第24話
☆☆☆
自分が無理をしていることくらいわかっていた。
それでも靖くんの家の借金が終わるまではやめられない。
詳しい金額は聞いていないけれど、きっと数千万円だ。
だけどあたしは月に30万円を稼ぐことができる。
1年間愛人でいれば、借金は綺麗に返済できているはずなんだ。
そう思うと、気力が沸いてくるのだ。
たった1年間。
月に2度我慢すればいいだけのこと。
それが終わればあたしも靖くんも開放されて、普通の恋人同士になることができる。
それだけが、今のあたしの救いだった。
それがなければ、とっくにつぶれていたと思う。
大谷さんと関係を続けて3ヶ月が経過していた。
今日の分を合わせて全部で90万円だ。
学生のあたしには果てしなく大きな金額。
今日は今月分を靖くんに渡しにいく日だった。
月に1回だけ、靖くんに会える日。
それ以外の日は靖くんはいろいろなバイトを掛け持ちしていて、忙しいのだ。
あたしは鏡で自分の姿を念入りにチェックした。
目の下のしつこいクマはコンシーラーで隠して、水色のさわやかなワンピースを選んだ。
夏はもうすぐそこまで来ているから、このくらいの格好でちょうどいい。
痩せて平坦になってしまった胸とおしりが寂しいけれど、こればかりは仕方がない。
準備を終えて外へ出ると、日差しの眩しさにめまいを感じて、塀に手を当てて立ち止まった。
最近大谷さんに合わせて夜にこっそり出かけることが多いから、今日は新鮮な気分だ。
どうにか歩き出して、靖くんとの待ち合わせ場所である近所の公園へ向かった。
約束時間の5分前に到着すると、すでに靖くんはベンチに座って待っていた。
その服装は工事現場の制服姿だ。
「靖くん!」
手を上げて駆け寄ると、靖くんは笑顔で立ち上がった。
「里奈」
靖くんは人目もはばからず、あたしの体を抱きしめてくる。
「里奈、また痩せたか?」
「あたしは平気。それより、今日もバイト中?」
「あぁ。今休憩時間中なんだ」
靖くんがそう言ったとき、近くで工事をしている音が聞こえてきた。
靖くんは本当に忙しくしていて、会うときでもバイトを抜け出してきてくれることが多い。
「そっか」
あたしは短く返事をして、バッグの中から封筒を取り出した。
中身は当然現金だ。
「いつもありがとう。ごめんな里奈」
靖くんはあたしから封筒を受け取り、申し訳なさそうに眉を寄せた。
今にも泣き出してしまいそうな表情に胸がチクリと痛くなった。
靖くんには早くこの地獄から抜け出してほしい。
そのためならなんだってできる気がした。
封筒をズボンのポケットにねじ込んだ靖くんはスマホで時間を確認して立ち上がった。
あたしも慌てて立ち上がる。
「ごめん、もう行かないと怒られるんだ」
「うん。わかってる」
月に1度靖くんと会話ができる時間はたったこれだけだ。
これから靖くんはバイトに戻るのだから仕方ない。
そう理解していても、やっぱり寂しい気持ちがわいてきてしまう。
もう少し一緒にいたい。
もう少し恋人らしいことがしたい。
迷惑をかけてしまうから言えない言葉が喉まで上ってきて、あたしはそれを飲み下した。
「じゃ、俺もう行くから」
「うん。気をつけてね」
そう言って手を振り、靖くんの後ろ姿を見送る。
いやだ。
まだ行かないで。
そう言って泣きつくことができたらどれだけ楽だろうと思う。
でも実際のあたしはなにもできなくて、ただただ寂しさを押し殺すばかり。
「靖くん……」
小さな声で呟いたとき、誰かが大またで公園に入ってくるのがわかった。
どこかで見覚えるのある男性で、あたしは眉を寄せる。
誰だっけ?
その人はまっすぐに靖くんへ向かって歩く。
その顔がハッキリと見えたとき、あたしは息を飲んでいた。
それは明久くんだったのだ。
あたしは一番最初にドライブスルー彼氏で知り合った人。
でも、どうして明久くんがここに?
そう考えたとき、明久くんと靖くんが同じ高校なのだということを思い出した。
ずんずんと歩いてきた明久くんは靖くんの前で立ち止まり、その頬をいきなり殴りつけていたのだ。
あたしは思わず悲鳴を上げて靖くんに駆け寄っていた。
「里奈ちゃん、そいつから離れろ」
突然殴りつけてきた明久くんはあたしへ向けて言う。
「なんだよお前……」
靖くんは口の端が切れたようで、ペッと血を吐き出した。
「靖くん大丈夫!?」
「里奈は離れて」
そう言われてあたしは数歩後ずさりをした。
2人はにらみ合っている。
「こいつの借金なんて嘘だ。本当は里奈ちゃんから受け取った金で豪遊してるんだ!」
明久くんの叫び声にあたしは目を見開いた。
そんなことあるはずない。
だって靖くんはいつでもバイトを抜け出してあたしに会いにきてくれているんだ。
借金がないのなら、バイトをする必要だってない。
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ」
「今日だって仲間が待ってるんだろ。里奈ちゃんのことをみんなであざ笑ってたのを見たんだからな!」
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