第21話
「あたしが靖くんにお金をあげる。それでいいでしょう?」
「そんなのダメに決まってるだろ? 松原さんには松原さんの人生があるんだ」
「里奈だよ」
「え?」
「里奈って、呼び捨てにして」
「……里奈」
憧れだった靖くんがとまどいながらもあたしの名前を呼んでくれる。
それだけで、もうなんでもできる気がした。
「心配しないでいてね」
あたしはそう言うと、足早に自宅へと向かったのだった。
自宅に戻ってまずしたことは、ドライブスルー彼女の場所を突き止めることだった。
幸いにも都市伝説のサイトへ行くとそれは書かれていて、すぐにわかった。
驚いたことにドライブスルー彼氏が設置されている場所からそう離れていないようだ。
それなら問題はない。
家から抜け出すのもなれたものだし、後は利用時間になってあの場所へ行けばいいだけだ。
少し緊張するけれど、それはあたしが男性経験がないせい。
でもそれは武器にもなる。
初めてだとわかれば相手だってケチケチしていないはずだ。
お風呂に入って念入りに体を洗いながらも、あたしはまだ自分がしていることが信じられなかった。
靖くんからはあれから何度も連絡があった。
そのすべてがあたしを心配する内容だ。
なにも心配することはない。
あたしは自分で決めたことをするだけだ。
そしてこれからの明るい未来に向けて必要なことをしようとしているだけなんだから。
枕元でスマホのアラームが鳴って起き上がると、夜の10時頃だった。
ドライブスルー彼女の開店時間だ。
でもまだ早い。
リビングからはまだテレビの音が聞こえてきていて、両親が寝付くのは11時を過ぎてからだった。
あたしはそっとベッドから起き出して出かける準備を始めたのだった。
☆☆☆
ドライブスルー彼女に到着する頃には汗をかいてしまっていた。
せっかく念入りに体を洗ったのに、これじゃ台無しだ。
仕方ないとため息を吐き出して自転車を小屋の後ろへと移動してとめた。
パネルを確認してみると、いくつか表示されていない部分があった。
女の子の人数が少ないのだとわかる。
それを確認してから再び裏手に回ると、そこには彼女たちの待機場所へ続く入り口があった。
そっとドアを押し開いて見ると、真っ直ぐな通路が置くまで続いている。
その左右にドアがあり、使用中の部屋には赤いランプがともっていた。
あたしはなんとなく足音を殺して廊下を進んだ。
右手のドアに青いランプが点灯しているのが見えていた。
部屋に誰も入っていない証拠だ。
少し躊躇したが、ここまで来て帰るわけにはいかない。
あたしは勇気を出してその部屋のドアを開けた。
中はセンサーライトになっているようで、あたしが足を踏み入れると白い明かりがパッとついた。
部屋の中は4畳半くらいで狭いが、意外と清潔感がある。
部屋の中央にはパイプ椅子と簡易的なテーブルが置かれていて、テーブルの上にはタブレットが設置されていた。
椅子に座ると、タブレット端末が自動で画面を切り替えた。
《あなたの情報を入力してください》
その文字の下に、身長や趣味を記入する欄がある。
これはドライブスルー彼氏のパネルに表示されていたものと同じだった。
それらを記入し、タブレットで写真を撮影する。
すると自動で表のパネルに反映されるらしい。
ドライブスルー彼氏と違うところと言えば、選ばれても必ず外へ出る必要はないところだった。
ドライブスルー彼女では、こちらも相手を選ぶことができるのだ。
その点にホッと胸を撫で下ろした。
お金もない人間と無駄な時間を過ごす必要がないのはありがたいことだ。
あたしは最初からお金を持っている人だけを狙うつもりでここに来た。
あたしはゴクリと唾を飲み込んで、その時がくるのを待ったのだった。
☆☆☆
それから時間は経過して、夜中の2時になっていた。
あと1時間でドライブスルー彼女の利用時間は終わってしまう。
ここへきてから2人の男があたしを購入したがったが、そのどちらも学生風の男だった。
同じ年か、少し上。
着ている服も高級品ではない男たちの姿が、タブレット上に表示されていた。
そう簡単にお金持ちがやってくることはなさそうだと、ため息を吐き出す。
もしかしたらマッチングアプリとかを使ったほうが手っ取り早いかもしれない。
今度はそうしてみようか。
そう思っていたときだった。
また1人の男があたしのパネルを選んだみたいだ。
パッとタブレットに表示された男の様子を確認する。
年齢は50代くらいだろうか。
白髪まじりのメガネをかけた男だ。
顔立ちはスッキリとしていて清潔感もある。
男が持っているバッグに注目すると、それは有名ブランドのものだった。
女性もののバッグの取り扱いもあり、たしか一点で60万くらいはするものだ。
あたしは身を乗り出すようにして男を見つめた。
このバッグが偽者でなければ、この人は間違いなくお金を持っている。
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