スキャンダルを消させるな!

白夏緑自

来栖新菜の盛衰

「お前、これいったいどういうことだ?」

 平日の午前11時過ぎ。出勤早々、編集長に呼び出された第一声がこれである。

 

「これ、とは?」

 いきなりすぎて何の話なのか読めない。ヤクザ顔編集長の声は大変に苛立っているが、わからないことには説明もできない。


「お前がやってる【来栖新菜】の熱愛記事。めちゃくちゃな抗議文が来てるぞ!」

「そんなの珍しいことでもないでしょ……」

 来栖新菜。インフルエンサー兼タレントモデルだ。各種SNSフォロワーの合計は30万人。歌もダンスも、トークもできて、最近ではCM出演もやっている、有象無象のインフルエンサーの中では注目度も人気度も際立っている。

 新橋で飲んだ帰り、偶然男と連れ歩く来栖を見つけて、そのまま突撃したのだ。


「だいたい、リリース前には事務所に確認書送りましたよね? 間違ってたら返答ください。期日までに返答ない場合は報道します。って」

「お前がやったんならやっただろうさ」

「編集長のハンコは貰いましたよ。事務所の郵送記録にも残っているはずです。窓口に送ったメールのCCに編集長も入れています」

 タレントについて報道する前には特殊な場合を除いて、事務所に確認書を送付する。報道の自由はこちら側にあるが、肖像権は当然事務所と本人が有しているし、間違った報道をすれば名誉棄損で訴えられかねない。面倒ごとを防ぐための予防策だ。


「それで、返答がないからネットにアップした。そんな抗議文、無視すればいいじゃないですか」

「いつもならそうしただろうさ。だが、今回の抗議文は違うぞ。完璧なアリバイがあると、向こうは言ってきてやがる」

「アリバイ? そんなミステリードラマじゃないんだから」

 編集長が一枚のコピー用紙を突き付けてくる。受け取って、目を通す。


 それは、メールのプリントアウトだった。

 要約すると──。

 貴社が報道した弊社所属の来栖新菜の報道について、誤りがございます。なぜなら、貴社からの確認書に記載された『11月10日21時頃に来栖とその恋人を撮影し、本人たちにも熱愛が真実だと言質を獲得した』とありますが、その日その時間に来栖はタクシーで自宅へ帰宅している最中でございます。よって、貴社の報道は誤りであり、重大な名誉の毀損ならびに来栖の活動に影響を及ぼすものであり損害賠償も検討し……。などと書かれている。

 文面はビジネスライクを保っているが、相当怒っているのが見て取れる。ご丁寧にタクシーの領収書まで添付されていた。


「お前、本当に来栖と会ったんだよな? そっくりさんと間違えたなんてこと」

「いやいや、それはあり得ないでしょ。 ボイスレコーダーだってありますよ? 間違いなく来栖新菜の声です」

 あの時の来栖は驚いてはいたが、酔っぱらっていたからだろう。ヘラヘラと楽し気な雰囲気で簡単に熱愛を認めてくれた。男は大学の同期らしい。


「じゃあ、これはどう説明するんだよ」

「こんな領収書、いくらでも作れるでしょ。事務所の誰かが乗っていた領収書かもしれませんし」

 車載カメラの映像でも出されたら考え物だが、タクシー会社もたかだか芸能事務所に映像データは渡さないだろ。

 いくら来栖が有名だと言っても、彼女が所属するのは小さな零細事務所だ。業界外の企業の脅し方も力もないはずだ。


「いいんじゃないですか? こっちはダンマリ決め込めば」

 編集長が腕を組んで黙り込む。結局、こっちも面子が大事なのだ。アリバイだなんて言っているが、向こうが提示したのはたかだかタクシーの領収書。写真まで撮っているこっちにまだ分がある。

 ほとぼりが冷めるまで手を引け。そう言ってくれるのを期待していた。どうせ、その頃にはまた別のスキャンダルに世間は注目するのだ。面倒ごとにわざわざ手を突っ込む必要はない。


「すみません、お話し中。これを」

 そろそろ結論を出すか、といったところで先に出社していた同僚がPCを持ってきて、編集長と僕に画面を見せる。

 SNSの投稿だ。来栖の事務所【アップサイド】のアカウント。15分前の投稿なのにインプレッションが既に3万を超えている。この事務所のフォロワー数なんてたかたか5千人程度だったはず。めちゃくちゃ回っている。

 なにを投稿した?

