第22話

どうしよう、出てみようか。



1度デートをしてみればお金があるかどうかわかるかもしれない。



緊張で背中に汗が流れていく。



「大丈夫。行くって決めたんだから」



あたしは自分に向かってそう声をかけて、小屋を出たのだった。


☆☆☆


男はモニターで見るよりも若々しく感じられた。



名前は大谷洋介というらしい。



本名かどうかはわからない。



あたしは本郷ミクという偽名を咄嗟に作って自己紹介をした。



「ミクちゃんか。いい名前だね」



大谷さんはそう言ってあたしの体を上から下まで眺めまわした。



なんだか気分が悪くて、あたしは両手で自分の体を抱きしめた。



そして大谷さんが持っているバッグに注目した。



一見本物に見えるけれど、どうだろうか?



あたしは本物を見たことがないからわからない。



「これ、気になるかい?」



あまりにジロジロ見すぎたせいか、大谷さんがあたしにバッグを見せてきた。



「いえ、ごめんなさい」



「いいんだよ。どうぞ、見てごらん」



大谷さんはそう言うとバッグを開いて中身まで見せてくれた。



中に入っているものが高級品かどうか確認するために、身を乗り出して見た。



その瞬間バッグの中に札束が入れられているのが見えてあたしは硬直してしまっていた。



「驚かせてごめんね」



大谷さんはあたしの反応を見て慌ててカバンを引っ込めた。



けれどカバンの中にぎゅうぎゅうに押し込められている札束は1度見ると忘れることができない。



でも、今の時代これほどの現金を持ち歩くのは珍しい。



大谷さんはなにか目的があって、現金を銀行から下ろし、カバンに入れて持ち歩いているに違いなかった。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで大谷さんを見つめた。



大谷さんはずっと優しげな微笑を浮かべている。



「僕はある企業の社長をしているんだよ。だけど妻も彼女もいなくて、正直お金をもてあましているんだ」



「だから、ここへ来たんですか?」



ドライブスルー彼女なら、妻は無理でも彼女を作ることはできる。



「そうだよ」



「でも、それはおかしいですね」



あたしは首をかしげて言った。



「おかしい?」



「本当に彼女がほしいなら、あたしほど年の離れた女を選ぶとは思えないので」



疑問を率直に問いかけると大谷さんはまばたきをして、それから息を吐き出すようにして笑った。



「その通りだね。本当の彼女がほしいなら、僕は同年代の女性を選ぶと思うよ。ミクちゃんはまだ17歳だったね。彼女としてはちょっと違う」



言いながら、大谷さんはまたあたしの体を下から上へと眺め回した。



その視線に絡め取られる気がして、あたしは大谷さんから視線をそらせた。



「だから、僕がなにをいいたいかと言うとね」



大谷さんが一歩あたしに近づいた。



「ミクちゃんになら、ひとつきで30万出すよってこと」



耳元でささやかれた言葉にあたしは息を飲んだ。



この人は元々売春目的でここへ来たみたいだ。



あたしみたいな高校生を選ぶんだからその可能性はあると思っていた。



それにしてもひとつきで30万とは羽振りがいい。



「ひとつきで、何度も相手をしないといけないんですか?」



その質問に大谷さんは指を2本立てた。



「僕も仕事が忙しいからね。その間の息抜きとしてミクちゃんに会いたいと思って

いる」



「2回で、30万?」



あたしは目をむいて聞いた。



大谷さんは微笑みながらうなづく。



本当だろうか?



これが本当の話ならかなりいい話ということになる。



正直、靖くんの家の借金を返済するために、つきに何人と関係を持てばいいか、と頬もなく感じていたところだった。



でも、この人が相手ならつき2回で30万は確実に入ってくるということになる。



ゴクリと、まだ唾を飲み込んだ。



あたしの気持ちが揺れているのがわかったのか、大谷さんはさっきから余裕そうな表情に変わっていた。



あたしはカバンの中の大金を思い出した。



数十万単位の話じゃない。



500万か、600万は持っていた。



ここで少し値上げ交渉をしてもいいだろうと思ったのだ。



「あの、あたしは男性経験がないんですが、金額は変わらないんですか?」



そう言うと大谷さんは驚いたように目を見開いた。



「そうか。ミクちゃんは経験がないのか」



呟き、顎に手を当てて考え込む。



しかしそれはポーズだけだったようで、すぐに顔を上げた。



「それなら初月は1回で30万はどう? 体にも負担が大きいだろうから、そう何度もはできないだろうし」



あたしは大谷さんの言葉に目を見開いた。



1回で30万。



それは大金だ。



あたしははやる気持ちを抑えきれなくなっていた。



早くこの人と関係を結んで、靖くんにお金を持っていってあげたい。



そんな気持ちで胸が一杯になってくる。



そしてあたしは「わかりました。それでよろしくおねがいします」と、頭を下げていたのだった。


☆☆☆


まさか自分がこんな形で男性を知ることになるとは思っていなかった。



あたしはあの後大谷さんとホテルへ向かった。



50代の男性の体にしては引き締まっていたし、不快感はそれほどなかった。



それよりなにより、大谷さんは行為の後本当に大金をくれたのだ。



処女喪失と、大金とを目の前にしてあたしは貧血で倒れてしまいそうになった。



実際翌日の学校は体調が悪くて休んでしまったほどだ。



両親にも友達にも、誰にも言えない秘密ができてしまった。



その後ろめたさと、両親への罪悪感で翌日は1日中ろくにご飯が食べられなくなった。



だけど、その日の夕方になって靖くんと会うと、そんなこともすぐに忘れてしまった。



封筒に入った現金30万円を手渡すと靖くんはすごく驚いた顔をしていた。



あたしが簡単に出来事を説明すると、靖くんはひどくつらそうな表情になった。



『俺のせいでごめん』



そう言ってうなだれていた靖くんだが、勢いよく顔を上げると『俺と付き合ってくれないか』と、言ってきたのだ。



ちゃんと告白されたのはこれが始めてで、あたしは目を白黒させて靖くんを見つめ返した。



靖くんの表情は真剣そのものだった。

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