第23話
『あたしでいいの?』
『当たり前だろ。最初の頃は迷惑をかけるかもしれないけど、絶対に幸せにするから』
それはまるでプロポーズのような言葉で、天にも昇る気分になった。
あたしはもちろんその告白をOKして、晴れて靖くんと恋人同士になったのだった。
「里奈、なんか急に老けた?」
登校してきたあたしへ向けて琴葉が容赦のない言葉を投げかけてくる。
「そんなわけないでしょう?」
答えながら手鏡で自分の顔を確認すると、確かに目のしたにクマができていた。
さすがによく眠ることができなかったからだ。
「それならいいんだけど?」
琴葉は首をかしげている。
今度は絶対に琴葉にも言うことができないことだ。
申しわけない気持ちが広がっていくけれど、あたしは自分の気持ちを押し殺したのだった。
☆☆☆
それからは授業もろくに身に入らなかった。
わかるはずの問題が答えられない。
先生の言葉を聞き逃してしまうことが何度もあり、何度も怒られてしまった。
やっと授業が終わったと思ったとき、靖くんからメッセージが届いた。
《靖:俺、今日からバイトを増やしたんだ! 里奈に迷惑かけないように頑張るから! それじゃ行ってきます》
その文面に心が温かくなってくる。
靖くんも頑張っているんだ。
あたしも頑張らないと。
あたしはスマホを開いたまま、大谷さんの連絡先を表示させた。
《ミク:次はいつ会えますか?》
できるだけ早いほうがいい。
大谷さんから取れるだけ取って、早く靖くんを楽にしてあげたい。
バイトを増やしたと言っていたから、きっとデートの時間だって少なくなってしまうだろう。
予定なんて気にせずに自由に会えるようになりたかった。
その思いで、あたしは大谷さんとの愛人契約に、躍起になってしまったのだった。
その結果、夜眠る前になると必ず大谷さんとの行為が頭をよぎるようになった。
好きじゃない男の体。
好きじゃない男の吐息。
好きじゃない男のささやき。
それらを思い出して、思わずトイレに駆け込んだこともある。
あたいの心は自分が思っている以上に消耗しているのかもしれないと、何度も考えた。
だけどやめることはできない。
だって、靖くんとの明るい未来のためだ。
靖くんは1日に1度はかならずメッセージをくれた。
バイトを頑張っていることとか、あたしへの謝罪とか。
そうしてこまめに連絡してくれるから、あたしは安心して愛人契約を実行し続けることができていた。
そんな生活が2ヶ月ほど続いたときだった。
「なにかあった?」
学校内で突然琴葉にそう聞かれて、あたしはたじろいだ。
琴葉の表情はとても真剣で、まるであたしのしていることを見透かしているようにも見えた。
「な、なにかって?」
「最近すごく痩せたよね? それに目の下のクマだって取れてない」
琴葉は的確に指摘をしてくる。
確かに、琴葉が言うとおりここ最近まともにご飯を食べていなかった。
食べようとしても胃が受け付けず、戻してしまうのだ。
元々それほど肉付きがいい体じゃなかったから、骨が浮き出してくるのに時間はかからなかった。
当然、両親たちにも心配されていることだった。
「ダイエットしてるんだよ」
あたしは両親についたのと同じ嘘を琴葉についた。
胸がズキンッと痛む。
こんなあたしでもまだ胸が痛むことができるのだと、ちょっと驚いた。
大谷さんに初体験をささげてからのあたしは、なにもかもすっかり汚れてしまったと自分で思い込んでいた。
「ダイエットなんてする必要ないじゃん」
「でも、ちょっと食べただけで太るんだもん」
そう説明しても、琴葉は怪訝な表情を浮かべたままだ。
「ねぇ里奈。なにかあったんじゃないの? あたしには言えないようなこと?」
「本当になんでもないよ」
一瞬琴葉にすべてを話してしまおうかと思った。
靖くんの借金返済のために愛人契約を結んだこと。
その人と月に2度は関係を持っていること。
でも、そんなこと言えるはずがなかったし、これは自分が選んだ道だ。
弱音なんて吐くことはできない。
「もう、琴葉は心配性だなぁ」
あたしは無理矢理笑顔を作り、明るい声でそう言ったのだった。
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