第25話

明久くんの叫び声にあたしは左右に首を振った。



どうしてそんな嘘をつくんだろう。



明久くんは元々あたしにストーカーまがいのことをしていた人だ。



とても信用できない。



「靖くん、この人あたしのストーカーだったの。きっとまだ諦めてなかったんだよ!」



「なんだと……」



靖くんが明久くんを睨みつけて、張り裂けてしまいような緊張感が漂い始める。



「ち、違う! それは、その……」



明久くんは痛い部分を疲れてしどろもどろになってしまった。



けれど逃げ帰るつもりはないらしい。



ジッと靖くんを睨みつけていることには代わりなかった。



「とにかく、僕は里奈ちゃんを守りたいんだ!」



明久くんが叫んでポケットから取り出したのは小型のナイフだった。



ケースから取り出すと切っ先がギラギラと嫌な光を放っている。



あたしは息を飲んでそれを見つめた。



背筋がスっと冷たくなっていくのを感じる。



「お前、それ……」



靖くんも予想外だったようで、言葉を詰まらせている。



「そ、そうだ。靖くんのバイト先の人が迎えにくるんじゃない!?」



靖くんはそろそろバイトに戻らないといけないと言っていた。



あまり戻るのが遅くなったら向かえにくるんじゃないかと思ったのだ。



しかし、靖くんは左右に首を振った。



「忙しいから、あてにならない」



そんな……。



「笑わせるなよ。バイトなんてしてないくせに!」



明久くんがナイフを握り締めてジリジリと近づいてくる。



あたしと靖くんは同時に後ずさりをした。



「里奈ちゃんは僕が始めて好きになった人なんだ。絶対に守る!!」



叫ぶと同時に明久くんが駆け出した。



靖くんがあたしの体を突き飛ばし、あたしは地面に転がってしまった。



その間に明久くんからナイフを奪い取ることに成功していたのだ。



やった!



倒れこんだままその光景を見てあたしは微笑んだ。



さすが靖くんだ。



明久くんになんて負けるわけがないんだ。



すぐに立ち上がり、あたしは靖くんに駆け寄った。



ナイフを奪われた明久くんは青い顔をしていたが、それでも逃げようとはしていなかった。



「靖くん、早く警察に行こう!」



幸いにも警察署はこの近くにある。



明久くんがしたことは立派な犯罪だし、このまま野放しにしていたら次にいる現れるかわからない。



ナイフなんて持参している人だから、今度こそ殺されてしまうかもしれないのだ。



恐怖心が全身をかけぬけたとき、靖くんが笑っていることに気がついた。



その粘ついた笑みは明久くんへ向けられていて、あたしは言葉を失っていた。



靖くんのこんな表情初めてみた……。



そう思った次の瞬間靖くんは明久くんへナイフを向けたのだ。



明久くんは後ずさりをする。



「ちょっと、靖くん?」



「こいつは俺たちにとんでもないことをしたんだ。少しくらいやり返したって平気だろ」



靖くんはジリジリと明久くんに近づいていく。



「で、でも。早く警察に知らせたほうが良いよ」



この状況を見たら、靖くんが悪者だと判断されてしまいそうだ。



だけどあたしはそれ以上靖くんをとめることができなかった。



ニタニタと笑って明久くんに近づいていくその様子が、恐ろしかったからだ。



次の瞬間靖くんがナイフを振り下ろしていた。



無抵抗な明久くんが咄嗟に両腕手自分の顔をかばった。



その腕にナイフが突き刺さるのを見て、あたしは悲鳴が喉の奥に引っかかった。



靖くんは笑みを浮かべたままナイフを引き抜く。



明久くんの腕から鮮血がほとばしった。



「ははっ! あははははは!」



その血を見ておかしそうに笑い始めた靖くんに、あたしは血の気が引いていくのを感じていた。



その時、明久くんと視線がぶつかった。



出血して青ざめているのに「里奈ちゃん、逃げろ!」と、叫んでいる。



そうだ、早く逃げなきゃ。



警察に連絡しなきゃ!



そう思うのに、体は言うことをきかない。



目の前の光景が信じられなくて、動くことができないままだ。



「おいお前ら! 初めて人を刺しだぜ!」



笑いながら靖くんが言った。



お前らって……?



疑問が浮かんできた次の瞬間、木の陰が遊具の影から見知らぬ男女が現れたのだ。



あたしは息を飲み、こちらへ近づいてくる彼らを見つめる。



「や、靖くん、この人たち誰?」



質問しても返事はなかった。



みんな紙の色が赤かったり、鼻にピアスをつけていたりする。



年齢は同い年くらいに見えるけれど、学校には行っていなさそうな雰囲気がしていた。



「ばっちり撮影したぞ。最高じゃん!」



1人の男がスマホで動画を流している。



それはついさっき靖くんが明久くんをさしたときのものだった。



それを見てまた全身が冷たくなっていくのを感じた。



この人たち全部見ていたの?



見ていて、なにも言わなかったの?



その神経が信じられなくて絶句してしまう。



唖然としていると、気がつけば明久くんがあたしの前に立っていた。



あたしに背を向け、まるで守るような格好を取っている。



「あ、そうだ里奈。月30万の愛人契約ご苦労さん。見ての通り、借金とか嘘だから安心してな」



靖くんが軽い口調で言う。



「え……でも、バイトをしてるんだよね?」



今日だって靖くんは工事現場の制服を着ているし、近くで工事をしている音だって聞こえてきている。



その現場から抜けてきたはずだ。



「それも、そいつが言っただろ。バイトなんてしてないんだよ」



嘘でしょう……?



「毎回バイトしてる友達に制服借りてたんだよ。それももうしなくていいから、楽になったけどな」



靖くんはそう言うと、封筒の中身を確認した。



それにつられるようにして3人の派手な女の子が近づいてきた。



彼女たちはなれた様子で靖の腕に自分の腕を絡ませている。



ただの友達という関係じゃないことは、一目瞭然だった。



「これからはもっともっと稼いでもらうから」



それはあたしへ向けられた言葉だった。



だけど言葉の意味が理解できなくてとまどう。



明久くんが不安そうな表情をこちらへ向けた。



「現役女子高生の裏AVに出てもらう」



「なに……それ……」



もっと強く言い返したいのに、声が震えてできなかった。

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