 

 文書の一番上には【来栖新菜に関する一部報道について】。

 会社に送られてきた内容とほぼ同じだ。だが、添付されている画像が決定的に違う。

「しっかり乗ってるじゃねえか」

 来栖新菜が乗車しているタクシーの車載カメラのキャプチャーだった。


 それから、僕も編集長も意地になった。決定的な証拠はこっちにある。必ず、アップサイドが出してきた画像にはからくりがある。

 まずはタクシー会社に問い合わせた。当然、僕たちに件の映像の元データを渡してくれることはなかったが、来栖を乗せて運転したと言うドライバーはハッキリと「乗っていた」という。

 経験上、嘘をついている奴の声音だったが「乗っていた」と言われれば、僕たちは「はい、そうですか」と納得せざるを得ない。記者である以上、嘘は書けない。

 

 タクシーの件がダメなら、新しいネタを掴めばいい。

 現場付近の張り込みを敢行するがおかしなことに気が付く。

 ほとんど見つけられないのだ。

 週一回やっているWEBラジオも、スタジオに出入りする様子がない。

 事務所も同じだ。  

 

 ならば、とプライベートの張り込みを開始する。

 ただ、新橋で見つけたのは偶然だ。有名インフルエンサーと言っても、まだ駆け出しに近い。接待や交際に連れていかれる場所は麻布や六本木など派手な場所になっても、まだまだ彼女自身は庶民派に近いはずだ。

 幸運にもすぐ見つかった。新橋の飲み屋。渋谷のシーシャバー。銀座のゲーセン。

 どのタイミングでも一緒にいる男はバラバラだったが……。さすがに男が不憫なので、1人でいるところに突撃し、言質を獲得した。

 

「来栖新菜はアホかもしれません」

「アホじゃなきゃ自分の顔をネットに曝さないだろうさ」

「そういうことじゃなくて」

 僕は編集長に3件それぞれのボイスレコーダーを聴かせる。

「どれも初めて突撃されたみたいな反応だな」

「そうなんです。確かに最初の3件──新橋の2回と渋谷のときは酔っていましたけど、記憶を飛ばすほどじゃない」

「だったら、お前の言う通りアホなんだろ」

「……そうなんですけど。なにか引っかかるんですよ」


 記事のリリース直前。来栖の事務所から事実確認の返答書が送られてきた。

「今度は画像が3枚か」

 仕事中の写真。移動中の写真。最後はプライベートだが、カフェで食事をしている自撮り写真。

「どれも、僕が来栖を見つけたのと同じ日と時間帯ですね」

 なんなんだ。アリバイがあるのはわかるが、どうしてこうも僕が掴んだネタに綺麗にカウンターを決められる。

 絶対に裏がある。

「お前が見たっていうの、全員来栖のそっくりさんなんじゃねえか?」

 編集長の言葉が凝り固まった脳みそへ強い打撃を与える。

「……今、なんて?」

「は? だから、お前が見つけた来栖は来栖なんかじゃなくて。ただのそっくりさんだって」

 これまでの26年間の人生の中でトップクラスの快感。散り散りだった回路が繋がって、これまで空ぶっていた弦がいっせいに鳴り響いた。思わず叫びそうになる。

「それですよ、編集長。来栖にはそっくりさんがいるんです」


 2週間後。

 SNSのトレンドは来栖新菜で埋め尽くすことになった。

『来栖新菜は一般人のSNS投稿から収集したデータによって作成されたAIモデル』だった。


「どうして気が付いた」

「僕が会った来栖新菜──のそっくりさん、みんな、初対面みたいな反応をしたでしょ? これ、本当に初対面だったんですよ」

 その事実に気が付いて、僕は片っ端からSNSのアカウントを漁った。本人にその気がなくても、芸能人に似ていると嫌でも目立つ。僕みたいな勘違いを起こすかはともかく、来栖似は顔が良いことに間違いがないから、知人意外にフォローされている確率が高い。特に、アイコンが初期設定のまま気持ちの悪いリプライをしているか、ただ黙って眺めているだけの出歯亀アカウントを見つければいい。

 その点に絞ってアカウントを掘り進めていけば、見事、来栖に似たアカウントがいくつか出てきた。その中には僕が街中で見つけた彼女たちもいる。

 DMを送って、取材をしてみれば、来栖の肉を形作るためのデータ提供を彼女たちは容認していたようである。金さえ受け取っていた。彼女たちからしてみれば、普段通りSNS投稿をするだけで金が入るのだから、割のいいバイトであろう。


 この来栖新菜がAIであることの事実確認に、所属事務所アップサイドはついに反論をしなかった。

 ネット記事のビュー数は過去最高。有料記事を出せば面白いほどに売れる。僕と編集長は久しぶりに祝い酒を上げて、盛り上がり続けた。


 来栖新菜が自ら命を絶つまでは。


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