけなのです。もし誰かが入ったとしても、可能性があるのはその虫干しの日くらいしか可能性はなく。その日だけは大勢の手を借りなければ宝物の出し入れができませんからね。カルムーチョが女の泣き声について言い出したのはその日から数日後のことです」
「当然、調べてみたわよね?」
「勿論です。ですが、宝物庫の中をくまなく探しても誰も
「幻聴?」
「と、思いました。が、その日から我々にも聞こえるようになったのです、女の泣き声が……夜中になると、王宮の廊下に響き渡ります。その声は確かにカルムーチョの言うように宝物庫の方から聞こえてくる」
ぞくり、とちよの背筋が冷たくなった。視野の端のほうでロッカもぶるると身を震わせている。
「しかし、何度探しても誰も居ない」
「その声は今でも?」
「はい。聞こえてきます。もう……二ヶ月近くになるのに。そして、お判りでしょうが、二ヶ月もの間、宝物庫に閉じ込められて生きている者など居るはずがないのです。あそこには水も食糧もないのですよ」
なるほど、とちよは取り合えず頷いた。
「ベルガモットさん、もしかして、
「その可能性はわたしたちも考えました。しかし、一般的にはあの妖精は家人が亡くなるときに現れる存在です。予言するわけではない。それに、今のところ誰も死んでいないのです」
となると、残る可能性は……。
ふと、目の端に映るロッカの姿にちよは目を止める。そわそわしていた。死の予言を告げる首無しの騎乗者の話なんて聞いたからだろうか。あるいは家人の死を嘆く
「ロッカ、何か言いたいことがあるんじゃない?」
「う、うん」
ちよが先を促そうとすると、隣に座っているベルガモットが不審げな表情になる。まったくこれだから頭の硬いおじさんは困る。
「ああ、彼は
「ほう?」
毎回このくだりをやるのメンドくさいわね、とちよは内心で溜息を吐いた。名探偵には助手が付きものだと知っていて欲しい。ホームズにはワトソンが付いているのが当然だろうに。まあ、ロッカはどちらかと言えばワトソンよりも
「ロッカ?」
「あ、はい。ええと、なんでその声の主は部屋から出てこないんでしょう?」
ロッカの問いにベルガモットは一瞬、きょとんとした顔になった。思いがけないことを訊ねられたという感じに。
「鍵が掛かっているからでは?」
「何度も宝物庫の中を探しているんですよね。つまり、数度に渡って扉を開けているはずです」
「それは……しかし、そのときにも見張り番はおりますし」
でも、とロッカは反論する。
「その声の主って見えないんでしょう? だったら、別に目の前を通って堂々と部屋を出ていけばいいのでは?」
「あっ……。そう、ですね……」
「出られない理由があるんでしょうね。もしくは出ていきたくない理由が」
ちよが言った。
「出ていきたくない……。泣いているのにですか?」
「泣いているとは限らないでしょ」
ちよの発言はどうやら理解されなかったらしく、ベルガモットは顔に疑問符を貼り付けたまま不満げだ。
「もしかして、先生には何か判ったんですか」
えっ、とベルガモットが声をあげる。まさか、という表情になったのだけれど、ちよはゆっくりと頷いた。
「もしかしたら、と思うことはあるわ。だから、それを確かめてみないと。というわけでロッカ」
「は、はい。何でしょう」
「ベルガモットさんに付いていってお城に行ってちょうだい」
「僕が!?」
だって、とちよは言う。
「私、冬はあまり出歩きたくないの。寒いとね、腰痛が悪化するのよ。ベルガモットさん、これから幾つかお願いするから、ロッカを連れて行って、言ったとおりにしてくださる?」
狐に包まれたような表情のまま、ちよの
つづく
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